監督の憂鬱



冬花が友達を連れてくる、そう言ったとき久遠は二つ返事で「あぁ」と短い返事を返した。本当の血の繋がった親子ではなかったが、久遠は冬花を可愛いと思っていたし自分の本当の娘のように可愛がっていた。だから、冬花が倒れた時は本気で心配したしとても悩んだ。それが今こうして、元気に友達を連れ来るというので顔には出ないが、内心とても嬉しかった。



そして、今後悔していた。何も考えずに今朝言った自分の言葉を取り消してしまいたかった。頭が痛い。頭を抱えて寝込んでしまうくらいに。ただ、友達が遊びに来る。としか思っていなかった。これは誤算だった。というか、普通の人には予測不可能であろう。そう自分自身を納得させていた。「冬花さんをくださいっ!必ず幸せにしますからっ!」先ほどからこいつは何を言っているんだ。そう、口から出てきてしまいそうになった。女というには幼すぎる、その少女はまだ冬花と同じ年齢で……いかにも今時の女子が好みそうな服装をしていて一礼した。久遠と、その子を隔てるものは小さなテーブルだけ。頭をあげたその子と目がかち合った。お互い逸らさない。久遠の鋭い眼光にも怯む様子がないことに少し驚きつつも、久遠が口を開いた。



「冬花……。友達を連れてくるんじゃなかったのか?」突然話を振られた冬花はおどおどと二人の顔を交互に見た後に、今にも消え入りそうなか細い声で言った。「ごめんなさい……お父さん。まだ、内緒にしているつもりだったの……」否定してほしかったのに望んでいた答えは、返ってこない。娘が知らない間に、どこの馬の骨ともわからない女にとられたのだ。頭にカッと血が上りそうになったが、そこは冷静な大人である。理性はなくさない。だが、感情とは素直なものだ。どんなに取り繕っていても口元だけは引きつっていた。「冬花……一から説明してくれないか……」突然のことに頭が付いていかない、と久遠は言いたげだった。「えっと……その……名前ちゃんと……」その先も冬花は口を動かして喋っていたのだが、久遠の脳はその先の言葉を聞くことを拒否し、遮断した。よって、一番大事な部分は聞いていない。



しかし、事実は残酷である。頬を赤らめ、照れた冬花と名前が穏やかに笑っているのを見てああ、これが現実なんだな……。と久遠は涙が出てきてしまいそうなほどショックを受けた。現実を受け入れねば、としきりに頭を切り替えようとするもそれは無駄な努力に終わった。「そういうことなので、監督……いえ、お義父さん!」さっきまで緊張して強張っていたはずなのに、冬花と少し話して元気になったらしい名前が爆弾発言を落とした。“監督”でよかったものをわざわざ言い直した名前に久遠の表情は凍りついた。「ふざけるな、なんで言い直したんだ。お義父さんと呼ぶな、すぐに訂正しろ」「……すみません。……つい」白々しい。その場の勢いに任せて、この関係を認めてもらうつもりだったのだろう。そう久遠は気が付いていたが、冬花のどこか幸せな表情を見て何も言い出せなかった。「お前に冬花は幸せにできないだろう。友達としてなら認めてもいいが」



こんな、邪な考えを持った友人など本来ならば冬花の友人としても嫌だが。と心の中で久遠は続けた。だが、此処は心にゆとりのある大人。妥協に妥協をして友人だ。友人としてなら許してやらないこともない。冬花も名前を好いていることを理解したからだ。「幸せかどうかは、冬花が決めることですよ!お義父さん」しれっと、何の悪びれもなく返した。暫し睨み合いが続いたがそれも、冬花の一声で終わった。「お父さん、私、名前ちゃんと一緒に居られて……幸せ……だよ?」冬花の言葉に名前が歓喜の声を上げた。それとは対照的に久遠が絶望の声を上げた。勝敗はどちらか……それは明らかであった。次の日の監督は目の下に、くまができていて少し目が腫れていたとのこと。

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