陽狂



同じクラスの、光良夜桜君が好きだった。しょっちゅう、よくわからないことでおなかを抱えてひーひー言って爆笑しだしたり、いきなり切れて攻撃的な所を見せることがあるのだけど、時々ふと私たちを寂しそうな瞳で見ているのがとても印象的でそれが儚くて、私は夜桜君の隣に居たいと思うようになった。彼はよく「マジキチ」とか同級生に言われていますが、私はそうは思わない。理由は特にないけど、彼は気は違っていないと思う。……夜桜君は可愛いのでモテるようだ。でも、告白した人たちはみんな、振られているようで、それの腹いせに彼女たちは夜桜君のことを「マジキチ」だと罵る。理解に苦しむ。



夜桜君を校内でも人けのないところに呼びつけると、夜桜君は慣れっこだったのだろう「はは、はははっ!早くしろよ」と私を急かした。多分、これから起こることも想定の範囲内なんだろうな。と思うとばかばかしく思えてきた。だけど、此処まで来て何も言わないわけにはいかない。「私、夜桜君が好きです」夜桜君の瞳に合わせて言うと、夜桜君がいつものように笑い出しながら「あっは、ははははっ!ごめんなぁ!俺、誰とも付き合わないんだぁ!」って言った。顔にはやっぱりな、と書かれているようだった。動揺も、緊張も、恥じらいも何もそこには存在しない。「……もしかして、そっちの毛がある?ごめん」私が一つの可能性を、夜桜君に言うと一瞬だけ固まった後にまた、腹の底から笑い出す。「そんなわけないだろお!お前、馬鹿だろ!あっはは!」ツボにでもはまったのか、「あっは!面白いな、お前」とか笑っている。私のどこが面白いのか、と問いかければ「くくっ……ふふふ、全体的に。」と、要領を得ない回答が返ってきた。私はポカンとしてしまった。友達にも全体的にお前面白いみたいに言われたことはない。でも答えは変わらないようで「お前は振られたの!早くあっち行けよぉ!」と乱暴な口調で、しっしっと追い払うような仕草を見せた。面倒くさい、みたいに言っていた。



「じゃ、じゃあ、友達ならいい?私、夜桜君のことが好きだから」初めて、そんなこと言われたのだろうか。夜桜君が笑うのをやめて、私の双眸を大きい隈のある色素の薄い瞳で覗き込んできた。「何?お前、本気?……ふ、ふふ、ふふふふふふ!どうしよっかなぁ!あはっ、うふふ!」笑ってしまうのは最早、夜桜君の一部なのだろうか。少しの間だけ、笑うのをやめたかと思うとこらえきれなかったかのような、口の中で殺されていた、笑い声が唇の隙間から零れてきた。「考えたけど、やっぱ、だめぇ!ひひ、あはははははははっ!」友達になるのも駄目らしい。なんで駄目なの?と問えば「あっはははは!お前に教える義理なんてない!」ってまた、笑い出して私の横をすり抜けて、教室方面へと帰って行った。なるほど。手ごわいようだ。だが、諦める気になれない私も大概だ。



朝の教室の独特の雰囲気を肌で感じながら、自分の机に鞄をかけた後に机に顔をぴったりとつけて、クラスの人たちをぼんやりと、見つめていた夜桜君に話しかけた。「おはよう」夜桜君は、話しかけられる。とは思っていなかったのだろうか体が跳ねたあとに、私の姿を確認して、いつものように笑って返してくれた。「……!あはっ、おはよう!普通に話しかけてきたな」昨日あれだけのことを言われて、平然と話しかけてくるなんてやっぱりお前変わっている。と夜桜君が笑った。私からしてみれば、夜桜君も十分に変わっている。寧ろ、私はあまり変わっていないと思う。一般の万能坂の女子中学生だ。それ以上でもそれ以下でもない。



