つまり、さよなら、心中未遂




無双でエンパっぽい。


「私です。入りますね」厳重に警護されている、部屋へ入る。華美なその部屋には、若い女が一人幼子を寝かしつけていた。女の服装は、そこまで華美なものではなかったがその布や、装飾等は上質なものだとわかる。「こんにちは、名前」か細く、美しい声に名前は困ったように眉を下げた。頭が上がらないという様子だった。「……こんにちは、義姉上」女は、兄の妻だった。寝息を立てる幼子からそっと、離れると名前に近づいてきた。物腰柔らかく、名前とは正反対のようにも思えた。「名前、疲れていませんこと?……国を治めるのは、容易ではありません。特に貴女は……色々障害がございますもの」「うむ。この子が大きくなれば、私が治めることもないのですが」義姉に向けられていた視線がちらり、と寝ている幼子に向けられる。幼子はまだ、夢の中だ。小さく寝返りを打つその子に微笑を浮かべた。「……それよりも、近々戦がありますの?」それに名前はキョトンと目を丸くした。まだ、戦の話を義姉にはしていなかったからだ。戦の話も、まだ一部の限られた兵たちにしか知らせていない。「何故、知っておられるのですか?……予知夢ですか?」



義姉は、時々予言を施すのだ。しかも、その予言は中々の的中率で兄もその予言には従っていた。だが、兄は先の戦で命を落としてしまい、唯一の兄の男子はこの子だけであり、仕方なしに名前が国をおさめることに成ったのだ。名前自身もこの予言には何度か助けられていた。「ええ。そうですわね。貴女の、未来が少しだけ見えましたの」「……それは、悪いことでしょうか」名前が真剣な面持ちで、問う。義姉はその様子に、いいにくそうに口を開いた。「……悪いこと、ですね。名前、次の戦に気をつけてくださいね。貴女か、貴女の大切な人が大変な目に遭うかもしれません」「いつもと違い、曖昧ですね」いつもはこう、曖昧ではなく的確なアドバイス等もくれるのに今日に限っては違った。「……ごめんなさい。よく見えないのです。どうぞお気をつけて」そう、綺麗な顔を曇らせた。予言の的中率を知っている名前は思案していた。



恐らくは自分か、多分、諸葛誕のことであろう。と「……有難うございます。気をつけます。では、失礼いたします、義姉上」名前は部屋を後にした。向かう先はもう決まっていた。諸葛誕のところだ。歩く足を速める。長い回廊を抜けて、諸葛誕の部屋につくと扉越しに彼の名を呼んだ。「諸葛誕」すぐに、柔らかい返事が返ってきて諸葛誕が顔を覗かせ、頭を下げた。「名前様」「少し用があって、な……。次の戦の件だ。この件は話してあるだろう?」名前が真剣な表情で諸葛誕に言う。諸葛誕は、その様子に息を飲んだ。確かにその件については聞いていたので頷いたが、真剣な名前に嫌な予感がしていた。「……次の戦、悪いが、諸葛誕は出ないでくれ」理由もなくそのようなことを言われた諸葛誕は納得がいかなかった。思わず、声を荒げてしまった。納得するような理由が欲しかった。「何故に、そのようなことを!」それとは、対照的に名前は冷静だった。威厳を感じさせる、王の風格。「義姉上の、予言だ。義姉上の予言の的中率を知っているだろう?私か、お主に……悪いことがおきるそうだ。だから、次の戦に諸葛誕はいかせぬ」「……その予言が、私ではなく貴女で……もしものことがあったらどうするのですか?」



「……予言の的が、私だとしても。お主は兎も角として、私は出ないわけにはいかぬ。兵の士気に関わる」「そうかもしれませんが……」納得は出来なかった。確かに、兵の士気に関わるのはわかるが。自分が戦に出してもらえずに名前だけが出るという状況に素直にうなずけなかった。「……大丈夫だ。私一人で行くわけではない。諸葛誕、お主は……少々無茶をするところがある。……悪いが、今回は私の勝手を通させてもらう。よいな。では、失礼する」一方的に名前はそう、言った後に踵を返して背を向けた。その背は決して勇将のように逞しくも無く、冴えないもので普通の女性の小さな背だった。諸葛誕は納得がいかなかった。「なんとしてでも、名前様をお守りせねば、」



