バッドエンドのサイレンが鳴る




死ネタ


あまりにも此処が居心地よかったから、忘れてしまっていたのだ。いつかは、曹魏を……いや、甄姫姉さまを裏切り蜀へ帰らねばならぬということを。最初はなんとも思わなかった。だって、敵なのだから。私の親友は魏の将兵に殺された。心が痛む?そんなことはありえないと思っていた。諸葛亮様にこの埋伏を頼まれたときは思った。だが、実際はどうだ……?まるで、友人のように妹のように接してくれる甄姫姉さま。「……」裏切ることなど、できない。そう、悟った。甄姫姉さまは美しい。何よりも美しい。蝶のように優美で、可憐な花。曹丕様に見初められたのも、わかる。



「どうしましたの?名前暗い顔をなさって、可愛い顔が台無しですわよ」甄姫姉さまの声が聞こえたのと同時に、日が翳った。「……甄姫姉さま。いつの間にいらしたのですか?」顔を上げて、見上げると甄姫姉さまが何かを手にしながら立っていた。その何かは湯気と美味しそうな匂いを立ち込めている。それに目を奪われる。鍛錬帰りで、まだ何も今日は口にしていない。「探しましたのよ?名前と二人きりでお茶をしようと思いましたの」「申し訳ございません。実は鍛錬の帰りでして……その、汗臭いかもしれません……」困ったようにはにかむと甄姫姉さまは、私の手を取った。「大丈夫ですわ。私を守るために、そうやって鍛錬しているのですもの。そのようなこと気にしたりはしませんわ。ふふ、素敵ですわよ」そんな優しい言葉と目で私を見つめた。頬を朱に染めうつむいた。剣ばかりを握っている私なんかとは違う、柔らかな手で劣等感に似た何かを感じる。「さ、冷めないうちに行きますわよ」



手を取られそのまま甄姫姉さまの部屋に連れ込まれた。甄姫姉さまのいい香りがして鼻孔をくすぐった。それから、椅子に腰かけるように促され、そのまま座ると甄姫姉さまが自らお茶を入れてくださった。私等の為に、「次の戦、期待していますわ。我が君も素敵ですけれど。ふふ、女同士の甘美な時間も素敵でしてよ……」そう言って私の唇にそっと触れるだけの口づけを施して離れた。なんて美しいのだろう、なんて素敵な時間なのだろうと陶酔してしまう。このまま永遠に続けばいいなんてただの自己中心的な考え方だ。次の戦は甄姫姉さまを殺さなければならない、私にはできない。出来ないのだ、



諸葛亮様に指定された場所に誘導するのはきっと容易い事。けれど、私は……それをしなかった。後に埋伏の毒だと殺されてしまっても良かった。甄姫姉さまが傷つかずに、それでいて、ずっと届かない星々やまた流れゆく雲のような存在であればと、甄姫姉さまに助言をする。「あの崖下にはいかないでくださいませ、」「あら、何故ですの」私はまごついたまま、何も言えずに訝しんだ、甄姫姉さまがそちらに向けて進軍をする。やめてくれ!という心の声はしまったまま。そこに待ち受けているのは伏兵の元自分の同僚たちだった。趙雲殿が立ちふさがる。「よく来てくれた!」「……」反抗的な目でにらみつけ、甄姫姉さまを庇う体制に入る。「……名前?」二人の声が遠く聞こえる。趙雲殿はいち早くに私が裏切ったことに気が付いたようで、槍を構え私を突いて来た。甄姫姉さまを守りながらの攻防。「甄姫姉さま!逃げてください!」その声にハッと漸く顔を上げた甄姫姉さまは「名前!貴女も逃げるのですわよ?!」と言ってくださった。私は淡く笑って見せた。「埋伏の毒が生きるなど、可笑しな話じゃあないですか、行ってくださいいつまで持つかわかりませんから」



そう言った瞬間、趙雲殿の槍が私の横腹を掠めた。痛みに呻くと更に追撃で槍が腹に刺さる。甄姫姉さまのけたたましい悲鳴が崖下に轟く。他の護衛武将たちが引きずるように甄姫姉さまを抱いて、逃げていくのを見守って私は、ぼんやりと抱いた淡い恋心を思い出す。「ちょう、う……殿……」「なんだ」ぶっきらぼうに怒ったような声でされど返事をしてくれた。「うつくし、い……かた、でし、た。…………わたしは、しらずのうちに、こいに、……おちて、いました」カラカラの喉は砂でも食ったかのように掠れていてヒューヒュー呼吸音が煩かった。甄姫姉さまを追いかけない趙雲殿に、疑問に思いながらも徐々に暗黒に引きずり込まれる意識の中で確かにきいた。「ああ、私も一兵士に恋を抱いた、反旗を翻し、同性に惹かれた女性だった」私も趙雲殿が好きだったら、甄姫姉さまを裏切られたのかなぁ。あの一度だけの口づけが今でも忘れられなくて。趙雲殿が私を抱いた、そして、塗り替えるように私に愛しげで寂しげな口付けを。哀憐しないでください、


title エナメル


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