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お幸せに

「明日は絶対に来るなよ」

あまりにも必死な形相で迫ってくる銀時に首をかしげた。暇さえあれば通っている万事屋に、なにか面倒な依頼でも来たのだろうか。万事屋に来ているときに依頼人が来るのは珍しくもなく、暮らしていたとき同様に手伝ったり留守番をしたりして過ごしていた。だから今まで絶対に来るななんて言われたことがなくて、疑問ではあったが銀時がそういうならと頷いた。
明日は別段用事もなかったので、ならば懇意にしているママさんのところにでも遊びにいこうと予定を立てる。うちの古くからの常連でもあり、私が一時期よく通っていたお店のママ。独り身な私に親身になってくれたし、従業員の人たちも心優しい人ばかり。お登勢さんもそこのママに似ているから、実は結構好きだったりする。お登勢さんの方が年上だろうから、少し語弊はあるかもしれないが。
そうと決まれば早速メールを立ち上げる。予約なんて要らないが、そこは気分だ。明日お店にいきます、と一言メールを入れれば「楽しみにしてるわ」と返事が届く。たまにはこんな日もいいかもしれない。





翌日。
久々に『かまっこ倶楽部』の扉を開ける。相も変わらず明るく心の綺麗なオカマ達が働いていた。あずみ姐さんは私に気がつくと笑顔で近づいてくる。

「あらぁ、神流ちゃん久々じゃい?なんか綺麗になったわね」

「本当?恋してるからかも」

「まぁ、いいわねぇ!」

キャーと顔を覆うあずみ姐さんと一緒に店内に入る。ママはこちらに気がつくといらっしゃいと笑った。ちょっとした世間話と共にお酒とつまみを頂く。かまっこ倶楽部のご飯は美味しい。いつも通り客の下卑た声と店員の笑い声が聞こえる中、なんとなくいつもより張りがない気がした。

「西郷さん、スタッフ減りました?」

「風邪が蔓延してねぇ。3分の2がダウンよ」

「ありゃ、それは痛い」

全くよ、だらしない。大きなため息を吐くママに苦笑を返す。

「……ぃ、そこもっと腰触れ!」

「ん?」

ふと聞こえた聞き覚えのある声に顔を上げた。西郷さんと呼び掛ければ「ああ」と頷く。

「営業回んないからさぁ、臨時雇ってんのよ。ほら、あそこ。ヅラ子とパー子よ」

「ンンッ!?」

指の先を見ればどう見ても知った顔。幼馴染みの坂田銀時と桂小太郎だった。もしかして銀時が来るなといった理由はこれだろうか。相変わらずの死んだ目で和楽器に合わせてだらり踊っている銀時――もといパー子を見つめる。不意にぱちりと視線が交わった。

「げっ」

明らかに顔をひきつらせる銀時に、どんな顔をすればいいかわからなかった。





「なに、あんた達幼馴染みなの?」

舞台から降りて私の座っている卓に銀時、小太郎とママにあずみ姐さん。小太郎の長髪は綺麗に結われ、化粧のせいか女にしか見えない。なんだか負けた気がする。対して銀時はウィッグを被りツインテールに髪を結っていて、これも結構可愛いと思う。そもそも銀時は何着ても似合う。惚れた欲目かもしれないが。

「そーだよ。つかなんで神流ちゃんいるの?どこで知ったの?」

まさに絶望といった表情を張り付ける銀時に苦笑しながら、西郷さんとは結構長い付き合いなんだよと答える。マジかよとますます暗くなる銀時に笑顔を向けた。

「パー子ちゃんとっても可愛いよ?」

「……嬉しくねぇよ」

蚊の鳴くような声に好き好き言っていると小太郎が俺はどうだと張り合ってくる。そんなところは変わらないなぁと懐かしく思いながら頷いた。

「ヅラ子ちゃんは美人だね。正直負けた気がする」

「ふふん、そうだろう」

どっちに対してのそうだろうなのだろうか。もしかして見下されてる?なんて思いながら小太郎だしないかと考えを捨てた。銀時に対してノリノリな小太郎が面白い。はぁ、と大きなため息が聞こえてきて、顔をあげれば銀時むすりと顔を歪めていた。

