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師匠ことジン=フリークスに修行をつけてもらって早1年。毎日野山を駆けずり回り、腕立て伏せにスクワット、腹筋背筋etc。たまに休憩を挟みつつ、これでもかと体を虐めまくった結果、標準体型だった身体はしなやかな筋肉がつき、基礎体力も大幅に上昇していた。自分の筋肉を触りつつ、人間為せば成るななんて感想を持つ。ジンはそろそろ次のステップだと肩を回し、意地の悪い笑みを浮かべた。

「もしかしたら死ぬかもしんねぇけどごめんな!」

ごめんで済むわけないだろ。そう思った時には身体に強い衝撃を受け、視界は暗転していた。

目が覚めると、ジンの「お、生きてたか」と言う軽口が聞こえる。殴りたい衝動に刈られたが、身体が発する何かと、拭えない違和感が気になった。ジンはそれが念だと説明し、これからは基礎体力を上げる修行と共にこちらの修行もしていくらしい。基礎体力修行だけで毎度死にかけていたのにさらに身体を酷使するなんて冗談ではなかったが、この世界で生きていく上で覚えないと死ぬぞと言われれば泣きながら頷くしかなかった。

まずは基礎と呼ばれる四大行。これにまた1年かけた。基礎ができれば応用もいけるというジンの言葉にひたすら基礎を繰り返す。さらには組手も始まり、自分はどこへ向かっているのだろうと思わざるを得ない。しかしまた「この世界で(以下略)」なんて言われてしまえば頷く以外に道はなく、言われるがまま修行をこなした。
そうして次は応用技。基礎の組み合わせでできる7つの技を習得しろとのことで、一見簡単そうなのにそうは問屋が卸さない。やればやるだけ体力を持っていかれるし、やっぱり基礎体力修行もあるしでかなりしんどい。

「とりあえず堅を3時間維持な」

なんて笑いながらいうジンを何度殴ってやろうかと思ったか。1分でも辛いのに3時間とかなんて無理ゲー。しかしまあ、それでも毎日修行を重ねれば始めに言われた3時間は維持できるようになった。もう一度言おう、人間為せば成る。

「そろそろ水見式もやるかね」

グラスに入った水に練を行うことで、現れる変化を見るらしい。やってみろと言われて取り掛かるが、しばらくしても水に変化はない。首を傾げていると、ジンは水に指を突っ込み、水のついた指を舐めた。

「甘い。お前変化系か」

変化系は水の味が変わるらしい。だから見た目に変化がなかったのかと思っていると、意外そうな声が聞こえた。

「グラスの下の方に粒みたいなのが溜まってるな」

見れば確かに小さな結晶のようなものが溜まっている。よく見ないと気がつかないほど小さいそれに、ジンはもう一度やってみろと促した。言われた通り、練を始めて、さっきの倍ぐらいの時間をかける。水に溜まっていた結晶よりはるかに大きな結晶が出来上がった。

「具現化系寄りの変化系なんだな」

いいじゃねえかと笑うジンにとりあえず頷く。

「じゃあ、系統別修行も始めるから」

おい、いい加減にしろ。




宣言通りに始まった系統別修行もルーティーンに入ってからさらに1年が経った。その頃には自分の念を動作と共に自然に操れるようになっていて、やればできるじゃん自分と悦に浸る。ジンの「最後の仕上げだな」の言葉にまだ何かあるのかと冷や汗が出たのはそのすぐ後だ。

「後は神流だけの発を完成させろ」

私だけの発とは。首をかしげる私に、ジンは「まあ必殺技みたいなものだ」という。なるほど合点がいって、実際にジンの仲間の人の発を軽く教えてもらったりした。

「こういうのは直感だよ直感」

そんなんでいいのだろうかと思ったが、プロがそういうのならばそうなのだろう。頷くと、ジンはあっけらかんと言い放った。

「と言うことで、これから天空闘技場で戦ってもらうから」

よくよく聞けば通称が「野蛮人の聖地」とかいうらしいじゃないか。階層を登るごとにレベルも上がる。そこの200階フロアの人を2、3人倒してこい、それが修行だ、らしい。いやいや無理だろ。抗議してみても、今のお前なら少なくとも下位フロアの連中は楽勝だろと言われ押し黙る。ここまで強くならないと死ぬぞと言われ頑張ったというのに、楽勝とは一体……?ジンを睨めばやつはただ笑うだけだった。

「元の世界に戻るためにハンター目指すんだろ?だったらこれ以上に強くならなきゃな」

そう、元の世界。私はトリップとやらをしてしまったらしく、この世界で初めて出会ったジンに修行をつけてもらっていた。何かを探すならハンターなるのが最も近道らしく、それはもう厳しい修行だったわけだ。なるほど、天空闘技場にはハンター以外の人もいるということだろう。そういえば、「どっちかっつうとただの戦闘狂の方が多い」という答えが返ってきた。まじかよ。

「期間は次のハンター試験までな。それまでに自分の発の取っ掛かりでもいいから見つけてこいよ」

次のハンター試験は俺の息子も出るからな!様子見てこい!そう続けたジンに、それが本音だろうと睨みつける。

「知ってる人がいた方がいいだろ?」

いや会ったことないから。それって別に今年のだってよかったってことじゃん。文句を言えば、お前、死にたくないだろ?とキョトンとされて、ああはい、そうですか、修行不足ってことねと悪態をついた。

