ネペンタをひとくち



君ってとっても美味しそうだよね、ってヴァンプは私に囁く。あんまりしつこく言うので私は美味しそうなのだろうか、そんなに太っているのだろうかと不安に成ったが、どうやらそういう意味ではないらしい。最近は鋭く尖った犬歯を覗かせ舌なめずりをするのでいよいよ、カプリと頭から食われてしまうのかもしれない。ヴァンプはあまり人の食べ物を摂取したがらない、必要ないらしい。今もお腹が減ったなーなんて言いながら私をちらちら見ている。食料として生かすのは勝手だけど恐怖を植え付けているという自覚はあるのだろうか?食べたいならばさっさと食べればいいでしょうに、なんでわざわざ恐怖を植え付けて殺す必要があるのだろうか。あれか、人間が自分より下等な生き物をじわじわと嬲り殺すのに似ているのかもしれない。



ヴァンプが手招いた。ああ、もう。何も知らないふりをして近づけば「いい子だね」と従順な私を褒めて頬を手の甲で撫でた。いやに生白くて死人みたいな色をしているくせにしっかり男の手をしていて少しだけ骨ばっていた。「お腹すいたよ名前。とっても空腹なんだ。ずっとずっと誤魔化していたけれどね」やっぱり三大欲求って言うくらいだろう、水とかで無理に腹を埋めても、心の底から満たされなどはしない。喉から手が出そうなほどに君が欲しいんだよ。そういって、私に口づけた。その際にがぶりと唇を噛まれたが血は出なくて所謂甘噛み程度の物だった。やっぱり死人なんじゃないかってくらい冷えていて恐ろしくなった。「ああ、もう食べたいなら食べればいいでしょう。こうやっていつ食べられてしまうかと恐怖に怯えている私が少しでも哀れに思うならばね」ヴァンプにそんな心は残っているのだろうかと、ヴァンプを睥睨すればヴァンプはクスクス忍んだように笑う。お気楽な物だ、何がそんなに面白いのだろうか。



いつもいつも食べたいなー食べたいなーってちらちら見られれば誰だって神経をすり減らしてしまうに決まっている。そんなに私は美味しそうなのだろうかと自分で自分の腕を刃物で傷つけて、血の球を啜って齧ってみたけれどやはり別段おいしい物ではなくてペッペッと吐き出したくなってしまった。ある種のカニバリズムみたいになってしまっていたけれど、そんなつもりは無かった。いつまでも大事に高級な酒でも寝かせるかのようなヴァンプの動向が気に成ってやってしまったことだった。矢張り私は人間だからヴァンプの味覚とはずれているのかもしれない、私は美味しそうなのだ、きっと彼らからみたらそうなのだ。ヴァンプじゃない人に目を付けられていたらそのまますぐに食べられてしまっていたかもしれない。



「本当に、嫌に成るね。君はとっても美味しそうでさ、嫌に成るよ。痛くはしないよ、痛いのは嫌いでしょう」ねっ。僕も痛みを感じさせるのはとても不本意だと思うしね、それにとても美しくないもの。痛みで歪む君の顔はとっても綺麗で魅力的なのかもしれないけれど、ね、って何を言っているんだ。この人やっぱりちょっと頭がどうかしちゃっているんだ。美的感覚も大幅にずれているし、それが正しいと思っているから怖い。誰か彼の間違いを正す人は周りにいないのだろうか。ちょっと病んでいますよ、彼。はぁという生暖かい吐息が首筋にかかって、首筋に口づけた。ああ、食われる食われる。肉も食べられるんだろうか、それって痛いよ、どんなに加減しても工夫しても痛い物は痛いに決まっている。



歯を立てられる、鋭い歯は柔らかな肌にどんどん食い込む、もっと力を入れればきっと歯形が付く。「やだ」「出来るだけ優しく齧ってあげるからね」カプカプ甘噛みされて、チロチロ首筋を味わうように舌全体を使って舐めている。痛みは無いけれどくすぐったくて辛抱できない。ゾクゾクしてしまう、ただの捕食行為だというのにね。私は黙って耐えたが暫くそれは続いた。だが、やがて飽きたのか、食べるのを諦めてくれたのか解放してくれた。まだ、心臓はバクバクしている。どうやら、私は今日も生きながらえたらしい。「あんまり美味しそうだから勿体ないんだ。君を食べられないのも運命なのかもしれないね」ああ、お腹が減ったなぁ。そういってまたうっとりと熱のこもった溜息をついて私を見つめた。その目はまるでね、恋をしているみたいなの。だから、私の脳も変な勘違いを起こしてしまいそうで恐ろしいのだ。





おまけ。食べられてもいいじゃないか。ってことで、食べられてもいいよ(性的ではなくて物理的な意味で)って人はどうぞ。凄くソフトな感じです。



先ほどまで何度も何度も同じところを甘噛みしていたヴァンプが「ああ、我慢できない」って不吉なことを呟いた。ああ、いよいよか。抵抗したところで、人間ですらないヴァンプに私は勝てるのだろうか、今の私は武器を持っていない、非力な女だ。覚悟を決めて、私はその瞬間を見届けようと決めたのだ。本当は目を瞑ってしまって、別の事を考えてこの現実から逃げてしまいたかった、だけど、怖いのだ。そうやって紛らわせていてもふいにぱたりと息をしなくなってしまうのが。自分の意識のいかないところで全てが終わってしまうのがとても怖いのだ。



「大丈夫さ、僕が優しく食べてあげるからね。僕は残すのは嫌いだからちゃんと全部食べてあげる、血もそれから肉も。安心して。たとえ、君が不味くてもね、」ガリッ、薄い首の皮を破って、肉に鋭い歯が突き刺さり抉りねじ込まれていく。きっと血が出ているんだろう、ヴァンプが至福の時だと言わんばかりの表情をしていて、対照的に私からは血の気が失われていく。チューチュー血をすする音がする。体内から?何処から?近くから。あ、あ……、意識が遠のいていく。ヴァンプの顔がぼやけてよく見えない。「ヴァンプ、美味しい?」「ああ、うん。んぅ……とってもね、っ、美味しいよ、……君って最高に美味しいよ。はぁ、」私の問いかけよりも食事に夢中らしい。そう、それはよかった……のかな。体に力が入らなくて、頭が痺れるように、何も考えられなくなっていく。最後にああ、私って美味しいんだって思ったのを最後に意識がプツリと途切れた。


title 箱庭

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