この胸に密かに息づくものは何だろう。日に日に増していくばかりで今にも破裂しそうなコレは、独占欲? 執着心? それとも別のナニかだろうか。

「何処に行くんだ?」
「海よ」

 繋がれた右手はかさついている。カモミールが香るお気に入りのハンドクリームはもう何日も塗っていない。頬に掛かる髪は潮風に流されて、だんだんと潤いを忘れてきてしまう。
 銀色の砂がヒールを埋めて汚していく。纏わりつく砂はいくら払ってもキラキラと光って綺麗に取れてくれやしない。
 ――ああ、まるで、どんなに強いお酒を煽っても消せないあの夜のようだ。
 あの日のトゲは私の胸の深くまで刺さってどうやったって抜けやしない。トゲを吸い出して溢れ出る感情をキスでせき止めて、かさぶたが治るまで看病してくれなきゃ、私にはもうどうしようもないの。
 でもね、それを求めることが怖くて、言い出せやしなくて。私の悪い癖だ。この感情や何食わぬ顔をして過ごす日々や嘘や真実なんて全て、全てが面倒に思えてきてしまった。

「……一体何処まで行く気だ?」
「まだよ。もっと、もっと向こう」

 ウミドリが鳴いている。あいつもきっとハゲタカだ。大空で舞って、どこからか獲物を狙っているハゲタカ。そう思ってしまうのは、いつだって安心を与えられなかったせいだろう。穏やかな波にだって呑み込まれそうになる。
 さくさく声を上げる砂はもう無くて、ヒールじゃとても歩けそうにもない岩礁の上。柔らかく離した手を少しだけ名残惜しいと思うけれど、愛しさのせいではないと言い聞かす。温かな大きな手の代わりに、冷たい引き金と握手を交わした。

「……何のつもりだ」
「分からないなんて言わせないわ」
「お前こそ、誰にそれを向けているか分かってるのか」
「もちろんよ」

 眉間に皺を刻んで目を細めるローの顔。知らない女と寄り添いあって微笑むローの顔。二つが重なり合って眩暈がする。

「バカなことをするな」

 肩口に掛かる藍色の髪は何故かパサついていなくて、サラサラと私の喉をくすぐる。強く抱きすくめられたって、トゲは余計に奥まで侵食していくだけだと彼は分からない。このまま愛なり永遠なり、何かを誓い合ったとしても、一度向いた銃口はブレやしない。だって今でも、貴方の表情も何も見えない。私の潤いをなくした毛先の裏でほくそ笑んでいるかもしれないでしょう? 貴方の中の悪魔を私が殺してしまわない限りは、その誓いも苦しいだけだ。
 鳴り響いた銃声は、波のように全てを砕け散らせる。
 信じあうものも分かち合うものも分からなかった。だからせめて、私を忘れないでいてほしかった。行き過ぎた独占欲? 執着心? もう何でもいいからこの感情に名前を付けてよ。
 太陽の白さで表情は読めなかったけれど、降ってきた生ぬるい雫に穴のあいたコメカミが痛んだ気がした。私もきっと、泣いている。
 涙が流れて海に戻っていけばいいのに。そうすれば半信半疑の誓いも刺さるトゲもハゲタカだって邪魔せずに、これからもずっとローの隣に居られるのに。そんな願いは照り付ける太陽が燃やしてしまうのか。
 そっと頬に添えられた大きな手から小さくカモミールが香って、長い長い夢は終わる。


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