出来そこないの感傷
  



さようならはいつの時代だって、悲しい物だと言われるが、私は悲しいと思わなかった。負けた人間が去るのはこの、世界での掟だった。私がいつこちら側の人間に成っても不思議ではなかった。帰路は、夕明かり海原が黄金色に光っていた。まるで、大草原の中に放り込まれた様だと思ったが、何も言わなかった。頬杖をついて押し黙り、同日にロストしたであろう敵国の人間と仲間たちを見つめた。もう、いがみ合う事も無いのだ。だが、今更仲良くしようとは思わない、船が無事につけば、もう関わることも無いだろう。



「やぁ、名前じゃん。奇遇〜」「ああ、アーノルド君」場違いな明るめの声に、黄昏ていたのに空気が読めないなとか思ったけれど、彼も同日にロストしたのかと思うと親近感。それから、まあ、最後に成るからとか今後に及んで体裁を気にしているからでもあった。何で名前を知っているのか、お互い確執があったのもそうだし、刃を交えたこともあるからだ。しかし、よく私に話しかけてきたな、と少し吃驚してしまったのもまた事実だった。



「もう逢えないかと思ったから、こんな所で逢うなんて〜吃驚したって言うか、今までロストしていなかったんだ?」「相変わらずだね」彼は前からこんな調子だが、今日に限っては空元気かと少し考えてしまった。別に彼が空元気でも構わない、私だって似たようなものだ。しかし、アーノルド君がいるという事は他の二人もか?とみると、そうだよぉ、と気が抜けたような声が降り注いだ。



「僕らって所詮さ、あの世界で繋がっていただけなのかなぁ。僕から話しかけておいてなんだけど、全く言葉が出ないんだ〜」用があって話しかけたわけじゃないらしくて、はにかんで見せた。彼の言うとおりだと思う。私たちはセカンドワールドで繋がっていただけで、交わした言葉なんて殆ど無かった。敵国ならば余計そうだ。彼らは恐れられていたというのもある。「……行き当たりばったりだね」「いいじゃん。僕らもう、敵じゃないんだし〜?そんな怖い目で見ないでよね〜」確かにアーノルド君からも、誰からも敵意を感じない。当たり前だが。



「なんかさ、惜しくなったんだよね」「惜しいとは?」「名前とこのまま別れちゃうのが。見つけてから急にだよ?」見つけてちょっと嬉しかったなんて、言うもんだから少しむっとしてしまったが、意味をかみ砕いて悪意が無いと判断が直ぐに下された。「結局、名前に止めを刺したのは僕じゃないしさ〜、なんか納得できないんだよねえ。前々から考えていたんだよ、僕が止めを刺したいなって」「……言っていることが怖い」飄々と軽々しく怖い事を言ってくるんだから、と一歩引きながら睥睨した。別に本当の意味でとどめを刺したいという事じゃない、ややこしい世界である。



「折角だし、今は暇つぶしあおうよ、お互い有意義でしょ〜?」ねっ、と下からお願いするように言われてしまえば、もう断る意味がなくなる。「エリックたちはいいの?」「あの二人はねぇ、連絡取り合うから平気〜」まあ、この黄金色の海原を意味も無く目に焼き付けるように眺めているよりは気が晴れるかもしれないと思い、その提案に乗った。さようならは悲しくない、だけど、矢張り寂しい物だと考えてしまう。「やっぱり聞いちゃおうかな、連絡先〜」「嫌だよ」「なんでさ」「私は現実に帰るの」「僕も現実だよ」瞬きもせずに私を双眸に入れたまま、また言った。僕も現実だと。「僕はね、自分の欲求に素直だよ」「そうだね」「君もそうしたほうがいいよ〜?後で僕に逢いたくなっても知らないよ〜?」随分と自惚れていると思った。学校とリアルを切り離していた私の連絡先は真っ白だった。思い出して逢えなくなるのが辛いからだった。割り切っていたつもりだった。「……名前は強がりだなあ、僕はそんな風に生きられないもの」そうして、半ば強引に好感された連絡先は唯一。「また、逢おうねぇ?」「しょうがないな、またねと言っておくよ」もう、あの場所で逢うことはないだろうけどこういう、口約束も本当は嫌いだけど。今なら許せる気がした。


title エナメル

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