「ま、頑張ってこい」

餞別に携帯を渡されて、天空闘技場の建物前で別れる。次のハンター試験は9ヶ月後で、その頃にまた迎えに来てくれるらしい。まあお優しいことで。「ちゃんと報告入れろよ」と言いながら去っていくジンに、早く受付してしまおうとカウンターへ向かった。
説明では、100階クラスになると個室がもらえるということで、とりあえずの目標は100階に到達することになった。見れば周りは男ばかりなので、早く個室が欲しい。切実に。

何て思ったのも束の間。私は今120階にいた。初戦を金的でクリアしたら120階行きのチケットをもらったのだ。どうやらこの天空闘技場、実力によっては飛び級もあるらしい。らしいというかあった。そのおかげで初日から個室をもらえた。嬉しい。今日はもうだるいしお店でも見て回ろうかと思ったところで、そういえばお金がないことを思い出す。今までは全部ジンに世話されていたので問題なかったが、今日から一人。1階の試合では152Jしか貰えないので今日の夕飯もままならない。100階を越えると1試合100万は貰えるらしいのでとりあえずもう一試合くらいは戦わないとまずいのかもしれない。ジンには<金的で一気に120階まで来た>とだけメールを送り、受付に走った。

120階初戦の相手は屈強そうな男。試合前に見たジンからの返信に<金的はやめろ、痛い>と書かれていたので、金的はやめる。もう一つ。待ち時間に調べたことだが、ファイトネームなるものがあるらしく、試合傾向で周りがつける通り名らしい。さすがに金的の神流なんて呼ばれたくはなかった。
男の大振りな攻撃を避けるのは容易く、なんだか拍子抜けだ。一応100階は超えていて、とっくに下位の階層ではないはずだが、こんなものなのだろうか。ひょいひょい攻撃を避けていると、男は頭に血が上ったらしい。さらに単調な攻撃を仕掛けてくる。それを避け、隙ができたところで横っ腹に蹴りを入れる。修行をしたと言っても元々攻撃力があるわけじゃない為、足に凝をするのは忘れない。相手は念能力者じゃないらしいので硬じゃ大怪我をさせてしまいそうだなと思った上での選択だ。リング外で動かなくなった男を見ながら、この選択は正しかったなと一人頷いた。

「神流選手、初戦に続きまたしても一発K.O!!」

実況の声を聞きながらリングを後にする。受付で200万Jを受け取りながら、今度こそお店を見て回ろうと歩き出したところで声をかけられた。

「やあ、君とっても強いんだね」

声の先に思わず振り向いてしまったが、つい、あまりの関わりたくなさに回れ右をする。なんとも奇怪な格好に、髪はオールバック、顔にはピエロのようなペイントをした男なんて絶対に関わるべきではないだろう。足早に逃げようとしたら手を掴まれた。

「もう、逃げないでよ」

ぎゅっと握られた手は離れそうもない。男は気味の悪いオーラを垂れ流しながらこちらを見ていた。ジンと出会う前ぶりに感じる詰んだという感覚に、さっと血の気が失せる。

「さっきの試合見てたんだ。綺麗な流と蹴りだったね。キミ、念能力者だろ?是非戦いたいよ」

ぶわりと吹き出したオーラに脂汗が吹き出してきた。血の気はないのにこんなに汗をかいたのは初めてで気持ち悪い。思わず後ずさると、その分距離を詰められた。

「なんで逃げるんだい?」

「ひぇっ手、離して欲しいんですけど……」

「ヤダ、キミ逃げるじゃない」

そりゃ逃げたくもなるでしょう。チラリと周りを見れば、私たちから距離を取っていて羨ましく思う。私も逃げたい。機嫌を損ねたらどう見てもやばい男からどうやったら離れられるかを考えていると、男は何を思ったのか、自己紹介がまだだったねと軽いノリで口を開く。

「ボクはヒソカ。奇術師さ」

そっかー、奇術師かー。だったらその変な格好も不思議ではないですね。なんて口に出すわけにはいかず、愛想笑いを浮かべる。

「キミは確か神流だったね」

「まあ、はい」

「うんうん、可愛い名前」

キミにぴったりだね、と機嫌よく言うヒソカは未だ手を離そうとはしない。いつまでこの時間が続くんだろうと思ったところで、ヒソカの携帯が鳴った。

「んん、呼び出しなんてツいてないなぁ。神流、またね」

またねしたくないなと思いながらヒソカの背中を見送る。ヒソカが見えなくなったところで、ようやく訪れた平和に胸をなでおろした。これからお店を見て回るなんて気分じゃなくて、ため息をつきながら部屋へ戻る。初めて入った部屋は中々に上質で、すごいなと単純な感想が思い浮かんだ。そういえばと思い出してジンにメールを送る。

<120階で1勝目。変態に絡まれた>

すぐに携帯が光り、返信が来たことを表す。

<どんまい>

たった一言の返信に、思わず携帯を投げてしまったのも仕方ないと思いたい。


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