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悪戯を夜に

ハロウィーン。それは秋島の収穫を祝う祭り。海の上では全くと言っていいほど関係のないこの祭りだが、宴好きの男どもはこれ幸いと酒を仰いだ。

10月も半ば、たまたま降り立った島で聞いた話は確かに興味深いものだった。

「10月31日にはハロウィーンと呼ばれる収穫祭があるんだよ」

優しげな野菜屋の老婆はかぼちゃを差し出しながら笑った。詳しく聞いてみれば、収穫を祝い、悪霊を追い出すための祭りで、かぼちゃをくり抜き目鼻口をつけた提灯を飾って、夜には怪物に仮装した子供たちが近所を周りお菓子をもらう行事だという。私たち海賊には全く関係がないなぁと思ったが、一緒に買い出しをしていた船内の末っ子は興味津々らしい。

「おもしれえな!なあ、神流もそう思うよな?やろうぜ!」

屈託のない笑顔で笑う末っ子に負け仕方ないなとハロウィーン用のかぼちゃも買い(もちろん自費で)、その他頼まれた食材を抱えながら船へと帰った。メモにはない謎のかぼちゃを抱えた私たちを不思議そうな目で見るコックに話をすれば、末っ子と同じように面白そうに笑う。

「いいじゃねえか、たまには陸の祭りもよぉ」

言うが早いかあれよあれよと周りを巻き込んで、周りはハロウィーン一色だ。いつの間にかオヤジまで乗り気になっていて、どうしてこうなったとかぼちゃをくり抜きながら首をかしげた。お祭り騒ぎは当日まで続き、船の兄貴分も「みんな浮かれっぱなしで敵襲でもあったらどうすんだよい」と呆れていたがその顔は楽しそうだ。一緒にやろと声をかければしょうがないねぃなんて言いながら顔は笑っていた。その様子に嬉しくなりながら二人並んでかぼちゃを持つ。私では硬くてなかなか進まなかったかぼちゃは、隊長殿の腕力をもってすれば一捻りだ。ガンガン掘り進められていき、代わりにかぼちゃの身が山を作る。

「マルコさんすごいね」

「これくらい他の奴らもできるよい」

「そっか、男の子がすごいんだね」

男の子って年じゃねえよいなんて口を尖らせながら、私のかぼちゃを取りまた掘り始めた。ほんのり耳が赤くなっているから、照れ隠しなのかもしれない。普段格好いい隊長殿はたまに可愛い。
いつの間にかそれなりの山になったかぼちゃをどうしようかと思考を巡らせて、この前プリンを食べ損ねたことを思い出した。飾り用のおばけかぼちゃはそのままでは美味しくないが、加工すればなかなかだと言っていた気がする。早速作ろうと身をもって立ち上がれば、いつもと目線が逆転し、上目遣いになった隊長殿が不思議そうに首をかしげた。

「それどうするんだよい」

「秘密!」

悪戯っぽく笑えば可愛かったお顔は一転兄の顔になる。そんなところも素敵です。きゅんと鳴いた胸の声を聞きながらパタパタと駆け出した。目指すはコックのところだ。厨房からはすでに美味しそうな香りが漂っていて、きゅるるとお腹がなる。目的を忘れて今日のご飯はなんだろうな、なんて考えそうになるがまずはプリンだ。

「サッチさん厨房貸してー」

「おー、一番端ならいいぞー」

真ん中で忙しそうにフランパンを振るい、時たま包丁を動かすコックの間伸びした声が響く。はーいとお利口さんな返事をして、くり抜いたかぼちゃをザルにあけた。かぼちゃを蒸してから裏ごしし、合わせてプリン液を作る。バニラエッセンスとかぼちゃをプリン液と混ぜて器に移し、蒸し器に突っ込んで少し待てば、ふんわりと甘い香りが鼻腔をくすぐった。出来立てを早速食べてみようとして、頭に衝撃を受ける。パッと振り返ればコックが拳を掲げて立っていた。あ、これに殴られたんだなぁと痛みを覚えた頭で考える。

「神流、これから飯だろ!」

……おかんか。

「ごめんなさいママー」

「まったくしょうがない子ね!…って誰がママだ」

ノリツッコミとともに今度は軽く叩かれた。しかし確かにこれからご飯なので、これは冷蔵庫に入れておこうと作ったプリンをトレーに並べる。まだ粗熱が取れていないためしばらくはこのままだ。

