もうやって来ない朝



(忍び、恋うつつの服部半蔵/死ネタ)


「泣かないで、服部君」君の柔らかな掌底が、私の頬に滑った。思いと命令の狭間で苦しむ私の涙を拭ってくれる。君は春の麗らかな日差しや、柔らかな木漏れ日に似ている。初めて逢った時は、その幻術等が呪わしく思っていた。「泣かないで、服部君。私が居たからだよね、私が居るから服部君は苦しんだんだよね」「!」そうだ、なんて言えなかった。悲しいくらいに、顔を歪めた名前が自分のせいで苦しんだんだよね、ごめんなさい、とまた謝ってきた。痛々しい程に衰弱していた彼女が私にその焼けていない白い首筋を差し出した。「何を、」わかりたくなんて、無かった。此処に居れば永遠に夢を見ていられる。このまま、永遠に夢を見ていたかったのかもしれない。私は彼女を殺せないから。だから、閉じこもって、逃げ続けて、永遠に覚めやらぬ夢を見ていたかったのだ。



「いいよ。私を殺しても。それで服部君が救われるんだよね?私は徳川の首領としては生きていけない……ごめんね、服部君。生まれてきて、ごめんなさい」「……、どうして、」どうして、君は。嗚咽に掻き消された。私の主に成って欲しかった。ずっと、ずっと、次の主が君ならばと私は夢想していた……。だけど、君はそれを選んでくれない。私と共には生きてくれない。夢は此処で終わる。ゆっくりと刃を首筋に宛てると名前は目を穏やかに瞑る。そして、私は躊躇う事も無く彼女の首をそれで掻き切った。プシャ、と首から勢いよく吹き出す血は幻術使いが息絶えるだけの量であり、最後の血だった。君は言葉も無く、崩れ落ちてただ、ただ幸せそうに口元に弧を描いたまま永遠の眠りについた。



「謝るのは私の方だ。生まれてきて、服部半蔵で……すまない」疼痛は、未だに消えない。君を殺せばこの醜い人殺しの運命からも、思いからも全てから解放されるはずだった。……はず、だった。なのにちっとも楽に成らないしその気配もない。私は思い違いをしていたのかもしれない。好きな女を殺して、幸せに成れるはずなんか無かったのに。「ああああああああ」ゆっくりとされど時は確実に流れゆく。私は、私は。彼女の亡骸を抱き寄せて、血が付くことも気にせずに、ただ口ずさむように愛を言葉にする。もう密命も、君も居ない。道具の私が、生きる理由などない。すまない、今追いかけるから。一人になんかしないから。



「名字さん!服部!」砦を見つけた真田が血の匂いにうっ、と言葉を詰まらせて冷たくなった二人を見つけた。ただ愛おしげに、寄り添う亡骸はさながら恋人の様であった。


Title リコリスの花束を

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