鮮やかな夢の欠片




私は仕えている主人を間違えていると思う。私は彼の行動に度々イラつきを覚える。そして、どうしようもなくだらしのない人間だと思ってしまう。最近密書が届いた。魏からのお誘いである。それも、夏侯淵様直々からのお誘いの文だ。そっと胸に抱いて、私は呉の国を抜け出した。霧の濃い晩だった、月も草木も眠るそんな時分に馬を走らせて私は、夏侯淵様の元へと足を急がせていた。ようやく魏の城が見え始めたころ。よっと、手を片手あげ、元気に迎え入れてくれたのは夏侯淵様だった。「遅くなりました。申し訳ございません、名前と申します」「いやぁ、俺の軍に来てくれるなんて嬉しいぜ〜、ま、これから仲良くやろうや」そういって魏の城に招いてくれた。これからの主君は孫権ではなくなるのだ。



魏での生活は慣れてきたところだ。碁を打ってみたり、見よう見まねで兵法を嗜んでみたり、呉に居たころよりもより一層鍛錬に励んだ。「おっ、気合入っているなぁ!どれ、俺といっちょう手合わせしようぜ」夏侯淵様からのお誘いの言葉を断るわけにもいかず自分の獲物ではなく練習用の槍を、構えた。夏侯淵様もそれに合わせて練習用の剣を握る。「ふっ!」先行を取ったのは私だった。ザリッと地面の砂を蹴り飛ばして、わき腹を目掛けてゆく。練習用の槍が掠めた。「うおっと!こりゃ、うかうかしてらんねぇな!」私が飛び退くと今度は夏侯淵様の攻撃が待っていた、振り下ろそうとする練習用の剣が私の眼前にあったので、槍で防いだ。流石男性の力と言うべきかドンドンこちらが押されていく。何とかその場は凌ぎ、次の攻撃へと移る。撓るような槍を叩き付け、その後に突く。夏侯淵様はそれを予測していたように、撓る槍を剣で叩き落とした。そして喉元に剣を突きつけた。「はぁはぁ、勝負ありだな」「流石でございます。夏侯淵様」「あー、いーって、いーって。そういう堅苦しいの。お前も流石だったぜ!」褒められたことに顔を綻ばせてしまった。



汗まみれの自分はその後湯に浸かり、憎い元主の事を考える。酒に女、それから仕事のサボりに……名だけは馳せていて、そればかりの人。鈴の音が煩くて、私にも女としての仕事を自尊心を傷つけるような真似をした人。「お、お前の事が、す、好きだ……、だから、……えーと、今晩、その……」私は反吐が出そうになるのと平手打ちしたい気持ちを我慢して「最低です」とだけ震えた声で絞り出して。その場を走り去った。その後の気まずい事気まずい事。私は、そして甘寧様の元を離れた。憎しみばかりが募っていた。酒に溺れ、だらしが無くて、仕事は放ったらかしにして、凌統様を煽る。次の戦は呉との戦だ。甘寧様も恐らく現れるだろう。今度は敵として。



「なぁ、大丈夫か?緊張してねぇか?肩の力を抜けよ?」夏侯淵様は私を気遣うように色々尋ねてきたが私の頭の中では甘寧様を討つことばかりを考えていてそれどころではなかった。「お任せください」「まぁ、ちゃちゃっと手を抜ける所は手ぇ抜いちまって構わねぇからさ」ニッと髭が生えた口元が大きく笑みを作るように歪んだ。目も細まっていて、この人は本当にいい上官だなと思えた。私は期待に添いたくて、「はい」とこちらも出来る限りの笑顔を作って答えた。



戦場に出ればそこは女も男も関係ないいつもの自前の獲物を手に、突き進む。呉に拠点を取られまいと、奮闘していたら夏侯淵様の元に伝令兵がやってきた。「伝令!甘寧軍がこちらに急行との事!」「何ぃ?!甘寧だと?」「……」じんわり手に汗がにじむのがわかる。血の気も引いていく。鈴の甘寧。それは名だけではない、実力も伴っての物だ。チリンチリン、リン。鈴の音が鳴り響く。馬の蹄が高らかに鳴る。ヒヒィーンと馬の鳴き声と共にざっと地面に足を付けるは鈴の甘寧。「……もうきやがったのかよ……」唖然とする夏侯淵様に私は「増援を至急呼んできてください!私が此処を抑えます!」「馬鹿!逆だろう!普通!」と叱ってくださった。その優しさがまた身に滲む。「へぇ、みねぇと思ったら裏切って俺から逃げていたのか名前」鋭い眼光がさらに鋭く光る。これは危ないと判断し、夏侯淵様の後を押した。「急いでくださいませ!奴の狙いは私です!」「それじゃ余計に引っ込んでいられねぇよ!」「大丈夫です!」



夏侯淵様を渋々、増援に向かわせ、一騎打ちの構えに成る。甘寧様の獲物と私の獲物がかち合って、刃と刃のこすれる音がする。「ちっ、腕を上げたな!」「はい、貴方が憎くて憎くてたまりませんでした。女人にデレデレする姿も、話をする姿も、執務から逃げ出す姿も!全部全部!あの日私をからかったこと、許しませんから!」足に力を込めて踏ん張りを掛ける。「待てよ!あの日のは冗談じゃねぇ!」獲物が舞うように一旦甘寧様の元へと戻っていく。「聞いてくれよ!」「問答無用!」剣を振り上げるとそれに応戦するように獲物で弾き飛ばした。「キャッ!」「だから、裏切ったのか名前」「そうですよ」貴方を心の底から軽蔑していますと吐き捨てて次は剥き出しの腹に切りかかろうとするもまたも弾かれる。



狙う個所は違えど、それの繰り返しだった。甘寧様は攻撃を仕掛けてこない。「何故、仕掛けてこないんですか」「好いた女を殺す趣味はねぇ」「今は敵同士です、それにもうすぐ増援もやってきますよ」「そいつぁ困ったな。あばよ、また逢おうぜ、戦場で」高らかにそう宣言して馬に急ぎ乗り別の方角へと逃げて行った。夏侯淵様が戻ってきた頃には疲弊した自分と護衛兵だけが残っていた。「甘寧を取り逃がしましたすみません」「いいんだよ。怪我がなくてよかったぜぇ……」「お手間を取らせて申し訳ございません」きにすんなと背中を軽く叩かれよろめいた。好いた女を殺せない、だと……あんなにかまけていたくせに。と唇を噛みしめ、手のひらを握りしめる。馬鹿にするのも大概にしてほしい。



改めてその日の夜、考えた。私は何故甘寧様が嫌いなのかを。女の人と親しくしている時が一番イライラした気がする。それから、美しい女性に囲まれているときは、頭がガンガン痛かった気がする。……導き出された答えの先にあるのは、  だった。

Title Mr.RUSSO


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