水槽に閉じ込められる




(・ヤンデレ霧野連載番外)


こちらに関しましては、番外という事なので連載のユーフォリアの方にも置いておきます。


名前の呼ぶ声が聞こえる。最近は俺の事を毎日考えてくれているようで俺は、嬉しいと思う。名前が人目も憚らずに、俺の元へやってきて、腕を捲った。普段は皆には見えないようにしているのだけど、名前は俺に逢う時に必ず真っ先に腕を確認する。それは日課のようだ。切っていないか、不安で仕方がないと言った風だった。昨日はやっていないから傷は増えていないはずだけれど、名前は俺の腕の傷を見て顔を顰めた。(名前にさえわかればいいから、わざわざ見せつけるような真似はしていないし、サッカーの時はリストバンドか何かでうまい具合に隠していた)「昨日は切っていないよ。増えていないだろ?」俺が尋ねれば、名前は見ているのが苦しくなったのか袖を戻した。「……うん、そうだね」ぎこちなく笑って長い睫を伏せた。名前は好きだ、だけど……たまに、こんな名前笑顔じゃなかったって思うと苦しくなる。俺が本当の名前の笑顔を奪ってしまったのだろうか、目の前の名前という存在に意識が掻き消された。



後悔に似た、それは僅かに抱くだけだ。泡沫のように消えていった。「名前、」名前の手に自然と俺の手を絡ませる。人目なんて知らない、気にする必要が無い。名前は少し恥ずかしそうに周りの視線を気にするそぶりを見せた。なんで、他人の目を気にする必要があるの?俺たちに関係ないでしょうって、手に少しだけ力を込めればハッとしたようにすぐに周りを見るのをやめた。「今日は何処へ行く?」この間は動物園に行ってきたし、その前は俺の部屋、近場は大体行きつくした感がある。名前がいきたいというのならば俺は喜んで何度行くけれど。表情や仕草がいつも同じとは限らないのだから。「……水族館に行かない?」「……うん、混んでいないといいね」いつも制服姿だから、やっぱり私服の名前は可愛い。



水族館に到着した。此処は結構大きな水族館で、夏休みの期間なんかは家族連れの人達やカップルで賑わっている。が、今日は大型連休があるわけでもないので人はそこそこだった。中に入る海の生き物の匂いがした。と暗くて、名前が心配になって声をかけた。「足元に気をつけろよ?」「うん、暗いね」手を握ったまま、俺の隣を歩く。見上げると上で群れを成した小さな魚たちがキラキラ鱗を銀色に光らせる。「ねえ、蘭丸。ずっと聞きたかったことがあるんだけれど」カツン、と足音を一つ響かせて自分の腕程の大きさの魚が旋回している水槽で足を止めた。カラフルだけれどこいつ食べられるのかな、なんてナチュラルに考えた。



「たまに蘭丸の考えていることがわからないの。切るタイミングを掴めない、私に心当たりがない時でも気が付いたら増えているから、」暗い中青白い光に照らされた名前の顔を見つめた。……俺が望んでいるのは名前が俺の事を頭の片隅に置いてくれることで(できれば一番に考えて欲しいので)あるから、切るタイミングは基本的にランダムだ。だから、俺は薄く笑顔を作って名前に答えた。「俺にもわからないよ」ってね。確かにランダムだけど傷が癒えて塞がり、消えそうになる時は敢えて作るかな。あとは名前が関連する事柄で嫌だと感じたとき。でもやはり具体的にいつ、とは決まっていない。名前が辛そうな表情を浮かべた。「私に心配してほしいって言っていたね、前に」いつだったけ。確かに言った記憶の欠片が残っていた。「……そうだな。今もそう」名前に考えてもらいたくてたまらないんだ。



立ち止まっていることに対して罪悪感を抱いたのか、また名前が歩くのを再開した。今度は小さな円筒の水槽の中をゆらゆら、クラゲが揺れていた。ふわふわ上下に揺れる。うわ、こいつ毒とかありそう。「……まだ、切る必要はあるの?」だって、もう別れようだなんて言わないでしょ。って幼い子供を諭すように言うから俺は言い返した。「切らなくなったら安心して名前が居なくなるだろ?切らなくても絶対に一緒に居るって約束してくれるなら考えてもいいけれど」ほら、名前が居なくなったら俺、また死にかけちゃうかもよ?なんてね、冗談めいた口調。脅し文句に聞こえたようで名前が強張った。今もたまに笑ってくれるけれど、やっぱり昔の影を追っているのだろうか。違う物に感じられる。先が明るくなってきた、眩しさに目を細めて空いていた片手で目元に影を作る。「あ、イルカショー見に行こうか」「うん」思い出したように、名前の手を引いた。イルカとかのコーナーは分かれているのだ。



大きな広い水槽を思い出す、例えば俺たちは魚で知らず知らずにそこに閉じ込められている。餌は当たるし、広い海よりも安全で安楽だ。食べられる心配もない。それでも、クルクル何も知らずに同じ場所を泳ぎ続けている。本当に何も知らないで無知であるのならば、幸福であると。ただ、俺は独りよがりであることが嫌でたまらないのだ。だからこそ、たまに問いかけるのだ。同じ答えしか返ってこないことを知っていながら。「名前は幸せ?」「うん」ほら、もうあの時の笑顔は見られない。だけど、俺は敢えて「俺も」と答えるし、俺は間違っていないと正当化するのだ。(口にしなければ)そうでなければ保てない。


あとがき
番外、ということは連載を見てくださっているのでしょうか?有難うございます。番外という所に悩みましたが、そういえば連載中に一度もデートの描写は無かったかもと思いまして、蘭丸君とのデートになりました。一応7より少し経ったくらいで書いています。ましゅまロール様、企画へのご参加有難うございました。


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