ねえたぶんもう解けないよ



一、何度も名前の記憶を消した。真の愛ならば、何度消しても俺の事を好きに成ってくれると信じていたからだった。なのにどうだ?最初に消して好きに成った相手はサル。権力に屈したのかとか、お遊びで何か仕掛けられたのかとか色々考えたけれど名前が自ら、サルを愛したのだという事実に気が付いた。俺はいら立ちを隠せずに、名前の腕をつかんでサルの元へ連れて行った。もう一度記憶を消してくれ、これは何かの間違いだ。俺と名前は真実の愛で結ばれているのだから、そう、メイアとギリスのように同じような化身は出ないにしても、愛し合っているのだから。



二、次に好きに成ったのはチェットだった。女の恋い焦がれた瞳がチェットに突き刺さる。優男なチェットは名前や他の奴にも分け隔てなく優しいからそこに惹かれたらしかった。どうして、俺じゃないんだ。真実の愛ではなかったのか、最近疑問に思う。こんなこと最初からやらねばよかったのだ。でなければ、こんな俺の愛しい名前が他の男に恋い焦がれるなんてことは無かったのだ。もう、何もかもが手遅れだけど、忘れた記憶はもう戻らない、もう、……。



三、なんで俺の事を好きに成ってくれないのだろう。俺と名前が付き合えたのは若しかしたら何百、いや、何千と言う偶然から出来上がった物だったのかもしれない。今は、叶いもしない恋……メイアに恋をしているのだろうか。ほうと熱っぽいため息をついては、ギリスを憎らしげに、視線で追いかけている。どちらが好きかわからないが、俺でないことは確かで何度目に成るかわからない、記憶の消去をサルに依頼した。



四、虚しくは成らないのかとサルに問われた。何故、こんなことを始めたのか僕には理解が不能だとサルは言った。サルには配偶者がいないからわからないのだ。俺は名前の愛を少し疑ってしまったのかもしれない。だってそうだろう、俺の事を本気で愛してくれているのならば何度忘れても、何度でも俺を愛してくれると俺は思っていたのだ。ところが、名前と来たら、俺のことなど、どこ吹く風か。俺の事を視界にすら入れてくれない。



五、逆に俺が忘れたら名前にもう一度恋をするだろうか、何度でも何度でも名前に恋をするだろうか。俺は自信がなくなっていた。今はオムに恋心を寄せているらしい。名前の事をずっと見ていて思った。若しかしたら俺も、名前ではなく、別の女に恋をしていたかもしれない。わからないけれど、サルに君も辛いだろう、記憶を消そうかと問われたけれど俺は首をゆるやかに横に振って、否と答えた。消されたところで、どうなるというのだ。辛いことから逃げたって仕方がないじゃないか。



六、いい加減目を覚ましてくれ、名前を次の試合の事で話があると自室に呼びつけて、ベッドに押し倒した。どうこうしようというわけではない。ただ、思い出してほしかったのだ。あの砂糖菓子のような甘ったるい日々の一つ一つを。シャボン玉の様に、パチリパチリ当たり前のように消えていくのが許せなかったのだ。名前は目をぱちくりさせて何でこんなことをするの、私はオムが好きなのロデオも知っているでしょうって残酷な言葉を口にするものだから、俺は口を己の唇で塞いでそれ以上何も言えないようにしてやった。「名前、名前は俺の恋人なんだ」「わけがわからない」そりゃそうだろう。誰かを愛するたびに記憶を消してを繰り返してきたのだから、わかるわけがない。「俺とお前は恋人。俺は記憶を消しても名前が俺の事を好きに成ってくれると信じて、記憶を消したんだ。なのに」なのに、これはどういうことだ。名前の顔色が次第に悪くなっていって、唖然とした顔のまま俺と天井を同時にぼんやりと見ている。「なんで、そんなことを……それが本当だとして、ロデオが逆の立場だったら、私の事また、好きに成ってくれた?」……それが今、名前を見ていてわからなくなってきたのだ。俺は何度も名前を好きに成る自信があった。だけど、名前は違った。俺も別の女に恋をしたのかもしれない。



七、俺も記憶を消すことにした。辛いだけの記憶はもう要らない。名前と俺との恋は、偶然に偶然が重なりあって出来上がったことだったのだ。真実の愛とは何処にあるのか、野山か、海底か。……今の俺には見つけ出すことができない。巨大な砂漠にたった一つ落とした宝石のように。俺はそのたった一つを必死に血眼になって探しているだけに過ぎやしない。何処にもない、何処にも。或いはもう、風化して失われているのかもしれないのに。


title 月にユダ

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