塗り潰す



!同性愛者の彼女を愛した蘭丸さん。報われない。報われる奴→塗り替えす



彼女は俺なんかに興味は無いのだ。まったく無いわけではないとは思ってはいるけれど。(そうでなければ、俺の告白なんか受け入れないだろう。)実際、彼氏彼女というより……この関係はまるで……。「蘭丸ちゃん。どうしたの?難しい顔をしちゃって」ひたり、熱を帯びた手のひらが俺の頬に触れた。愛しい手のひらに今は素直に触れられない。苦しい、苦しい、苦しい。まるで狭い水槽にでも閉じ込められたような気分だ。此処には酸素が無い、二酸化炭素だけが吐き出されて俺だけを汚染して。侵食して。泣きたくて堪らなかった。叫びたくて仕方がなかった。



「あっは、蘭丸ちゃん。ほらほら、駄目だよ?そんな顔しちゃ。可愛い顔が台無し。ほら、笑って?」耳元に息を吹きかけられて、男らしくない女々しい声が零れ落ちた。くすぐったいような、なんともいえないゾクゾクとした感覚に打ち震える。女みたいな声出して、本当間抜け。何で俺が。「あっ……」名前が笑った。本来立場って逆なんじゃないのか?とも思うけれど名前は男の俺を嫌がる。そう、名前は男を好きになれないのだ。つまるところ、同性愛者で。本来ならば俺も振られて終わるはずだった。そう……終わるはずだった。最初断られたんだ「ごめんね」って。抑揚の無い声で。あの時引き下がっていればここまで追い詰められなかったのかもしれない。諦めきれたかどうかは定かではないけれど。




だけど、名前とどうしても居たくて、俺は必死で懇願したんだ。何でもするって。そういったとき名前は目をまん丸にして考え込むように口元を手のひらで覆っていたがすぐに返事をその場で返してくれた。「いいわよ」と。俺はとても喜んだ。嬉しかった。だけど、残酷な条件付だった。「私、男は好きになれないの、蘭丸君が……女の子のように振舞ってくれるなら。いいわよ。見た目が女の子みたいだから、私も平気だし、と……。俺はそれを受け入れた。そうでなければいられないというのならば俺はその条件を飲み込もう、と。この時すでに、名前には好きな子が居るようだった。だけど、怖い。と言って笑っていた。「言えば好きな子に振られて、更に私が同性愛者だと後ろ指を指されるのよ」寂しげに、奏でる言葉は残酷に響く。何で女なのかしら。と長い髪の毛を耳にかけて草木のさざめきを黙って聞いていた。名前の仕草一つ一つに心を奪われて俺は、やっぱり名前がどんなでも好きなんだ、と改めて再確認することになった。



「上の空ね、蘭丸ちゃん」名前の声に意識を戻された。胸に手を滑らせて往復させる。くるくると指先が俺の膨らみの無い胸板の前で踊るように動く。傷も無い、細い指はピアノでもやっていたのかすらっと長い。「かーわいい。男にしておくの、勿体無いなぁ……」赤い舌を口の中から覗かせて、耳朶を甘噛みする。生暖かいそれが首筋にまで這う。吐息が首筋にかかって、意識がそこに集中する。別のことをも考えられないほどに。「んっ……く……ぅ」くぐもった熱の帯びた声に名前が機嫌をよくした。声を抑えても出てくる、女みたいな声。本当最低。でも、いつも此処で終わる。これ以上は触れてこない。キスはする。ハグだってする、デートらしいことだってする。でも、いつだって名前は本当の俺なんか見てくれない。デートだって、キスをするときだって。俺にいつだって女物のかわいらしい服を着せて、女装をさせてだ。それで街中を歩く、でも誰も俺を何故だか、男だとは疑わない。名前と手と手を繋いで歩くウィンドウショッピング……たまに何処かへ行って、パフェとかも食べる。スースーするスカートを穿かされたりもする。名前は近いはずなのに、遠い。隣に居て、手を伸ばせば触れられるはずなのに。誰よりも遠く感じるのだ。