「なんだ。戦のしがいがない。蜀の連中はいつの間に腑抜けた。諸葛亮が死んでからか?」狭い通路のようになっている道をさくさくと進軍を進めていく。戦況はこちらがずっと優勢であり義姉の言っていたことは杞憂であったかと馬の腹を蹴った。あたりは、鳥も獣も息を殺していて、まるでこれから起きる事態を把握しているようであった。「しかし、妙……だな。こんなにあっさり進軍を許すか?それにこの静けさ……まるで、」まさか、と瞬間嫌な物が胸を掠めて、素早く後ろを振り返る。そして、崖の上の影……蜀の軍勢を見て奴に一枚かまされたと気が付いたのだ。「……成る程な。蜀にはもうそんな力はないと思っていたがそれは、私の思い違いの様だ」鋭い切っ先のような双眸に、名前は侮っていたと目を細めた。ベキッ、ベキッ降り注ぐ矢の嵐を大剣で防いでいても何れは当たる。四方八方を囲まれているのだから当然だ。成る程、これが義姉上の予言か。と思い、落馬し死を覚悟したその時だった。崖の上が騒々しくなって、矢の嵐が止まった。



「皆の者!私に続け!!蜀の軍を一掃するのだ!」「……諸葛……誕?」その声は聞き馴染があってよく、耳の中の鼓膜を震わせたものだ。どんどんと蜀の軍勢が減っていくのが朦朧としてきた意識の中でわかる。不意をつかれたからだろう影がドンドンと減っていって、最終的には鼓舞をし、指揮をしていた諸葛誕の軍が勝ったことをこの薄れていく景色の中でぼんやりと眺めていた。息が荒くなってきた。あたりが静まり返る。誰かが抱き上げてくれて、そのまま馬に乗せてくれたところで意識がぷつり、細い糸を鋏で切ったように途切れた。



「名前様!」目を開けて直ぐに目に飛び込んできたのは泣き腫らしていたのかはたまた寝不足なのか目を充血させていた、諸葛誕だった。弱々しく手を伸ばして愛おしげに頬に触れるそして、「……来るなと言ったろうに。だが、来てくれなければ今頃死んでいたな」はははは、とこの場に不釣り合いな笑い声を上げればキシリと骨が軋んだ音がした。それから体を起こそうとすると治療を施されたのだろう痛みが全身を駆け廻ってまた、床に伏せた。「いっつ……!」「ああ、無理をなさらずに。あの戦は全軍撤退させました」「何だと……くっ、蜀に一枚かまされたな。私が不甲斐無いばかりに……諸葛誕にまで迷惑をかけてしまった、すまなかった」「私は貴女の狗ですから」「お前はそればかりだ、もっと胸を張れ。一国の主を救ったのだからな、仮の主だとしても。褒美をやろう、お前の好きな事でも、何でもくれてやろう」



諸葛誕は好きな事に心を躍らせたが、それは手負いの名前にとって面倒なことであり邪念だ、と打ち払い「では……お願いがございます」「なんだ」「接吻を、してもよろしいですか?」震える唇でそう告げた。一度だけ告げた。もう一回と言われても恐らく頑固なその唇は開くことはないだろう、痛みに呻く名前は「そんなものでいいのか?いくらでもくれてやろう。褒美にすらならないだろうがな」とおもむろに、上半身を持ち上げて、諸葛誕の唇を奪った。時が止まったようにすら感じた、息も凍るほど長い時間に。くらくら眩暈がしそうだった。離れた時名残惜しそうに諸葛誕はしていて「私には至情の喜びに感じます」とだけ言った。


title 月にユダ


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