灰色ドロップ



生まれる性別をお互い間違えたんだな、って思う。霧野はとても可愛らしい風貌をしていて女の私なんかよりもよっぽど可憐だった。対して私はバッサリと短く切られた髪が、男みたいだし。……悪い意味でとてもがさつで女らしさなんて微塵にも無くて、両親によく咎められるほどだった。友達に言われたことといえば「恋をすれば、きっと名前も変わるよ」だった。別に変わる必要なんかないし、青春を謳歌する必要もないわけだ。青春を謳歌できるのは可愛らしい女の子と決まっているから、私のようながさつで汚い人間には青春を謳歌することは許されないのだ。



友達は幸せそうに笑う。彼氏が居るからなのか、それとも恋をしているからなのかわからなかった。ただ、わかるのは皆キラキラしているということ。あ、発光しているって意味じゃなくて、なんだか……充実しているように見えるということだ。所謂リア充って奴だ。いつだって、楽しそうに彼の話をするから、幸せなのだろうなと、なんとなく思うだけだ。友達のそういう恋愛の話は聞いていたが、理解が出来なかった。恋とは何なのかわからなかった。必要性も感じなかったし、私は多分孤独に死んでいくのだろう。話がだいぶ逸れてしまったが、霧野はとても可愛い。あれはきっと生まれる性別を間違えたんだな。私と同じように。


目の前の友人、霧野に友達との会話の一部を晒すと、霧野が瞳を細めながら手で口元を覆った。友達よりも女みたいに見えた。女疑惑が浮上するのも頷ける。いつか霧野が何らかの理由で男装していたけれど、本当は女だったんだ。と言われても私は多分、疑わない。「やはり、霧野と私は性別を間違えたんだな」苦笑するように、霧野を見てそういうと霧野は烈火のごとく怒り出す。「なんだと!」ダンッ!とものすごい音を立てて、机がずれた。霧野の奴……いきなり、机を両手で叩くものだから心臓が縮こまってしまった。驚いたじゃすまない。図書室では静かにしろと、先生もよく言うじゃないか。幸い今はあたりを見回しても誰もおらず。二人きりで宿題をやっていたから、問題は無いが。此処からまた、長い長い怒りと文句をぶつけられると思うと溜まったものではないから、すぐに宥める。思ったことを口にして、怒られるなんて納得はいかないが。



「どおどお。悪かった、悪かった。そんなに怒らないでくれ」「名前のせいだぞ。大体、俺が男で名前は女だろ。なんだよ、反対だったらって」適当に宥めたのが不満だったのか、未だに不機嫌そうだった。私のことを女だとか言うのは霧野以外居ない。こいつは自分が女みたいだとか言われるのが嫌だから、私のこともそうなんだろう、って思っている節がある。私はどっちだっていい……というのが本音だったりする。女扱いされるとむず痒いし、どう反応するのが女らしいのかがわからないからだ。適切な判断が出来ない。ああ、やっぱ生まれる性別を間違えた。



ようやく、怒りが引いてきたのか霧野の顔から怒りが消えていっていた。さっきまでは興奮していたせいか、顔を紅潮させていた。霧野が息を大きく吐き出した。「俺から見たら名前は女だし、その……。誰よりも可愛いんだからそんなこと言うな」「はああっ?!」こいつは自分が何を言ったのかわかっているのだろうか?そういうのは好きな女の子の前で言うべき言葉であって、友人の私に言うのは適切ではない。一応私のことを女だ、と認識してくれていたことは知っていたが。それは霧野がやられて嫌だったからそうしているものだと思っていた。さっきも述べたように、私はこの後の切り返し方をしらない。明らかに言う相手を間違えている。



……あ、わかったぞ。さっき性別が逆だったら、とか馬鹿なことを霧野の前でいったから怒っているんだ。それで、私に仕返ししているんだ。はぁー。なるほどなるほど。霧野の奴、意外とやるなぁ……。感心してしまったよ。頭の回転がいいんだな、きっと。「わーった、わーった。さっきのことは謝るから。もう、そういうのはやめてくれ」明らかに私のほうが、分が悪いから、今度は先程よりも心を込めて謝ったが霧野が整った顔で落胆の色を浮かべた。「……名前が好きだから、俺には名前が可愛く見えるんだ」そんな馬鹿な話があるものか、誰が見たってがさつで、言葉遣いの悪い馬鹿な女にしか見えないはずだ。私自身、理解しているし否定をする気も毛頭にない。「目でも悪いのか、それとも……頭に蛆でも沸いたか?」



ケラケラ笑って、いつものように振舞うと霧野の手のひらが私の腰あたりを掴んで引き寄せた。こんな雰囲気耐えられない。私と霧野は友達なんだ。だから、これ以上は何も無い。「……茶化すなよ」両頬に手を添えられた。これで瞳は逸らせない。霧野にこんな触れられ方をされたことはない。手が男のそれだということに気がついた。「……好きだ。だから、お前に一番格好いいって思って欲しいし、そういう風に言われたくない」「…………嘘だ」身を捩ったのに霧野のほうが、力が強くて敵わなかった。馬鹿みたいに情けない声がでていた。私の力は女なんだ、と思い知らされた。武道を嗜んでいないどころか、スポーツすらしていないのだから、当然といえば当然なのだが。霧野はこの見た目とは裏腹に、サッカーをしている。力が負けるのはある意味当然なのだ。



誰か来ないか、と図書室の入り口に目をやっても人の影もないし、気配すらしない。畜生、いつもはまばらとはいえ誰か一人くらい居るものじゃないか。先程までは誰も居なくて貸切りだ、とか図書委員すら居ないと喜んでいたのに……。こんなところ、誰かに見られればそれはそれで問題だが、私には霧野を退かす力が無い。「……霧野っ。こういうとき、どうしたらいいのか、わからないんだ……。頼むから、離してくれ」泣きたくないのに、泣いてしまいそうだった。バクバクとさっきから心臓は煩くて仕方ないし。顔に熱が集まっているのもわかる。きっと、こんなことされたことないからだ。そうだ。「……どうしたら?そうだなぁ……とりあえず、俺と付き合ってみたらいいと思う」クスクス、笑い声が至近距離で聞こえてくる。声を無くした私にキスをした霧野はなんだか、格好良く見えた。私の目もどうかしてしまったみたいだ。


title 箱庭

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