「こんなことなら万事屋にいてもらった方がマシだったぜ」

「知ってたら普通に来たよ?」

「……だよなぁ」

だから来んなっていったんだけどよ、ついてねえわ。呟きながらも面倒げに立ち上がり、小太郎を連れて舞台へ戻る。給料分は仕事をするらしい。いってらっしゃいと手を振ればひらりと振りかえされた。

「ねえねえ」

まるで内緒話をするようにあずみ姐さんに耳打ちされる。なぁに?と訊ねれば、楽しそうな声音が返ってきた。

「もしかして神流ちゃんの好きな人ってパー子?」

ぽぽっと顔に熱が集まる。小声でそうです、と返せば黄色い声を上げた。

「この前、付き合い始めたんです」

合わせて言えばポンポン盛り上がる話しにこれが恋バナかと納得する。今まで縁遠かったものにむず痒さを覚えながら当たり障りなく話していけば、私よりもママ達の方が盛り上がっていた。

「パー子もこんないい女と付き合うなんてやるじゃない」

「いい女なんて……」

反射的に口にすればいい女よと返される。

「あんたが前話してくれたずっと探してた男がパー子なんでしょ?生きてるかもわからない男を一途に思ってるなんていい女じゃないか」

「そうなんですかね?」

「そうさ。幸せにやんなよ」

バシリ。無い自信を吹き飛ばすかのように背中を叩かれた。ひりひりと痛む背中を摩りながら銀時を眺める。相変わらず死んだ目で、どこかキレがない躍りを踊っていた。それを見ながらはい、と頷けばママは満足そうに笑った。

「これはアタシからの奢りよ」

ちまたでも滅多に見かけないお高いお酒の瓶が置かれる。

「きゃー!ママ大好き!」

思わず抱き付けば頭を撫でられた。

「もう少しであいつらも上がりだし楽しんでいきな」

「ママありがとう!」

ママは頭から手を離すと席を立ち、仕事に戻っていく。あずみ姐さんも他の席に呼ばれ、一人杯にお酒をついだ。舞台を見ればすでに二人は捌けており、もう少しで戻ってくるのかなとぼんやり思う。杯を呷ってお酒を含めば、芳醇な米の味とアルコールが口内を満たした。やはりお高いだけある美味しさで、あっという間に杯は空になる。もう一杯と注いだところでいつもの格好に戻った銀時と小太郎がやって来た。銀時は早々にお酒に目をつける。

「おま、これ、すげえ高いやつじゃねえか」

「西郷さんが恋愛成就記念にって」

「ん、ぁあ、そう、なるほど」

歯切れの悪い返事に顔を見れば、ほんのり耳を赤くした銀時が窺えた。可愛い。二人で話していると、小太郎きょとんとした顔で、誰とだ?と首を傾げる。銀時言ってなかったの?と思いを込めて視線を送れば、そもそも久しぶりにあったと答えが返ってきた。私なんかは小太郎とは戦争以来で、なるほどと一人納得する。ならば今いってしまおう。

「私たち付き合い始めました」

銀時の手を取って、指を絡める。それを小太郎に見えるように掲げれば、小太郎は目を見開いた。

「なんと、付き合い始めたのか。いや、元より二人が想い合っていたのは知っていたが、ふむ。漸くか」

一人うんうん頷いている小太郎に思わず銀時顔を見合わせる。そんなに分かりやすかったかなと思っていると、小太郎「よし」と声を上げた。

「ならば俺からもなにか祝いの品を用意せねばな。とりあえず今日は二人の仲を祝い飲もうではないか!」

楽しそうな小太郎と反対に銀時は居心地悪そうに眉を潜めた。私はと言えば、折角なんだしと同意を示す。わっと盛り上がって、小さなお祭り騒ぎは店の閉店時間まで続いた。


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