「ん、いい子だな。洗い物でもしてなさい」

「成人女性を子供扱いして…。まあいいや、はーい」

ちょっと不機嫌を装って使った用具をカチャカチャと洗う。悪かったと軽い謝罪が通り過ぎていった。粗熱を取るためにのんびり洗い物をして、トッピングはどうしようかなと思考を巡らせる。ホイップクリームはもちろん、フルーツもいいな。カラメルを上からかけるのもいいかもしれない。最後の一つの食器を水切りに置く。プリンの熱はほぼ変わっていなくて、これでは冷蔵庫には入れられそうもない。仕方ないから、誰かに食べられてしまわないように布をかけて隅に隠す。気まぐれで作ったプリンは全員分あるわけではないのだ。
今度こそ今日のご飯はなんだろうかと食堂の長テーブルに座る。そろそろお腹を空かせた船員たちが集まってくる頃だ。キッチンの扉の向こうがガヤガヤと音を立てる。すぐに人は集まって、今日のご飯が所狭しと机を埋めた。大皿に山のように盛り付けられたミートソースのパスタだったり、豪快に焼いただけのお肉であったり、繊細な味付けを施された煮物だったりその種類は様々だ。食欲旺盛な男どもに取られないうちに、自分のお皿に食べたい分を盛り付ける。うまいこと盛り付けられたことに満足してフォークをパスタに絡めた。くるくる巻き付けて口に運べば、今日も美味しいご飯に笑みがこぼれる。コックに美味しいよといえば当たり前だろと気のいい笑顔が返ってきた。そうだねと笑いを返してご飯に集中する。美味しいものは集中して食べたい。

***

夕飯が終われば本命の宴に入る。甲板には樽酒が所狭しと並べられ、それをテーブル代わりにおつまみも置かれた。ご飯を食べたばかりなのにお腹が鳴るのは、美味しそうな香りを放つおつまみが悪い。責任転嫁しつつも、隊長殿と一緒に掘ったかぼちゃに蝋燭を入れる。ランタンのようにしながら船のいたるところにおけば、暗い海に淡い光が灯った。各々お酒を手に持ち、食の祭りだからとオヤジに音頭を任されたコックに視線を集める。

「野郎共、飲むぞ!」

「「「おー!!」」」

情緒の欠片もない音頭に男達は盛り上がり、お酒を持った腕を掲げた。ガヤガヤと盛り上がるみんなは楽しそうだ。船内の末っ子は、いつ作ったのか、狼のような仮装をして至る所でお菓子を貰っている。言い出しっぺの彼は存分に楽しんでいるらしい。私はキョロキョロと辺りを見回して、目的の人を探す。甲板の隅っこで温かい目で周りを見ながら一人お酒を煽る目的の彼を見つけて駆け寄った。

「楽しんでる?」

「…神流は?」

「楽しいよ」

「そっか。よかったよい」

質問の答えになってないのに、優しく微笑まれて胸がキュンと鳴く。

「だからマルコさんは?」

「俺も楽しんでるよい」

それならいいけどとモゴモゴすれば優しくなでられる。子供扱いされている気がして、意趣返しに一歩距離を詰める。

「トリックオアトリート」

「なんだよい、それ」

「お菓子をくれなきゃイタズラするぞっていうハロウィーンの決まり文句らしいよ」

「ふーん」

隊長殿は口角をあげると、腰を引き寄せることで縮まっていた距離をゼロにした。顔を耳元に寄せると囁くように声を出す。チラリと見える表情は雄を滲ませていた。

「ほれ、神流。悪戯してみろよい」

耳に唇が当たる。背筋をぞわりと悪寒が走り、後ろに後ずさるが腰が掴まれているせいで逃げ場がない。心臓がドクドクと唸りを上げて、顔に熱が集まってきた。口をパクパクとしていると、隊長殿はフッと表情を緩める。

「なんてな」

ゼロだった距離はすぐに離れ、背中に残っている熱だけがさっきのことが現実だと教えてくれた。

「で、他に何かあるのか?」

「…あ、うん。プリン一緒に食べよ」

「お、さっきのかぼちゃか」

グラスを置いて笑顔になる彼にさっきの面影はない。プリンを渡せば嬉々としてスプーンを動かす。プリンはどんどん彼の口へと消えていった。自分もスプーンを動かして、プリンを口の中へと運ぶ。少しゆるかったのか、かぼちゃの味とともにプリンは口の中で溶けた。モグモグと口を動かしていると、隊長殿は満足げに器を置く。

「美味しかった」

「そっか、よかった」

喧騒の中、ここにだけ穏やかな空気が流れる。まるで夢のようだった先ほどの光景を思い浮かべ、静かに目を閉じた。

時折見せるあの表情はどうか私だけのものであって欲しい。



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