始終、空だけが知っていた




凌統殿との碁は楽しいが勝てたことは無い。だから、酒を飲みながらやるのが一番いい。甘寧殿なんかは碁盤をひっくり返すなんて荒業をするらしいのだが、私はそこまで荒くれていないので、碁盤をひっくり返すなんて暴挙には出ない。一つ、黒が踊る。一つ、白が舞う。だが、また悪い手だったらしい。「げえ」酒がまずく成るななんて思いながらも酒は美味しく酒の肴である、話も止まらない。「今日は甘寧の奴が、執務をさぼって庭の桃の木によじ登っているから何をしているかと思えば、桃が食いたいだとよ。落ちている桃でも食えっつーの」「落ちている桃は虫や、痛んでいる場合がありますよ」と今日も負け確定の碁を打つ。パチリ。



「はぁ、凌統殿は強いなぁ、毎回いい線まで行っているんだけどな」「まあね。あんたもいい線いっているよ。その内一戦くらいは勝てる様に成るさ」そうポンと肩を叩いて、落ち込んでいる私を励ましてくれたが負けは負けだ。それにしても、善戦はしていると思う。昔に比べればだけど……。「甘寧は馬鹿だから、直ぐに碁盤をひっくり返すけど、名前はそんなことしないし、ドンドン強くなっているから、いつか好敵手に成ると信じているんだけどねぇ」まぁ、酒も尽きていないし、此処で飲んでいきなよと勧められたので私は次の酒に手を付ける。ゴクリ、嚥下していくと、体が火照っていくのがわかる。ぽかぽか体の内部が熱くなってくる。



「ねむ」「あー、飲ませすぎちゃったね。悪い悪い」凌統殿が支えてくれて私を部屋まで送ると言って、肩を貸してくれた。すっかり酔いつぶれた私をしっかりと部屋まで送り届けたい際に、一言ボソリと言った。「ま、無理に長引かせるのもそろそろ限界かもね……そういう駆け引き、嫌いじゃないけどそろそろ真正面からぶつからせてもらってもいいかな?」「なんのことれすか……?りょーとーどのぉ」「こっちの話」はぐらかされたけれど、直ぐにそれが何の話だったのかわかる日が来た。



「名前、城下に行かない?」「へ?凌統殿、珍しいですな。私のような武人を連れて歩くよりも花のある女性を連れて歩かれたらいかがです?」と言えば、ふるふると顔を横に振ってにこやかに「名前じゃないと意味が無いんだっつーの」と言った。何でだろう。城下に出る、街は今日も賑やかで私たちを見ると皆儀礼的な礼をしてくる。何か買って行ってくださいよ〜とか凌統様素敵な、奥様ですね。等と勘違いをした発言も飛び出してくるので驚いた。真正面から正拳突きを食らった気分だ。そして、高級そうな着物の店に入ると「店主、この間頼んでいた奴」と言うと中から品の良さそうなおじさんが出てきて「あいよ、もう出来ているよ。そこの御嬢さんにですかな?」と尋ねてきたので「ああ。まぁね」と頷いた。「はぁ、店主。悪いですが、私は御嬢さんじゃなくて、立派な武人です」気を悪くした私がそういうと店主が豪快に笑って「そうかい」と言って、奥の方から赤を基調とした立派な着物を取り出してきた。



「これは……」「あんたにその……贈り物っつーやつ」照れたようにぽりぽりと頬を掻いて、そう言って私に押し付けた。「いや、でも、これ高いと思うんですが」「ま、あんたの金でも買えなくないと思うけど」「いやいや、御謙遜を」私の金じゃ多分無理だ。「というか、何故これを私に?」「いや、だから、そのくらいわかれっつーの!」そんな横暴な。「あ、あんたが好きだから贈りたいと思ったんだっつーの!」「私は可憐な、傾国の美女でも無く、戦場を好むガサツな女ですよ。変わり者ですね、凌統殿は」「ああ、わかっているっつーの。でも、あんたじゃなきゃ駄目なんだよ……、」そう言って両肩を掴んで私の目とかち合わせた。その目は本気の色を宿していて、ああ、私は逃げられないなと思った。まるで、蜘蛛の巣に引っかかった蝶々を連想させられる。「碁だって、あんたとの時間を作りたくて始めたことだしな……もういいだろう?」「……っ」その為に誘ってきたのか、と思うと頬が火照る、なんて鈍感な女なのだろう。というか、自身を女だとあまり思ったことが無かったからこうして女性扱いされるのも慣れていないし、恥ずかしいのだ。私は小さく頷いた。


Title すいせい


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