夜桜君に挨拶した後に離れようとしたら、磯崎君がタイミングよく教室に入ってきた。離れるタイミングを失った私はとりあえず、磯崎君に挨拶した。夜桜君もすばやく顔をあげて、磯崎君を確認すると私たちに向けていた笑顔とは少しだけ違う、表情を浮かべた。複雑そうに。「あ、磯崎君おはよう」「……お、おはよう名前。……あと、光良も」後付けのように夜桜君にも挨拶をすると、夜桜君が爆笑していた。今度は何が面白かったんだろう。笑うことは悪いことじゃないのに、何かが引っ掛かるのだ。「……磯崎ぃ、ふふ、ふふふふふふあはははっ!面白いなぁ!名前もそう思うだろぉ?」「……うん?」私には夜桜君の爆笑の原因がわからないので、疑問符を浮かべることしかできなかった。磯崎君は、なぜか夜桜君に掴みかかって怒っていた。「お前はああっ!なんで余計なこと言いそうになるんだ!ああっ?!」「あはっ。面白いからに決まってんだろ!あ、そうだ。名前〜、磯崎の友達になってやってよ」



いいこと思いついた!と言わんばかりに、椅子から立ち上がって磯崎君の肩を掴む。磯崎君は、「はぁあ!?お前、何考えているんだよ!」猛烈に、嫌がっているみたいだ。夜桜君は対照的にニヤニヤ笑っている。「……よ、夜桜君。い、嫌がっているし……別にいいよ。友達に飢えているわけじゃないから」「べ、別に嫌だなんていってねーだろ!」「え?い、意外……」凄く嫌がっているようにしか見えないのに、嫌じゃないということは少なからず友達になりたい。ということなんだろうか。ええ、私と磯崎君が?そ、それってどうなんだ……。よ、夜桜君には嫌がられたのに……。しょんぼりしていたのが、夜桜君に伝わったのだろうか。



「あはっ、名前がいやだってさぁ!残念だったな!磯崎ぃ!」「!なっ……、そ、そうかよ……」磯崎君には友達が少ないんだろうか。少なくともサッカー部の人と遊んだりしているところとかはたまに見かけるから、少なくないとは思っていたんだけど…なんだか、いつもの鋭くて、険しい顔が悲しげに見えたので、「そ、そんなことないよ!い、磯崎君が嫌じゃなかったら!」と言ってみた。これで嫌がられたらへこむ。夜桜君にもダメ〜って言われたわけだし。ところが、磯崎君のさっきまでの悲しげだった顔が一瞬で明るくなった。「お、お前が言うなら、別になってやってもいいぜ」素直じゃないらしい。そんなに友達が欲しかったのか。薄らと頬を染めた、磯崎君は照れているようだ。夜桜君がニヤニヤ意味深長に笑っている。「くくっ、あははは。よかったなぁ!磯崎〜」……できれば私も夜桜君とお友達になりたいです。



最近は、磯崎君と夜桜君と一緒に居ることが多くなった。それというのも、あの時、磯崎君とお友達になってからだ。なんだかんだで、つるむ様になった。サッカーがとてもうまいらしい。磯崎君といると自然と夜桜君もセットでついてくる感じなので、なんだか自然と心が弾む。このままいけば友達へのランクアップも夢じゃないかもしれない。相変わらず夜桜君のことは諦めきれていないし、大好きだ。「ただいまぁ!名前〜、磯崎ぃ〜」夜桜君が、購買から帰ってきた。ガタンと椅子を乱暴にひいてどっかりと腰を下ろした。私はあの購買という名の戦場に行くと戦線離脱してしまうので、いつもコンビニで買うか、家で作るようにしている。夜桜君はこう見えて、意外と体力があるらしくいつも戦場から生きて生還してくる。正直、すごいと思う。この細い体のどこにそんな力を秘めているというのだろうか。彼の力は未知数だ。「おかえり、夜桜君。」「……あはははっ!今日の戦利品〜」そういって、ドサドサと机の上に広げた。パンやら甘い飲み物が広がる。やたら量がある。……しかし、毎回思うのだけど……この体のどこにその量が入るというのだろうか。ぼんやりと見つめていたら、私の目の前にイチゴ牛乳を差し出した。「これは、名前にやる!ふふふ。甘いの好きぃ?」「……あ、有難う。うん、好きだよ」「……おい、ふざけんな。俺にはどうした」



