ミッション、青春を謳歌せよ



苗字さんは、普段授業をサボったりしているくせに、成績は上位だから先生も苦い顔をしながらそれを咎めることはしない。俺たちは、勉強が好きというわけではないが進学校なのと、親がやたらにお金を積むからこうして頑張っている。だから、俺は苗字さんがあまり好きではなかった。屋上でよくサボっているのを俺は知っていたし、ちゃらちゃらしていて本当にこの学校の生徒なのか、と疑いたくなる。カタン、と軽い音を立てて椅子から苗字さんが立ち上がった。今日も相変わらずの作り笑いなんて浮かべて「体調悪いんで、保健室行きます」なんて、見え透いた嘘を述べた。先生はやっぱり苦い顔をして、それを見送る。何であんな人が成績上位なんだろう。世の中間違っていると思う。苗字さんより努力した人間が報われない。俺も後を追うように椅子からおもむろに立ち上がる。「先生、俺もちょっと体調悪いんで、保健室行きます」初めて、サボり、というものを体験した瞬間だった。先生は少し驚いたような「え?」と言う馬鹿みたいな声を出して俺を心配そうな顔をして送り出した。俺には全然疑いもしない。そりゃそうだ。サボりなんて初めてだ。だから、誰も疑わない。一人分の靴音が廊下に響く。行く先は、保健室なんかじゃない。屋上に続く階段を上りきると俺は屋上のドアを押した。鉄が錆びた匂いがして俺は顔を顰めた。苗字さんは詰まらなさそうに短めのスカートを風に揺らして、影のところで涼んでいた。




「ああ?珍しい来客だわ。というか、サボりなんてするんだね」「初めてサボったんだ。帰ったら今日のところの勉強はするけれどね。君こそいつもサボっているじゃないか」サボるなんて、本当は許されないのに。帰ったら死ぬほど予習復習、家庭教師に勉強、塾もある。こんなことで本当に幸せになれるのか、と考えたこともあったが目の前の忙しさにそれは霞んでしまう。楽しい、と思ったことは無い。確かに学年トップになれば優越感には浸れる。でも、それは永遠ではない。常にトップの座は、脅かされている。「私はいいの。だって、詰まらないんだもの」きっぱりとそう跳ね除けて、気だるそうに白い足を見せつけながら、組みかえる。詰まらない。それだけで、やめられるのならばどれだけ楽になれるのだろう。俺だって楽しいなんて思ったこと一度も無い、だけど、誰かが期待するから。俺は努力を重ねる。



「そう。君がそう思うのも無理は無いだろうね」「ああ、やっぱり楽しくない。そうでしょう?」俺に自由なんかない。サッカーをやっているのだって内申書が良くなるからで。そう思うと、俺自身はいったい何のために生きているのかすら、朧気になっていく。苗字さんが俺のことを見つめていた。「たまには生き抜きも必要なんだよ、少年。十代なんて……中学校なんて短いのに、そんなんじゃ、損だよ」強い風が吹き抜けて、俺は目を細めた。なんて、適当な人なんだろう、この先のことが不安にならないのか。って思いながらも反発できずに俺は、俯いた。頬に触れた手のひらにバッ、と身を引くと苗字さんが面白そうに笑っていた。からかうなんて何てたちの悪い。苗字さんは慣れているのか知らないけれど、俺はそんなこと慣れていないし異性と簡単に接触していい、だなんてこれっぽっちも思っていない。ケタケタ笑いながら俺の眼鏡を取り上げた。「何を」「さー……何かな」




要領を得ない、回答。ぼやけた視界に戸惑いながら虚勢を張っていた。こんなの初めてだから、どんな態度が正しいのかわからない。教科書には書いていない。学校の先生は教えてくれない。わからない。わからない。「あーあー。真面目な冴渡君は何も知らないのね」「知らないし、知る必要も無い。こんなことして楽しいのか?」知らない、ということはとても癪だったが。実際知らなかったし、知る必要もないと思っていた。こんな知識、必要なんかないに決まっている。「そっか。うーん、そうね。好きな人の反応だから割と楽しいかな」誰がそんなこと信じるものか。と、睨めばまた、笑われた。笑わせるつもりなんか微塵にも無かったのに、彼女には何も効果が無い。逆に何なら効果があるんだろうか。「君はいつもそうやって、誰かをたぶらかしているのか?」「まさか。そもそも、栄都の皆はお堅いから誰も来ないと思うよ。それに、私は冴渡君が好きだから、そんなことしないよ」早く眼鏡を返してくれ、と催促するとんー。と間延びした声で「目を瞑ってくれたら返すよ」と言ってきた。今の状況で目を瞑るほうがよっぽど馬鹿だ。と思いながらも俺は目を瞑った。期待していないといったらきっと俺は、嘘つきになるだろう。




やっぱり、というか何か柔らかなものが唇に触れた。一瞬だけだった。すぐに風に浚われてしまいそうになるくらい微弱な熱。眼鏡をかけてもらった。こんなのおかしい。付き合ってもいない男女がこんなことをするなんて、可笑しい。それくらい俺にもわかる。異常だ、何もかも。「ほらほら、中学生なんだから青春の一つや二つしたほうがいいのよ」「馬鹿だな、君は」「そうかもね。別に付き合えとか言っているわけじゃないのよ。どうせ、勉強大好きな冴渡君に相手してもらえると思っていないから」じゃあ、何でそんなことしたのだ。と口元を軽く拭いながら、問えば朗らかにはにかんだ。「好きに、理由なんて必要なの?」馬鹿げた回答は、俺の頭の中には入ってこなかった。恋なんて、心を惑わせるだけで何の役にも立たないというのに。苗字さんがあまりにも、綺麗に思えたから。だから、嫌なんだ。鋭敏な聴覚は、肌は苗字さんだけを、感じていた。

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