涙すら欲しい




関興殿が私の後ろをついて歩くように成って少しの時が頭の上を、自分の足元を流れて行った。それは自然の摂理で、当然のことだったのだが、私はこの事態を受け入れられないでいた。何でこうなった?と頭の中は、爆発してしまいそうな程に混乱を極めていて、しかし、軍神関羽様の息子と成ると邪険にも出来ずにいた。くるり、振り返る。「……?」関興殿は何で振り向かれたのかが分かっていないのか不思議そうに小首をかしげていた。それから、また、前を向いて歩く。二人分の足音が響く回廊。擦れ違う女官たちがひそひそと話し込む。確かにこの光景は異様だろう。軍神の息子ともあろう関興殿が一武将の、しかもあまり強いとは言えない女の私の後ろとてくてくと歩いているのだから。その光景はまるで、小さな雛鳥が親鳥とはぐれないように必死に歩くさまを想起させる。



「ふぅ……、」鍛錬場で、適当な人と剣を交えた後に湯浴みをして来たら、関興殿が私の事を待っていた。あり得ない……と思ったが、事実そこに存在していて、私を確かに待っていたのでもう、この際だから。と聞いてみた。「あの、何で私の後を付け回すんですか?関興殿にもお仕事とかあるでしょう?」「……ああ、終わった」え、もう?!と外を見て時間をある程度把握すると、信じられないと言う顔で関興殿を見つめた。「……私は邪魔?」「えっ?!い、いや、じゃ、邪魔じゃないのですけれども、その……色々やり辛いです」鍛錬の時だってジーッと穴が開きそうな程に見つめられていたし。それは穿った見方をすれば、まるで、恋い焦がれているかのようなそんな熱の籠った視線だった。



「軍神関羽様の、息子である関興殿に鍛錬している所等を見られていると少々……」「そう、気にしないで。私は空気のように居るから」決して居なく成ってはくれないのか……。と落胆したところで、関興殿のお腹がグーッと鳴った。関興殿はしまった、と少しだけ表情を崩して「お腹、減らない?」と尋ねてきた。私も鍛錬と湯浴みをしてきたばかりなので、少し減っていたので「減りましたね。肉まんでも食べますか?」と言ったら勢い良く頷いた。私たちは厨房に行って(矢張り関興殿は私の前を歩こうとしなかった)肉まんを二つほど食した。程よい肉の脂身が美味くて、二つ目に手を伸ばしたところ、関興殿が物欲しげにこちらをみているのに気が付いた。た、食べづらい。「あの、食べますか?」まだお腹は減っていたが、食べづらいのに負けて、関興殿に差し出せば、肉まんをパカリと二つに割って片方を私に寄越した。「半分こ。これならいい。私は、名前殿が食べている姿を見ている方が良かったけれど、これもいい……」よくわからないが、私の事を観察していたらしい。何で……と思ったが、視線は逸れたので、そのまま、肉まんにかぶりついた。



関興殿の行動は読めない。直ぐに飽きて、何処かへ行ってくれるだろうと思っていたが、何を考えているのか知らないが、未だに私の後を付いてくる。それも連日だ。いい加減やめてほしいのだが、何と言えば傷つかずに、関興殿にこの行動をやめていただけるのか悩んだ。このままでは本当に恋仲だと勘違いされてしまうじゃないか。それでは、関興殿だって困るだろうし、勿論私だって、困る。噂話なんかで婚期を逃してしまえば、武将の私は武将として生きて死んでいくしか道が無くなってしまう。困ったなあ、と溜息を吐けば関興殿が後ろから顔を出して。「溜息、幸福逃げる……どうしたの?」「いや、関興殿が何で私の後を付いて回るのかなと……、このままでは私たちは恋仲だと疑われて噂を流されてしまいますよ」それに、この間からだから、そろそろ四日は経つ。



「……うん、別に平気」「いや!私は平気じゃないのですが?!」と突っ込めば関興殿がへらりと破顔して言った。「私が、名前殿の事幸せにするから、平気。恋仲、成れればいいな、って思った」


Title 約30の嘘


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