私が遠因になる




(・霧野で切甘)



嫌いになったのならば、嫌いってはっきり言えばいいのに男らしくない。言ってくれたら、私だってキッパリとこの気持ちに決別をして、新しい恋を探すことくらいするだろう。だけど、何も言ってくれないから、それすらもままならない。一応恋人という間柄だというにもかかわらず、友達だった頃と比べてめっきり会話が減った。机に頬をくっ付けて霧野君を眺めた。今は楽しげに部活の仲間の神童君と談笑をしている。私なんかよりも楽しそう。私とは一瞬だけ視線が交わったがすぐに、あからさまに逸らされた。いつから、あんなに露骨に私を避けるようになったのだろう。考えるだけで胸がきりきりと悲鳴を上げた。会話の成り立っていたのはいつの話だっけか。



面倒くさいホームルーム。担任の先生の妙に滑舌のいい言葉を聞き流しながら霧野君に視線を向ける。私を嫌いなくせに、よく目が合う。……私が、見つめているせいだろうけれど。「起立」今日の日直の女の子の声が聞こえた。皆が気怠そうに立ち上がる。私は注意が散漫になっていたせいで、皆と少し遅れて起立した。いつの間にか、担任の話は終わっていたようだった。軽く礼をして皆がざわざわと騒がしくなる。鞄を乱暴に肩にかけて、恐らく部室へ移動しようとしている、霧野君の腕を掴んだ。「待って」



霧野君は怪訝そうに私を見つめた。困っているようにも見えるし、不機嫌そうにも見える。ただ、どちらでもないような気がした。根拠はないけれど。「何?俺、部活にいかなきゃ。名前も部活だろ?」さっさと話を切り上げようとする霧野君を制した。「話があるの。時間は取らせないから」じっ、と私の瞳を見据えて、私が引き下がらないだろうことを察したのか霧野君は「わかった」と頷いた。渡り廊下を霧野君と無言で歩いて、人々の波をかき分けた。人気のない、屋上へ続く階段で立ち止まる。時間を取らせない、この会話が嘘であってはならなかったからだ。



要件だけさっさと言おうと私が口を開いた。それは詰問する形に近かった。「霧野君さ、嫌いになったのなら、嫌いって直接言えばいいじゃん。もう近づかないから、別れようよ。辛いよ」中途半端にこういうことされる方が傷つくのに。霧野君は分かっていない。理解を得られない。「それは嫌だ」「なんで?こんなことされる方が辛いのに!」つい感情的になってしまい、涙が零れてしまいそうになった。寸で止められたのは幸いだ。「俺が名前を好きだから」「嘘だ、そんなの」理由があるなら言えばいい。私に対して、何かあるのならばそれも全力で受け止める覚悟だった。霧野君が申し訳なさそうに顔に影を作る。



「……最近、サッカーに全然集中できないから。凡ミスが多くて神童に怒られた」「それ、私のせいなの……?」もしも、それが理由だと述べるのならば全く見当はずれな気がするのだが。だって、私は霧野君の気を散らしたりして邪魔をしないようにと(彼らはとても大事な革命をしているそうだから)応援を控えているし、霧野君はちゃんと集中できる環境に居るはずだ。霧野君を睨みつけながら、問えば霧野君が溜息を吐いた。「……名前の事ばかり考えて、頭がどうかしているんだ。だから考えないように考えないようにって思ってちょっと離れたんだけど、余計に頭が一杯になるし。傷も増えて酷いんだ」そっと、ズボンの裾をあげて私に見せつけるように少し筋肉のついた足を晒した。随分と痣や擦り傷が増えていて痛ましいことになっていた。その中に一つ、新しそうな生々しい擦り傷が目立つ。「……名前に辛い思いをさせたのは謝る、でも、嫌いになったとかそういうのじゃないんだ。本当に」真剣さを帯びていた、声色が微かに震えた。雰囲気にのまれる、霧野君の両肩を掴んで私から唇を重ねた。少しして離すと霧野君が驚いた表情のまま固まっていた。「……今日、部活休んで見に行くから。格好いいところ見せてよ」霧野君が頷くよりも先に、私は階段を駆け下りた。




「嘘つき!ぜんっぜんミスなんかしないじゃん!絶好調じゃん!」西日に照らされた霧野君が面目なさそうに俯いたまま、ゆっくりとした歩調のまま切り返す。「嘘じゃない……。確かに昨日までは本当に調子が悪くて!昨日だって転んで傷を作ったんだ」俺の足の生傷を見ただろと、言われて私は黙り込む。「確かに。あれは尋常じゃない……」下手な話、誰かからいじめを受けているんじゃとも思えるレベルだった。霧野君は私の言葉に耳を傾けながら、立ち止まった。「あのさ、これは憶測なんだけど……名前が応援してくれたから調子が良かったのかも。名前が見ているから格好悪い所見せられないなって、俺……思ったし」霧野君はおざなりを言う人間じゃない。それは私がよく理解している。「……だから、さ。明日も応援してくれない?俺、なんか頑張れそうな気がする」「勿論、いいよ。ああ、でも……」「でも?」不安げに霧野君の瞳が細められた。「随分と私を蔑ろにしてくれたしなぁ。ねえ」言いたいことを言い終わらないうちに霧野君がああ、と理解を示し私の望むものをくれた。触れるだけの淡い物だったけれど、全てが許せる気がした。



あとがき
切甘になっていますでしょうか…。あまり意識して書くことが無いので途中からの切り替えは難しい物なのだなぁ……と思いました。そして霧野君も、ヤンデレ連載以外はあまり、まともに書いていないという事実に気が付きました。普通(?)の霧野君を書けてよかったです。零亜様有難うございました。


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