強制ハッピーエンド
  



言われなくても知っているよ、とどうみても同じ年くらいの容姿にしか見えないセレディ先生を睥睨したら、ニコッといつもの何処か純粋ではない不純物の混ざったような瞳を細めてから、その複雑な模様のようにも見える瞳でとらえた。「いーけないんだ。……校則違反はいけないんですよ?」まただ。繰り言に、電波を受信したのか、耳鳴りがした。キーン、キーンと耳の中に細かな羽虫でもいるのか羽音にも似ている。この感覚は大嫌いだ、子供の頃から、耳鳴りは何度も体験しているから、少しは、慣れたけれど好きに成れる感覚ではなかった。ギョロギョロと不自然に瞳を動かして夕暮れの朱色と風景を取り込んで気を紛らわせようとした。



「名前は聡明ですから、わかっていますよね?」聡明だとか、怜悧だとか私を褒め称えるのだけれどその、裏には何か薄暗い物が潜んでいて、グルグルと唸っているような気がして私は好きじゃなかった。彼の物言いも、それから、瞳も、遭うたびになる耳鳴りも。これは動物の直感や本能に似ているのかもしれない。私は人間と呼ばれるよりも前の太古の記憶を弄って(動物としての本能を)、彼に恐怖等に近い感情を抱いているのだ。時は凍りついたまま砂時計は、詰まっている。「不純異性交遊は、駄目ですよ?」彼は全てを見通すようなところがあるのだ、そこが苦手な要因の一つなのだ。講義だって、不自然極まりない物だったし、ああ、兎に角苦手なのだ(下手したら嫌悪に近いであろう)。



大体、大げさでなければ黙認されているし、思春期の女子と男子を押し込めておいて全くそういう感情がわき起こらなければ不自然極まりないし、あり得ないと私は思うのだ。それは、起こるべくして起こる物だと捉えている。だからこそ、何故に一教師である彼にそこまで咎められなければいけないのかわからないのである。クスクス、クスクス。無聊である全く持って不愉快である。何故彼は、此処まで人をこのような気持ちに駆り立てられるのか。「警告をしているんだ、それとも名前は悲劇のヒロインがお望みかい?」何を言いたいのか、私の頭がついて行けないのかはたまた、彼が突飛すぎるのか、両極端の回答であったが、私はセレディ先生が単に突飛であると思っていた。



「警告はしたよ?今すぐに止めれば、助かる見込みはあったのに。それを潰したのは名字名前、君自身だ。覚えておくといい、君は激しく後悔するだろう」不敵な笑みと共に何かの予告をした。瞳は歪んだ何かを孕んでいたが、それが何かまでは私には把握できなかった。何の予告かわからなくて、キーンと未だに鳴りやまない耳鳴りに顔をくしゃくしゃに丸められたちり紙の様に顰めたまま。不意に彼の声がした。私は一瞬だけ反応して振り返る、耳鳴りが止んだ。セレディ先生は居なくなっていた。



耳鳴りが止まない、私は酷く後悔していた。それから、己の判断とあの時の警告の意味を深く理解したのだった。彼は居なくなった。セレディ・クライスラーの手によって葬られたのだと知ったのは随分と後だった。耳鳴りがする、私はどうやら、耳の奥底に羽虫を飼っているらしい。不愉快なのに、鳴りやまないのは「名前」私を囲う檻が強固であることの証拠である。もう、何処にもいけないなぁ。


title Mr.RUSSO

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