口実を一つ 噎せ返る血の匂い。屍と錆びた鉄が山になる戦場で、先生の服の裾を握り必死に歩く。先生が歩みを止めるのに合わせて顔を出せば、綺麗な銀と紅が視界に飛び込んできた。 「まっしろで雪みたい」 この世のものとは思えない美しさに一目で心奪われる。そうだ。私はこの時、どうしようもなくこの消えてしまいそうな銀に触れたいと思ったのだ。雲のように消えないように、そっと捕まえたいと。 ――そんな、昔のお話。 いつだったかの商談ぶりに歌舞伎町へと足を踏み入れた。雑踏をくぐり抜け、目的の看板を探して目線を彷徨わせる。数十分してようやく”万事屋銀ちゃん”の文字を見つけ、思わず階段を駆け上がった。引き戸を思いっきり開けたいのを我慢して一呼吸入れる。気分が落ち着いたのを確認して、インターホンを鳴らした。少し待って、「はーい」と間延びした知らない声が聞こえる。引き戸を開けたのは一見特徴のない眼鏡をかけた少年だった。 「あの、坂田銀時はご在宅でしょうか?」 「あ、お客さんですか?今出かけてて……もうすぐ帰ってくると思うので、どうぞ。中へ」 お言葉に甘えて部屋に上がる。居間に通されると、赤いチャイナ服でサーモンピンクの髪を持つ少女がぐでっとソファーに転がっていた。 「ちょっと神楽ちゃん!お客さんだよ!」 少年が少女に向かって声をかけると、しぶしぶといった風に身体を起こしこちらに顔を向ける。 「うわ、ほんとアル。珍しいネ」 変わった喋り方をする子だなぁ。少女は丸々した目をさらに丸くした。神楽と呼ばれていたこの少女、チャイナ服はもちろん透き通るような白い肌に、近くには番傘。心当たりのある特徴に、もしかして夜兎なのかもしれないとぼんやり思う。つい最近似た特徴を持った夜兎の男の子が店に来た。 「初めまして、樋口神流です」 「あ、僕は志村新八です。こっちが神楽ちゃん」 「神楽アル。よろしくヨ」 「依頼ですか?」 お茶を準備しながら尋ねる新八君に「まあ、そんな感じです」なんて中途半端な答えを返す。間違ってはいないが正しくもない。神楽ちゃんは少し胡散臭げな顔をしたが、私に特に何かを言うでもなく「私はミロな」と新八君に言い放った。新八君の文句を聞きながら、仲がいいなぁとこっそり笑う。テーブルにお茶が置かれたあたりで玄関から物音が聞こえた。 「帰ったぞー」 なんとも間の抜けた、ずっと聞きたかった声が聞こえる。新八君が動くより早く、玄関へ走り出した。 「銀時……!」 少年少女の困惑の声をBGMに、靴を脱いでいる銀時に飛びついた。少し慌てて、それから私の顔を上げさせると、銀時は目を見開く。 「お前、神流か?」 「やっと見つけた」 銀時が私を覚えてくれたことが嬉しくて、回した腕に力を込めた。 「俺はもう戻ってこれないかもしれねえ。それでも俺は先生を……」 「……私が、見つけてあげる。だから、行きたいところに行っていいんだよ」 「……神流」 「あ、でも余裕があるなら戻ってきてね!手がかりなしに探すのって時間かかるから!」 懐かしい会話を思い出す。銀時が私たちの先生――吉田松陽を助けに行った時のこと。私はあの時、みんなで帰ってきてね、なんて言葉を口にできなかった。口にするのは簡単なはずなのに。結局誰も帰ってこなくて、戦争は終わった。 「と言うことで幼馴染です」 銀時のざっくばらんな説明に意識を浮上させる。驚愕の声が部屋を満たして、銀時はうるさそうに眉をひそめた。 「改めて、樋口神流。銀時の幼馴染です。よろしくね」 これが追い打ちだったらしく、二人はあんぐりと口を開ける。話してなかったの?と銀時を見れば、うん、と頷いた。我に返った新八君はそれじゃあ、と声を漏らす。 「依頼っていうのは……」 「あ、それは一応あるよ」 あからさまにホッとした新八君に、そんなに仕事がないのだろうかと少し不安になる。まあそれは置いておいて、依頼を口にした。 「私をしばらくここに置いてくださいな」 ぎょっとしたのは銀時で、「何言ってんの?」とこちらを睨む。 「仕事に疲れて抜け出してきちゃった」 「どこで働いてるんですか?」 あまりの理由に引いてる新八君の質問に、大江戸屋の社長だよと答えれば、またも大きな叫び声をあげた。大江戸屋は元はちょっとした料亭だったが、今ではチェーンも多くある江戸一の料亭である。自ら起業したお店で、自分でもこんなに大規模なお店になるとは思っていなかった。おかげで仕事はどんどん増え、銀時を探すのに時間がかかってしまった。そんなことを愚痴れば、引き気味ながらも頭を撫でられる。ちょっと嬉しい。 「あれ、じゃあ今仕事は……」 「全部秘書ちゃんに丸投げしてきた」 「!!!!!」 まるでムンクの叫びのようになる新八君が可笑しくて笑う。 「もちろんお金は払うよ」 だから置いて、と銀時の顔を覗き込めば、ため息を吐いた。どうやらいいらしい。 「じゃあこれ、私の生活費込みの前金ね」 ぽい、と放るようにお金の入った封筒を渡す。そこそこ厚みがあるそれに、銀時は顔を引きつらせた。 「おま、どんだけ長居するつもり?」 「秘書ちゃんが迎えに来るまで」 まあしばらくは無理じゃないかな、と笑うと銀時はまたため息を吐く。 「それじゃあ、これからよろしくお願いします」 悪戯っぽく笑えば、はいはいと呆れた声が耳に届いた。 BACK/HOME |