プラスチックの心臓



(・貴志部で恋愛初心者同士の恋愛。ほのぼの)


「情けねぇ。押し倒せよ、男の方から迫られた方が女も嬉しいって」滝(兄の方)のアドバイスは果てしなく、貴志部にとって難易度の高いものだったし、そんなこと考えるだけでクラクラ眩暈のするような内容だった。慌てて、快彦が遮った。「何を言っているの兄さん!お、おしたお……」快彦もまた、ふらっと倒れてしまいそうなことだったのか顔面をもみじ色に染め上げて、口をつぐんだ。「あ、あのキャプテン……兄さんのいう事はあてにしない方がいいよ。そんなことしたら、苗字先輩きっと驚いちゃうから……」快彦がそういって、兄の失言を訂正した所で貴志部が言った。「いいんだ……元々は俺が、手も繋げないのがいけないんだし……跳沢と和泉にも相談してくるよ」そう言って、椅子から立ち上がった。純情な貴志部は先ほどの総介の言葉に大ダメージを受けたようで、ふらつく足元に注意しながら教室から出て行った。「はぁ、男が廃るな」「兄さん、最低……そんなことばっかり考えて」「そんなことってなんだよ、ちびすけ。俺たちは中学男子だぞ」



跳沢と和泉にも、相談はしてみたけれども、元来気性の激しい跳沢からは総介と同じような意見が飛び出してきて、御曹司である和泉からは自分が実行不可能な意見を言われてしまった。こんなに悩んだのは、対雷門戦以来かとすっかり意気消沈気味の貴志部が今日初めて、堪えていた溜息を零してしまった。悩んでいたのは、苗字も一緒だった。もっと、もっと貴志部と一緒に居たいとか思っていても練習に精を出す貴志部の邪魔はしたくないの一心で前に全く進まない。ただ、ただ気持ちだけが前に進んで行って体が置いてけぼりに成っている。友達にも相談してみた。だけど、具体的な解決策は無いのでただ、話しを聞いてくれるだけにとどまっている。別に、大それたことを言っているわけではない。ただ、一緒にお出かけをしたり付き合う以前のようにスムーズに会話をしてみたいと思うだけであった。なんだ、これでは……付き合う前よりも関係性がぎこちないものに成っている。



帰り道は何となく二人の間に和やかな空気が流れる。一緒に居て、一向に前に進まなくとも心が休まると思うのは、お互い同じことだった。貴志部も苗字も感じていたことであった。ただ、今日はいつもと違って無理矢理にそれを振り払うように貴志部が言葉を紡いだ。「あ、あのさ……俺の家に寄って行かない?」「え、あ……うん」苗字が言えたのはたった、それだけであった。貴志部は随分と今ので気力を消耗した様で、汗ばんだ手をガッツポーズをする要領で握りしめた。これだけ聞いてしまえば、不純なお付き合いでもしているかのように聞こえてしまうのだが、貴志部に限ってそれはないと苗字は思っていたし、信頼もしていた。



「いらっしゃい、名前。俺の部屋汚いかもしれないけれど、寛いでね」そういって、通された部屋は、随分と片付いていて苗字がそんなことない、綺麗だよと口元を綻ばせた。生活感がありながらも、片付いている部屋は客人を最初から招く為だけに綺麗にされていたとは思えない自然さがあった。詰り、日ごろから貴志部は掃除をしているということになる。「そこに座って、今日は話したいことがあって」苗字が促された椅子に座りながら、貴志部を見上げた。座ったことで必然的に、上目づかいに成った事に対して貴志部が色々とまずい!と思ったが自分から促したのに立ってなどとは言えずにそのまま続けた。「あ、あのさ……今更変な事言うかもしれないけれど、名前の事が好きなんだ。大事にしたいとも思っている、俺にとって、初めの恋人も……気持ちも名前が初めてだし」そこに嘘偽りはないし、事実だと披瀝した。「……それは私も同じだよ」お互いが、恋愛に関しては初心者だった。だから、どちらかがリードするなんてこともなかった。



「でも……その、生意気かもしれないけれど恋人らしいこともしてみたいと俺は思っている」真っ直ぐに瞳を射抜いたまま、素直な言葉をぶつけた。苗字も心動かされるように、一度だけ力が加わったように頷く。「うん、私も」それは肯定の意味を示していた。普通ならばこの雰囲気に飲まれてキスの一つ二つ降らせてしまうものかもしれない、だけども貴志部にも苗字にもそんなことを出来るだけの技量も勇気も無かった。ただ、座っている苗字の膝の上に、添えられている手に両手を添えて触れるだけであった。それだけでも苗字は嬉しかった。



跳沢と和泉が朝の冷たい空気に飲み込まれながら、苗字と貴志部の背中を見つけた。二人の登校は早い方だったので見つけられたことに喜びながら跳沢が声を掛けようとしたところで、和泉が手でそれを制した。「んだよ、和泉!」短気な跳沢が和泉に食って掛かろうとしたところで和泉が幼い子に静かにするように、と注意するように口元に人差し指を押し当てた。「しっ、黙って。二人、手を繋いでいるよ。邪魔しちゃ駄目だ」少し遠くを歩む二人に、跳沢が嘘だぁ、と言いたげに訝しげに目を細めて確認した。どうやら、和泉の発言は事実のようであった。「うわっ、マジだ!あんなに手も繋げないとかほざいていたのに……」しかも相談を受けたのは昨日だと、呟いた。「君は相変わらず口が悪いなぁ……。まあ、いいじゃないか。微笑ましくて、少しずつ前進しているのさ二人は」「ま、そうだな」生暖かい眼差しに気づくことは無く、二人は柔らかく手を繋いだまま学校への道を辿った。



あとがき
貴志部君を書いたのはこれで、3回目くらいな気がします。彼は何となく、純情で初々しくて奥手なイメージがあるのですが……。ほのぼのに成っていますでしょうか……あんまり書いたことのないキャラなのでなんか失敗した気がしなくもないのですが、頑張りました。セキ様有難うございました。


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