磯崎君が鋭い瞳で、夜桜君を睨みつける。そういえば、行く前に磯崎君が夜桜君に「俺にも買ってこい」とか命令していた気がする。夜桜君は笑っている。「あはっ、忘れた、忘れた!この中から適当に取れよ」「俺は、焼きそばパンが食べたかったのに。……、まあいい。これ、貰う」適当にパンを数個取ると、包装を剥がしてかぶりつく。そういえば、最近女子の友達と食べる機会が減ったなぁ…。と、脳裏をかすめた。友達は磯崎君(たまに夜桜君も)が怖いらしい。話してみれば意外といい人なのに、勿体ないよなぁ。って思う。もうちょっと、笑顔で居たら、磯崎君もきっと女の子たちも怖がらないと思うのにな。きっと、笑顔も似合うと思う。だけど彼の瞳は鋭くて、冷たい誰も寄せ付けないような強さがある。



「ていうか、思うんだけど……この面子意味わからねぇな」磯崎君が飲み物を置いて、夜桜君と私に話しかける。夜桜君は納得したのか笑い出す。私だけが置いてけぼりで意味を理解していない。「……と、言うと?」「……ふふふ、あははっ!そうかもねぇ!俺と磯崎ならわかるけど!女子がいたことってあんまりないかもなぁ!」「……ああ、なるほど。そういえば、毒島君、今日はいないんだね」「……篠山も、たまにいるんだけどなぁ!」うんうん、と頷く。なんだかんだで、サッカー部のメンバーが集まっているところをたまに見かける。磯崎君とか夜桜君はたまに一人でいることもあるけど。基本的には、その辺と固まっている。私は夜桜君を遠巻きに見ていたから知っている。「ていうか、名前が物好きというか……なんというか」「……いいんじゃない?あはは。俺、なんか名前のこと気に入ったからぁ!」



トンと、私の背中を軽く叩く。「おい、光良てめぇは名前のこと振ったんだろうが」そういえば、そうだ。なんだか、最近夜桜君とばかりいるから薄れかけていた。「あはっ!いいじゃん!友達友達ぃ〜」……どうやら、友達に昇格した様です。あんなに頑なに拒否されていたのにどういう風の吹き回しだろう、と夜桜君を見つめていたら夜桜君が機嫌よさそうに答えた。「磯崎の友達は俺の友達でいいだろォ?」……だそうです。やっぱり、夜桜君はつかみどころがない。磯崎君は不機嫌そうに夜桜君とのやり取りを見ていた。



夜桜君の友達へと昇格し、距離は縮まった。最近は、この穏やかな関係もいいなぁ、と思い始めている。勿論、夜桜君のことは好きだけど…下手に関係を崩したりするよりは、このままずっと平行線上で磯崎君や夜桜君と仲よくできれば、楽しいんじゃないだろうか。
「…あっ、名前〜。教科書忘れた!見せてぇ!あははっ」隣の女子ではなくて、少しだけ離れた私の所へ来た夜桜君に少しだけ優越感を覚えて、私は「いいよ」と笑顔を見せた。隣の席の男子を自分の席へと追いやって、主のいなくなった椅子を占拠した。


「あはは!なんか、明日の時間割と間違えた!」夜桜君は意外とおっちょこちょいのようだ。……人のこと言えないけど。私も何度かやらかしたことがある。それどころか、隣のクラスの時間割と間違えたことすらある。夜桜君が白いノートを開いて、折り目を作った。最近は夜桜君が私の所に自然と来てくれるのが地味に嬉しかったりする。女子からは羨望や何やらいろいろ含んだ視線を送られるが、夜桜君は気にしていないようだった。「おい!光良!隣の女子からお呼びがかかっているぞ」磯崎君が、含みのある笑みを浮かべて夜桜君に手招きをする。



