後悔が無いことと嘘をつくこと




(・ヴァンプで暗くて救いのないような話)



幸福な物語に見せたくば、めでたしめでたしと付け足せばいい。その法則に乗っ取れば、何だって幸せに見えるのだ。僕には恋人がいて、僕はその恋人を深く心の底から愛していた。全て過去のお話だ。今から僕が言う事は嘘かもしれないし、本当かもしれない。ただ、聞き入って同情するのだけはやめてほしい。僕は同情するのを望んでいない。また、彼女自身も望まないであろう。これは悲劇ではない。ただ、僕が心の底から満たされていなくて、今現在、幸せではない事だけを覚えていてほしい。



何処から話そうか非常に迷うのだが、彼女との出会いから話そうと思う。僕と彼女が逢ったのは、僕がご飯を求めて、街を彷徨い歩いたときのことだった。その日は僕らが活動しやすい程度の、星々の煌めきとそれから月が半分ネズミに齧られたようにぽっかりと浮かんでいたのを覚えている。彼女に初めて出会った時、彼女は苦しそうに蹲りながらゲホゲホと酷く咳き込んでいた。僕は思わず空腹を忘れて声をかけてしまった。「君、大丈夫かい?」僕らのような存在が、出てきてからは街の人々が冷たくなった気がする。こういうものなのかな?って思いながら助け起こせば彼女は、名前……は、有難うと儚げにはにかんだ。結局僕はその日何かを口にすることは無かった。名前を食べるのは美しくないと思ったのだ。最初から弱っている人間を食べるなんて、美しくないよ。



それから、僕は気まぐれに名前と親睦を深めあった。何故かなんて、理由は無かったけれど。ああ、強いて言うならば同情したのかもしれない。現代ですら、治せない病に侵され時間に殺されてしまう彼女に。友も親も見捨てあまり来てくれないと寂しそうに笑う彼女に。それが運命だというのならばあまりにも残酷だ、何故、名前だけを奪って皆は普通に過ごせるのだろう?僕は運命と言う言葉を頻繁に口にするけれども、それは諦めも含んでいることが多かった。滅ぶのだって、死ぬのだって、何もかも運命だ。僕らは抗えずにそれを受け入れるだけなのだ。



久々にガルシャアに逢った。ツキガミの一族は荒々しい奴が多くて、僕らとはあまり相容れないけれど似た存在だとは常々、思う。僕は名前を救いたいんだと話した。ガルシャアは何も考えずに笑って、成らば仲間にしてやればいいだろうと単純単純と、小ばかにしたように僕を嘲笑した。こいつは何もわかっていない。脳もきっと小さくなっているのだろうと僕は少しだけ見下してしまった。何故わからないのだろう?僕らは確かに生かすことは出来る。そのままの状態を維持して、生き永らえさせることは出来る。でもそれは、病を消すことはできない。僕が言いたいのは、詰まり、彼女は永遠とも呼べそうな自殺をしてしまいたくなる苦しみに苛まれながら生きなければならないかもしれないという事なのだ。こいつに聞いた僕が、馬鹿だった。



僕は一人で色々調べた。膨大ともいえる古い文献を読み漁り、彼女を救う方法を求めた。何処にも載っていない、何処にも何処にも(そんなものなんて無い、のだ)。紙の古い匂いのするそれに、染みを作った。病院でもうじき終えるだろう命に縋る彼女の手を握りしめた。「君を救う方法をいくつもいくつも、探したよ」「うん、有難う……ヴァンプ、私の為に」無力な僕を許してくれ。「何処にもないんだ、何処にも。君が苦しみながら生きる。それを救うって言うのは烏滸がましい。僕は神でもなんでもない、ただの」……人にはならざる者なのだ。それから、涙を流して許しを請うた。「運命なんて残酷なだけだ、」



この後の結末は大体、予測がつくだろうと思う。僕は彼女を救っていない、病を抱えたままの苦しみ悶える名前等見たくなかったからだ。僕はどうしようもない、エゴイストだ。これが運命だ、と呟くのは己の無力を慰めるためだ。大体の物語は、めでたしめでたしで締めくくれば幸福に成る。僕は幸福か?自問する。窓辺に腰かけて、感傷に浸りながら見上げる。浮かぶ月があの日見たネズミに食われた月のように見えて僕は、思い返すのをやめた。


title エナメル


あとがき
ヴァンプさんは、大体雰囲気の作文になりますね。傾向が暗めで救いのない感じとの事でこのような感じに成りましたが恋愛要素が薄いですね。暗くて救いのないのは好きなので、楽しかったです。有難うございました。


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