多分、何かを喰らう宿命




馬岱殿の大きな筆は武器に成っているがそこから生み出される芸術も見逃せない。最後にその芸術を拝んで死んでいくのだから、敵だってきっと悔いはないはずだ。「はっ!」剣を横に振る。汗ばむ体を後で湯浴みせねばなと思い、同時に高い位置に結った髪の毛もそろそろ切らねばなと思った。「ああーっと、名前殿!動かないでえ!」馬岱殿のおちゃらけたような声が聞こえてビタッと体がまるで縫い付けられたかのように動きを止めた。馬岱殿も「そうそう、今のいいよぉ!絵に成る!そのまま構えたままで居てよ!」そう言われて、絵を描いているのかと瞬時に判断したはいいが、何故私が……とも思った。



暫く動きを止めていたら段々体の節々が悲鳴をあげ始めた。丁度その頃だった。「できたよぉ。もういいよ、有難う名前殿」「どういたしまして。しかし、そのような物を描かれて何に使う気ですか?」絵の練習ですか?もう馬岱殿には必要ないように感じられますけれどね。と言えばカラカラ笑われて、俺なんてまだまだだよ。と言われた。肝心な部分ははぐらかせられた気がした。再度しつこいと思われそうだが、尋ねてみれば真剣な目をしていて(その目はまるで異国の人の目のように澄んでいた)、それに心臓が鷲掴まれた。「そうだなあ、何に使おうかな。今は考えていないよ。兎に角沢山描きたくてね」「はぁ、成る程」と芸術とは程遠い私が言えば、馬岱殿はやはりその瞳に孕ませた純然たる優しさがあった。「名前殿を沢山描いて、後世まで残ればいいと思ってさ。全力で生きた、名前殿という女性が戦っていたという事を」そう言って墨の濃い匂いを纏わせた馬岱殿が、有難う。と告げて立ち上がった。あと幾つ、自分の絵が残されるのだろう?そう思うとこそばゆい気がした。



馬岱殿と生活を共にするように成ってからは、私の絵が増えた気がした。キリリと鋭い表情の時もあれば、ふやけた様に幸せな表情で肉まんを頬張っている絵もあり、虎と戯れている絵もある。馬岱殿は僥倖だと常日頃口にするけれどそれは私も同じだし、自分の絵があるのは恥ずかしいけれど愛されているのだなと思うとなんだか、それすらも許せる気がした。余程幸せそうな顔をしていたのだろう。また墨の匂いが濃くなったのを感じて、振り返れば馬岱殿がニッコリ微笑みながら「さいこーだよ!その笑顔!永久保存したいくらいさ!」と言ってシュルシュルと筆を滑らせていた。それはね、馬岱殿が私に幸せをくれているからですよ。


Title 彗星


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