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愛の毒

朝一番、トントンと軽く包丁を動かす。自分のためにご飯を作るなんて実はそんなにしないので、家の台所に立つのは久しぶりだった。家、といっても自分の家ではないのだが。

銀時の家に転がり込んで早1週間。生活費込みとはいえ、一応依頼の体をとっているというのに銀時は容赦なく家事を押し付けてきた。食事の支度だったり、洗濯や買い物。万事屋は当番制らしく、それに組み込まれる形だった。押し付けられたとはいっても銀時に尽くすのは嫌ではないし、美味しい美味しいと食べてくれる子供達もまた好ましい。それに、これは銀時なりの気遣いなのだろうと察していた。万事屋の中で馴染めるように、銀時は決して言わないけどきっと合っている。長い付き合いで確信していた。

「神流、ごはんなに?」

ボサボサの頭を掻きながら、後ろから手元を覗き込んでくる銀時がとても愛しい。もう二度と手に入らないと思っていた平和な生活に頬が緩む。

「今日は和食だよ」

白いごはんに焼き魚、山菜の和え物とお味噌汁。朝だからこそシンプルに。もう少し待っててね、と添えれば眠そうな声が返ってくる。それに苦笑しながらも手を動かした。神楽ちゃんがこれだけじゃ足りないのはこの1週間でよくわかったので、もう1品、大皿に卵焼きとおかずの量を増やす。魚が焼けたら形が崩れないようにお皿に盛り、味噌汁を注いだ。

「銀時手伝って」

炊いたご飯をよそいながら、未だぼんやりしている銀時に声をかける。気だるげに声を上げると、フラフラした足取りながら居間へとできたご飯を運んで行った。大丈夫だろうと頷き、残りを運ぶ。朝は新八君がいないので、神楽ちゃんだけを呼び食卓に着いた。

「ひゃっほーう!今日も美味しそうアル!」

さっきまで眠そうにしていた神楽ちゃんはご飯を前に一気に覚醒する。対して銀時はやっぱり眠そうで、少しは見習えばいいのにと内心ため息を吐いた。

いただきます、と手を合わせて箸を握る。出来は上々。卵焼きもいい感じ。銀時の好みに合わせて作った甘い卵焼きは、神楽ちゃんも好きらしい。美味しいと口に頬張る神楽ちゃんに、まだいっぱいあるよと笑えば嬉しそうな笑顔が返ってくる。先ほどまで眠そうにしていた銀時は、卵焼きを一口頬張ると、普段から伏せている目をキラキラと輝かせた。

「やっぱ卵焼きは甘いやつだよなぁ」

最後にうめえと漏らした銀時にこっそり笑う。銀時と神楽ちゃんが卵焼きの奪い合いを始めたのを見ながら、出汁の方が作るのは得意なんだけど、と独り言ちる。お店で出しているのは出汁で作ったものだ。それでも甘い卵焼きを作るのは銀時のため。昔から銀時が口にするご飯を作るときは銀時の好みに合わせていた。自由の似合う銀時が、少しでも私を覚えていてくれたらいいなという小さな抵抗。彼が気付いているかは知らないが、もしかしたら先生は気がついていたかもしれない。もともと銀時への気持ちは隠していなかったし。

「神流、食べないアルか?」

どうやら箸が止まっていたらしい。キョトンとこちらを見つめる神楽ちゃんに苦笑を返す。

「食べるよ。ただ二人が美味しいって言ってくれたのが嬉しくて」

だからつい見ちゃった。言い訳をつければ神楽ちゃんは「神流のご飯本当に美味しいアルよ!」とニコニコ笑った。かわいいなぁ。

「銀ちゃんもそう思うデショ?」

「ん?あー、そーだな」

神楽ちゃんの言葉に照れ臭そうに返事をする銀時に「ありがと」と笑えば、たっぷりの間を置いて反応が返ってきた。うーん、嬉しい。

「ふふ、たくさん食べてね」

たくさん、たくさん。やっぱり神流のご飯が一番美味しいって思ってもらえるくらい、私も頑張らなきゃ。別に銀時を縛りたいわけじゃないけど、私のことを少しでも想って欲しい。そう思ってしまうのは、女の子なら仕方ないでしょう?胃袋をつかめ、だなんてよく言うけど確かにそれは手っ取り早い方法なのかもしれない。全部全部銀時に合わせたご飯と、それ以外のご飯じゃ感じ方も変わるでしょう?

だからね、もし銀時が他の誰かと添い遂げることになっても、何か一つくらい、私を残させて。20年以上も人を捉えて離さない銀時が悪いんだから。



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