悪党と武人




世間では私のようなものを行き遅れと言う。というのも私はまず可愛げがない、馬超殿が言うように戦場で土と埃、それから血に塗れ髪にまでこびりつきぱさぱさしている姿は化け物と形容しても何ら不思議でもなかった。これを女と呼ぶには些か、無理があるというものだ。何よりも先ほども述べた様に可愛げがない。最前線を好み、切りこむ姿は女と言うよりも武人だ。そう、私は武人として生きてきた。女を捨ててまで武人として生きたのだ。しかしだ、面と向かって、お前は本当に女なのかや、女官にヒソヒソ行き遅れた女って哀れね、ああは成りたくはないわ、等と陰口をたたかれるのは居心地が悪い。



「はぁ」「溜息なんてついてどうしたのですか。まぁ、尤も貴女の幸運が逃げようが知ったことではないですがね」法正殿はよく暇を見つけては私の元に来てくれる最高の友人だ(敵に回してしまえば報復が待っているらしいから、少々怖いが)、私は策などはわからないのだが、次の戦の策はどうするのだ?と尋ねれば嫌々ながらも教えてくれる。彼の策はどれもこれも上等な物で間違いが無い「どうもこうもない、私はどうやら行き遅れたらしい。最近では威厳も無いのか、女官にすら行き遅れた等と陰口叩かれる始末だ」まあ、体も傷だらけだし、戦を好み武芸以外に取り柄のない女等女と呼べないかもしれんがなと付け加え表情を曇らせた。



翌朝から、陰口の数が減った気がしたが訝しむだけで、まさか、なと目を細めた。一瞬法正殿の顔が頭をよぎったが、流石に友人の自分の為に何かしてくれるとは思っていなかったからだ。今日も武芸を磨くことに専念していたが、気分は晴れることはなかった。「いいじゃないか、女を捨てて武人として生きるのだって」孤独なのは、別に辛くない。伴侶などいなくても、友人何人もいるじゃないか。「一般兵の相手は飽きたな」「では、俺と勝負しませんか」不意を突かれたので後ろに飛びのいた。いつの間に、法正はいたのか、と軍師は底知れない或いは得体のしれない奴だとは思ったが可愛らしい悲鳴は到底上がらなかった。「……軍師殿も体が鈍っているのか?まあ、いいが……、」



勝敗は当然の如く武人として生きてきた私の勝利であった。法正殿は何処か企んでいるような笑みを絶やさずに「いやぁ、お上手ですね。流石は、武人といったところですかね。こうも簡単にやられてしまうと、男として辛い物がある」「……だから、嫌なのだ」腕が立つからこそ、一般の武将達も自分たちが負かされるイメージを抱いてしまい妻にしたがらない。私よりも強い武将はか弱くいかにも家で夫の帰りを待つような繊細な女を選ぶ。剣が、カランと音を立てて地面に落ちた、というよりも自分落としたと言った方が正しい。「……せめて、男に生まれていれば……」「まあ、物好きが貰ってくれるかもしれないですし、そこまで絶望しなくてもいいのでは?」「そんな物好きが居ないからこうなっているのだろう」「……さて、ね。俺はまだすることがあるので、此処で」釈然としなかった。



その一週間後くらいだった。見合いの話が舞い込んできたので私は猜疑心で妙な顔色をしていた。女官に「これは破棄にしておいてくれ。素性もわからない相手に嫁ぐ気も無い」「し、しかし」女官は困ったようにオロオロするだけで、名前様にはでていただかなくては相手の方にも迷惑ですし、何より名前様はきっと喜んで受けていただけると思いますと必死に説得するので、「わかった、わかった。相手に逢うだけ逢ってやる。婚姻するかはわからんがな」「有難うございます」ホッとした顔の女官を見て、余程怖い相手だったのだろうかと名前も身震いをしてしまった。泡立つ肌を温め、今まで着たことも無いような煌びやかな服を身に纏い、相手の待つ部屋に入った。相手に粗相のないよう俯いたまま「名前と申します、この度はこのような場を設けていただき、ありがたく思っております。しかし、申し訳ないのですがこの話は無かったことに「俺を相手に無しにしてほしいのですか、はぁはぁ、貴女はどうしようもない方ですね。報復がお望みか」



その声と言葉遣いにバッと顔を上げた。結い上げた髪が乱れるのも気にせずに「何!?法正殿?何故此処に……、まさか行き遅れたという話を聞いてからかいに来たのか?それとも情けでもかけにきたのか?迷惑だからやめてくれないか」「まさか。俺は本気ですよ」その双眸を覗きこめば底知れない暗闇が待ちかまえていた。悪党と言われる彼の闇は底知れない。「…………で、どう返答するのが正しいのだ、これは」「そうですね、貴女はただ黙って頷いていればいいと思いますよ、報復が怖くないのならばね」「成る程、これは断れそうにも無いな。だが、法正殿はなんというか、趣味が悪いな」私はこれからも前線に出て生傷を作ってくるぞ、いつ死ぬかわからんぞというと法正殿は口元の端を持ち上げた。作り笑いと言った所か。



「この時をどれほど待ちわびていたか知っていますか?俺が悪党と呼ばれているのに、貴女は普通に接してくれた、今だから白状しますけど、今まで男性から見合いが来なかったのは俺が全部弾いていたからだ」軍師と言うのはこれだから怖くて嫌なのだ、と脳筋の私は思った。どれもこれも仕組まれた物語だったのだから。今日から私は、悪党の妻だ。



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