天使をどぶに捨てた
  



ムラクさんはそんな酷い事をしないと思っているよ



何をあげても君は不満そうだ。綺麗な物をあげても、美しい物をあげても、楽しい物をあげても辛い物をあげても君は声を上げることも表情を作り替えることも無い。ただただ、俺を見上げては何か不平不満を言いたげにしている。だけど、それはいつも叶わない願いである。俺は彼女が何を欲しているのか本気でわからなくて困り果てていた。俺が望むのはもっとこう、初めておもちゃを、LBXを買い与えられた子供のように無邪気に笑っていてほしいのだ。



どうして、笑ってくれないのか、不満そうなのか。わからなかった、出来ることは何でもしている。与えられる物は全て与えているつもりだ。詰まりは俺の全身全霊をささげているわけだが、どういうわけだか、彼女は笑わない。ロシウスに無理に引き抜いたのがいけなかったのか、それとも。(他に、他に要因は、要因は、ファクター、ふぁくたー……)



あの男の機体をロストさせた時の悲鳴のこだまが未だに耳の内側に残っている気がする。エスケープを取らされる彼女を敢えて見逃した、気付くのに遅れたふりをして逃がした。こんなの初めてだ。残響する、彼女の悲痛な声、気持ち、揺り動かすは心。俺は一目見た時から彼女が欲しかった。所謂、一目ぼれと言う奴なのかもしれない。これをいうと周りはあのバイオレットデビルが……等と噂を有らぬ噂まで立ててしまうので言えないのだが、俺だって人の子だ、こいの一つ二つくらいはするのだ。



物に不自由させることはない、大国だし、これからも安泰だ。あんな小さな弱小国で終わる必要はないと常々言っているのだが、名前は耳を塞ぎたそうにしていて、俺の言葉から逃げてばかりだ。「何が欲しい?」スワローでパフェを食べたいというのならば連れて行ってあげよう。機体のカスタマイズだって、カゲトに頼めば最新の素晴らしい物に変えてくれるだろう。此処には何でもある、何でも。悪魔のささやきの様に、囀る。「……返して、」「返す?」俺は聞き返した。初めて、名前からまともな返答を得た気がして嬉しくて仕方なかった。



だけど、名前から何かを奪った記憶がまるでないので、俺はこんがらかってしまった(唯一、唯一、彼女から取り上げたものがあるとするのならば、するのならば、)「返してよ……、あの人をこの学園に返してよ、酷いよ酷い」「……それは出来ないな」彼女が崩れ落ちて、グズグズ鼻を鳴らしてポタポタ床に涙を零した。ああ、あの男はそんなに大事な男だったのか(知っていたけれどな、何もかも本当は知っていたけれどな、知っていて取り上げ……否、壊した)。



何をあげても名前は不満そうだ。俺の全てを捧げてもきっと、笑顔は見られないし、顔は曇ったままだろう、何がそんなに不満なのだろう。過去の事は過去の事とそろそろ流してくれればいいのにな。全く忌々しい話である。彼女が一番欲しかったものを俺は奪ってしまったのだ。


title エナメル

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