だって、いつだって見ているのは女らしく演じた俺。好きだからこそ……俺は名前の傍にいたくて、そうしている。髪の毛を縛っていた、ゴムをするりと振りほどいて名前が口角をゆっくりと艶美に歪めた。ピンク色の束ねられていた髪の毛をおろせば、本当女みたいね。って名前はいつも言うんだ。長い髪の毛は、本当女みたいで俺は反吐が出そうだった。「ねね、新しい服買ったのよ。着てくれない?ほら、可愛いのよ」女物のワンピースを俺に差し出して重ねた。ぴったりと合うそれに俺は眉を下げた。本当は着たいわけじゃない。こんなプレイ願い下げだ。俺は女の子みたいとか、可愛いという単語が大嫌いなのだから。だって、俺は男だ。こんな羞恥プレイ嫌に決まっている。泣きたい。痛い。苦しい。単語が浮かんでは泡沫のように消えてを繰り返す。



「ああ……わかった……」それを受け取って、俺が無理やり笑顔を作り出した。搾り出した声には覇気が無い。好きな子にこんな仕打ちされれば、そりゃ……誰だってこうなる……。俺の反応は間違っていない。ただ、怖かった。いつか名前が俺を捨てる日が来ると知っていたから。だって、俺は女じゃない。女じゃないから、俺のことは本気で好きになってくれない。ということは、俺は誰かの代用品なんだ。俺が女みたいな顔をしているから。そうだ、俺が男みたいじゃなかったから。俺が女みたいな顔をしていたから付き合ってくれた、に過ぎない。



パタリ、新品のワンピースに俺の涙がしみこんでいった。すぐにそれは吸収されて、染みを残す。目頭が熱い、女みたいだから、最近は泣かなくなった……のに。涙腺が限界突破したらしい。鮮烈な世界は全てぐにゃぐにゃに溶けてゆく。もう駄目だ、一度涙が零れたら、次々と零れ落ちていって止まらない。パタパタパタ、染みを作る。名前の顔すらまともに認識できないほどに、あやふやになった。好きだ、好きだ、好きだ。男に生まれたのをこんなに後悔したのは、初めてだ。苦しい苦しい苦しい。助けてくれ、名前。お前にしか救えないのに、お前が俺を更にどん底に突き落とすんだ。俺に止めを刺すんだ。俺を殺すんだ。「……ど、したの……?白は嫌いだった……?」名前があせったように俺の顔を見つめていた。色じゃないんだ。色なんかどうでもいいんだ。ワンピースは可愛いと思うよ。名前が着ればとても、絵になると思う。名前のセンスがいいの、俺は知っているから。なぁ……望みなんて、最初からひとつだけなんだ。その一つは揺らぐことが無い。

「……もう、嫌だ……」

本当の俺を愛してくれ。息が詰まりそうなんだ。……本当に受け入れるつもりだったんだ。だけど、もう限界だ。だって、名前は俺のことを一度だって見てなんかくれない。心の奥底で淡く期待をしていた、いつか若しかしたら俺のことを好きになってくれるかもというそんな淡い期待を。諦めたつもりだったのに。つもりだった。諦めきれなかった。我ながら馬鹿だと、アホだと思った。絶対好きになってくれるわけもないし俺を見てくれることなんか多分、生涯無いんだ。こんな残酷なことってあるのか?なぁ、俺は女なんかじゃないんだ。名前が好きで焦がれている、ただの男にしか過ぎないのだから。ワンピースを床に投げて、俺が無理やり唇を奪い取って名前の体を床に押し倒して馬乗りになった。両手で名前の腕を掴んで、上にひとつにまとめて片手で固定する。見る見るうちに名前の顔色が青ざめていった。初めて見た、女の顔だった。泣いて叫んだ。耳を劈くそれに俺は片耳を押さえた。悲痛な泣き声。



「っやだ、やだやだやだやだやだやだ!!離して!はなしてっ!!――!!」必死に女の力で俺の胸を押し返す。本気で嫌がる名前に俺は涙が止まらなかった。……誰かの名前を呼んだ。俺の名前じゃない。誰かの名前。知っている、女のなま、え。この間、サッカー部の天馬の……あの少しだけ言葉遣いが乱暴な子……。ほら、やっぱりな、誰かの代用品だ。カラカラと乾いた唇と、口の中。大きく口を開けても息ができない。息の仕方を忘れてしまったかのようだ。此処には酸素が無いのか?パタパタ、涙が名前の頬を伝い落ちていった。俺の涙と名前が混ざり合って、床に、髪の毛に落ちていく。

「見てよ、俺は……男だ。ねえ、名前。どうして、どうして……」

“名前は俺のことを見てくれないの?”涙に飲み込まれて、それは声になることがなかった。一番、言いたかったことなのに。一度も言えずに、ただ掠れた何かと、心に広がった大きな染みに俺は全てを任せた。


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