「やだぁ!俺、名前といるからぁ!あはっ!」私といるから、という部分に少なからず期待が入ってしまうのは最早仕方のないことだろう。だけど、私は夜桜君の言いたいことがなんとなくわかっていた。面倒くさいから、行きたくない。どうせ、あれだろ。って思っているのだ。「……いいからさっさと行け!面倒くせえぇ!」磯崎君が粗暴な態度で、声を荒げると渋々座ったばかりの席から腰を上げた。「あーっはは!仕方ないなぁ!ちょっと行ってくるなぁ!」笑ってはいるものの、不機嫌なオーラは隠せない。夜桜君が、扉を潜り抜けていった。それと入れ替わるように、磯崎君が私の隣までやってきた。



「あいつ……、全部忘れたのか?」「そうみたい」まだ、磯崎君と二人きりの時の会話はぎこちないけど……私は嫌いじゃない。乱暴な言葉づかいで、見た目も少し怖いけど、私の前では少し気を使ってくれる。それを肌でひしひしと感じるのだ。そしてそれはきっと、私の思い上がりだとか自惚れじゃないのだ。磯崎君はなんだかんだで優しい人なのだ「……なぁ、名前も光良に、告白したんだろ?」まさか話題がそっち方面に飛ぶと思っていなかったので、一瞬言葉を詰まらせた。「うん」「……なぁ、光良じゃなくて俺でもいいんじゃねぇのか」



まさかの、磯崎君フラグです。私はえっ、と言葉を詰まらせて磯崎君を見つめると顔を真っ赤にした磯崎君が「別に問題ねぇだろうが。どうせ、あいつには振られているんだし決定だかんな」と、勝手に話を進めてしまった。なんてことだ、私は夜桜君が好きなのになぁ。逆らえない私は頷くこともせずに黙るしかできなかった。



あれから月日は少しだけ流れた、磯崎君との関係もあのぎこちないものから少しだけスムーズな物に成った。光良君からは一度祝福の言葉は貰ったけど素直に受け取れそうにも無かった。磯崎君が夕暮れを背負いながら私に一緒に帰らないかと持ちかけてきた。「なぁ、名前。……その、一緒に帰ろう」「ん……、あ、ごめん。先生にプリント持っていかないとだから、まだ、帰れないよ」そういうと「そうかよ。じゃあ、……待っている。早くしろよ」と少しだけ優しげな表情を見せた。結論的に、私は本気で断ることができずに磯崎君と付き合うことになった。正確に言うならば、磯崎君にあのまま押し切られてしまったのだ。祝福の言葉を貰った以外あれから、数日夜桜君とは会話した記憶がない。日直のせいで持っていかねばならないプリントを持つと、そのまま職員室に歩んでいった。



「失礼しましたー」軽く職員室にいた先生たちに頭を下げてそのまま、扉を出ると夜桜君にばったりと出くわした。夜桜君は私を見て、驚いた後にみるみると顔色を怒りに染めた。「名前……」怒気を含んだ、声色にびくりと体を震わせた後に私の手を無理矢理引っ張って壁際に押し付けた。「ねぇ、どういうことなんだろうね!」ビリビリとした強い怒りに、震えた。「な、んで怒っているの?」祝福の言葉は確かに聞いたはずなのに。光良君はぼろぼろ涙を零して言った。「俺から、名前を取った磯崎をね、俺、嫌いに成りそうなんだ。でもね、俺は名前を振ったからそんなこと言う権利も無くて、いつしか、名前を好きだっていうタイミングも逃して、友達のままでもいいかなって思ったけど見せつけるようにやられるから辛くなっちゃたよ。ねぇ、名前、俺」



そこから先の言葉は禁忌を侵すものだった。「好きに成っちゃったんだよ」

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