クレヨンの見た夢



二人の幼い、女の子が寝そべりながらクレヨンを握って大きな白い紙の上に何かを書いては塗りつぶしている。二人とも幸せそうな顔をしている。絵には、幸せそうに笑う女の子二人の絵。二人は絵の中で手を繋いでいる。そして、真っ青な空と色とりどりのお花。これは、多分二人の女の子たちの絵なのだろう。冬花は青いクレヨンで真っ青な空を塗りつぶしている。名前は赤いクレヨンで真っ赤な太陽を塗りつぶしていた。



「ずっと、二人でいようね」名前がそういうと、冬花は目を輝かせてうん!と力強く頷いた。二つ結びの髪の毛がその衝撃でゆらり、と揺れた。「出来たね!あとでお母さんたちにも見せてこよう!ねっ!」使っていた赤いクレヨンを箱にしまう。冬花も青いクレヨンを箱にしまった。強く塗りつぶしていたせいか少し他の色よりも、磨り減ってしまったクレヨン。しかし、二人はあまり気にしていないのか、満足げに絵を眺めた。幼い二人が書いた絵は、“幸せ”そのものだった。



だが、あれからほんの数週間もたたないうちに冬花たちは事故にあってしまった。幸せは簡単に壊れてしまった。冬花は何もかもを忘れてしまっていたのだから。本当の両親も……お友達も。そのお友達、には名前も含まれていた。幼い名前は何も知らない。わかるのは、冬花は遠くに行ってしまった。ということだけ。両親は穏やかな表情を浮かべて、娘に言う。「冬花ちゃんはね、遠くに行ってしまったの」と、優しい嘘を娘に吐く。それは、娘を傷つけないための大人の都合の優しい嘘。名前は悲しそうに「そっか、バイバイって、言いたかったのに」と言った。二人で書いた、絵を大事にしまいこんだ。



時が流れた。名前は冬花のことをあまり考えなくなった。両親の顔に、少しだけしわが刻み込まれていたことに名前は少し目を細めた。ようやく冬花と再会を果たせたとき、名前はすでに幼い少女ではなくて中学生だった。冬花に会えたことに名前は素直に喜んだが、直ぐに愕然とした。冬花は名前のことを覚えてはいなかった。確かに名前も冬花のことをあまり考えなくなった、とはいえ……忘れていたわけではなかったから。



「……冬花ちゃん。私、だよ?名前だよ、覚えている?」今にも泣きそうな、辛そうな声で名前が冬花に話しかける。久しぶりに会えたのに、こんなことって。頭の中が真っ白になってしまいそうだった。あんなに毎日遊んでいたのに?それとも、小さい頃の記憶だから……覚えていなかったのか。「……ごめんなさい、何処かで会ったこと……あったっけ?」切なげに、申し訳なさそうにゆがめられた唇と瞳。その言葉に、名前は無理やり作った笑顔を冬花に向けた。「う、ううん。私の気のせいかも」同名の人なんて、世界中には多分数え切れないほどいるだろう。それに、冬花と最後に会ったのは何年も前の話だ。若しかしたら、別人かもしれない。声や、その顔に面影はあるけれど……。冬花だと思っただけで、自分の気のせいかもしれない。そう名前は思った。



「初めて会ったはずなのに、なんだか、貴女のその顔を見ていると……辛い気がする……。なんで、だろう」冬花が無理やり作った、笑顔を見て瞳を伏せた。その双眸は次に見た時悲しみで揺れていた。「大丈夫、有難う。私と友達に、なってくれる……?」名前が言った。悲しかった、だけど、会えたんだ。あのときの、言葉はなかったことになったかもしれない。もう一度、一からはじめればいい。そう、名前は思った。「え……うん。私で、よければ」冬花は少し戸惑いながらも、名前の思い出の中の冬花より大人びた笑顔を向けた。



「え……?冬花ちゃんが病院に?」それは突然だった。電話の相手は秋で、冬花が倒れたと友人である名前に電話をしてくれたのだ。遠く離れていた、名前はそんなこと思いもよらなくて、ただ愕然としていた。落ち着きなく、携帯を片手に部屋をウロウロして不安を紛らわせようとするが、駄目だった。「……そ、それで?大丈夫なの?」電話の相手、秋ちゃんに聞いた。声色は不安げで、冬花のことを心配しているのが伺えた。いい返事は返ってこなかった。曖昧に言葉を濁される。「そっか……。電話してくれて、有難う……。じゃぁ、切るね」ピッ、と吐き捨てるような電子音が室内に響いた。携帯を折りたたみ、そのままベッドに投げ捨てる。ボスッとベッドに携帯は沈んだ。名前も一緒にベッドに身を投じた。どうして、自分は一番肝心なときに大事な人の傍に居てやれないのだろう。もどかしくて、どこか心の中がもやもやとしていた。この気分は晴れそうにもない。




それから、どれくらいの時間が流れたのだろう。名前は携帯の音に起こされた。目覚ましはセットしていないから誰かからのメールか、はたまた、誰かからの電話か。こんな重たい気分のときに、メールなんて返せる気分ではないし電話なんてもってのほかだ。きっと、今……酷い声をしている。無視してやろうか。そう、思い枕にまた顔を埋めた。……携帯の音は一向にやむ気配がない。流石の名前もしつこいと感じたのか携帯を手に取った。携帯のディスプレイには、誰の名前も表示されていない。これで、悪戯電話だったらどうしてくれようか。



「はい。もしもし?」不機嫌全快の声で、でてやった。流石の相手でもこの不機嫌そうな声で名前が怒っていることはわかるだろう。そう思った。だが、相手は名前の予想していなかった相手だった。「あ……名前ちゃん?」「はぁっ?!ふ、冬花ちゃん?!だ、大丈夫なの?!」焦った、情けない声。先ほどの不機嫌は何処かへ吹き飛んでしまった。何故、電話の相手が冬花なのか。混乱してしまって頭の回転がうまく回っていない。「あのね、今病院からかけているの」どうやら、携帯に冬花の名前が表示されなかったのは病院の電話からかけているためらしい。名前はそのことにようやく、納得して少しだけ落ち着きを取り戻した。「そ、そっか。で、大丈夫なの?」「……うん。私、思い出したの。名前ちゃんのこと。だから、今すぐに伝えなきゃって……思ったから。こんなに大切なこと、どうして忘れていたんだろうね。どうして、一番大切な人のこと忘れていたんだろうって」展開がよく、読めない。ただ、冬花が自分のことを思い出してくれたことと……冬花が他人の空似ではなくて……本当に自分の知る冬花だったことが嬉しかった。そして、冬花の話を黙って電話越しに聞いていた。



「……もう、二度と忘れないから。名前ちゃんのこと、大好きだったってことも忘れたくないから。可笑しいな……言いたいこと、沢山あったのに。全然出てこない」「うん……、うんっ」言葉にならなかった。ただ、熱い目頭を押さえて相槌を打った。こんなに嬉しかったこと生まれて初めてかもしれないとすら、名前は思った。色とりどりの鮮やかなクレヨンで塗りつぶした幸福な絵が、また現実になるのだから。

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