幸せはあの時棄ててきたから



(剣が君/七重)
螢を殺す描写あり。七重と鼓は死んでいるルート。


鼓が憎かった。あいつは鬼に犯され、赤子を身籠った可哀想な七重の気持ちなど知らないだろう。男のお前に、女に生を受けた七重の苦悩も、汚された身で殺された気持ちもわかるまい。私はわかる、七重を愛していたから。鼓ならば、と私も思っていた。七重は美しく清らかな天女のような存在であるから。数珠丸をその手に勝ち取った男であるから、七重を任せられると嫉妬に駆られながらも、その存在を認めていた。なのに……。鼓も死んで、挙句の果てに愛しい七重まで死んでしまっただなんて、認めたくない現実を突きつけられている。私は……、どうしたらいいのだろう。私は鼓の様には強くないし、天下五剣だって、私の様なものを認めて等くれない。七重、ああ、七重……気持ちの悪い鬼に乱暴された時苦しくなかったかい?私は祭壇に行っては、祈る日々だった。せめて、彼女の魂だけでも、救われますようにと。極楽浄土にいけますように、と。そして、願わくばそこで笑って過ごしていてほしいと。

「名前……うぅ、うぅ……」

不意に声がした。それは、よく耳が拾い聞いていた。馴染のある声だった。とても悲しげでこの世に怨恨等を残して去ったのだろう。ああ、そうだ、七重は極楽浄土になどいけない、行けるわけがない。「うぅ、……うぅ、私の、あかちゃん」ああ、七重は私の愛する女性の前に母親に成ったのだったのだ。そう思い知った。例え鬼の子であろうとも、七重は愛していたのだ。私は声のする方へしっかりと足を前に進めて行った。そこに一本、刀が落ちている。声はこれからするみたいだ。きっと、七重が切られた時に使われた刀なのだろう。しかし、なんだ、まるで私を……ああ、七重、若しかして鼓が頼りなかったから私を呼んでくれたのかい?「しかし……」私はその無銘の刀に視線を落として困り顔で、それを拾った。私にとても扱える気がしないが……、何故か心惹かれる物があった。



夜に成るとそれは声が強く呼んでくれる気がした。そして、言うのだ。七重が言うのだ。「鬼を殺して、鬼を……ああ、憎い、憎い、」と。私は無銘の刀の柄をミシミシと音がするくらいに握りしめて、そのまま街に繰り出した。鬼、鬼。鬼は皆殺しにしてやる、あの身の毛もよだつ気持ち悪い事をした、犯されても放置していたシグラギも吉原に隠れていた斬鉄も処刑されてしまった。あとは隠れている鬼どもだ。螢という青年が見回りをしていたのだろう。そして、物騒な物を持つ私に怪訝そうに眉根を寄せて、それを下ろせと命令してきた。その時だった。「その男は、鬼……鬼よ、名前……」「そ、んなはず……」確かに頭に布を巻いている。私はそのまま、螢に向けて刀を振り下ろした。はらり、それがはらはらと髪の毛とともに、落ちて。



角がひょっこりと顔を出した。「っ!!!お前!!何で?!」煩い男だ。近江の鬼ではないだろうけれど、そんなの知ったことではない。螢も殺してやる。そう思うと急に力が湧いてきて、構えても居ない螢に向けて刀を振り下ろす。不思議と刀の重みとか感じない。どんどん、攻撃を仕掛けることが出来る。螢は慌てて間合いをとって刀を構えようとしたがそれは、私の速度にはついてこられなかった。そのまま、螢の脇腹や、胸やらを切りつけてやる。そして、鬼の大事な部分である角を傷つける。最大の侮辱であろう。女に負け、挙句の果てに、角まで傷つけられるなんて。「あっははははははははは!死ね!死ね!汚らわしい鬼め!七重の仇だ!」「ぐっ……うぇっ!なん、の……」何の事だ?だと?鬼のくせに生意気だ。じわじわ殺してやるつもりだったから腹を思い切り蹴り上げた。「死にぞこないめが。七重は鬼に犯されて赤子を身籠ったのだ。お前の死を対価にしてもまだ足りぬわ!鬼等、全員皆殺しだ!」そういって、ザクザク彼の胸を突き刺した。漸く喋らなくなり、呼吸を止めた。この刀は最強だ。血が付着した湖に行って取りあえず血を落とすか、と足を向けた。



湖の光は美しい月光を照り返していた。赤い、赤い月と、私の手と刀。全体的に今日は赤い日なのだな。そう思い湖に目をやった時に映った姿はまさに鬼であった。


Title リコリスの花束を

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