落とした照明の中、移り変わるテレビ画面の光がチカチカとして目に痛い。明るいバスルームから出てきたばかりだから余計に攻撃力がある。眩む視界を凝らしてようやく捉えることが出来た後頭部は、ソファーの背もたれからひょっこりと浮いたように飛び出ていて生首のようだ。

「目、悪くなるよ」

 反応さえもないことは知った上で投げた小言だ。ソファーの横のミニテーブルに置かれた小さなスタンドライトだけを頼りに読書に励む姿は見慣れたもの。返事なんか期待もしていないけれど、心配しちゃうあたりが愛じゃない?
 案の定物音一つあげない黒い後頭部を一瞥し、濡れた髪をタオルでわしわしと撫でつけながら冷蔵庫を開けた。心地よい冷気が掠めて、買い溜めしているミネラルウォーターと缶ビールを一本ずつ手に取る。ミネラルウォーターは飲みかけだったから、そのまま一気に飲み干してしまってゴミ箱へ。分別なんて面倒だからしない。燃えないゴミだってどうにかしたら燃えるでしょ、燃えないとしても私の知ったことではない。こんなエコとは無縁の思想は同居人の影響に違いない。ごめんね地球。

「何バカなこと考えてるか。ささと持てくるね」
「こっち見てもないのに心読むのやめてよ」
「ハッ、ナメられたもんね。そのバカ面拝むまでもないよこの低能」
「そこまで言われる理由が不明すぎるわ」

 そもそも缶ビールを持ってきてもらう立場でその高圧的な態度は如何なものか。たまには「いつもありがとう、愛してるよ」くらい言ってみろよフェイタンさんよ。そんな抗議でもした日には私の命はそこでゴートゥーヘヴンだろうが。いや、この小さな巨人と共に(半ば無理矢理)数々の悪行を為してきた私はきっと地獄行きだな。
 罵声どころか物(酷ければ鋭利なもの)が飛んでくる前に、スタンドライトの横にご所望のものを置く。やっぱり、いつもありがとう以下略なんて甘い台詞は勿論無く、代わりに「豚こじらせてまるで牛ね、ノロマ」との素敵なお言葉をいただきました。本当にありがとうございます。
 読んでいた本をテレビの方へ投げ捨て、カシュ、とプルタブを折ったフェイタンは、唐突に「お前は」と疑問符も何も付いていない単語を零した。これ、私じゃないときっと理解出来ない。でも分かっちゃうんだなー私って凄い。

「んー気分じゃないし今日はいいかな」
「ワタシ一人で呑ます気か。いい度胸ね」
「ぶわっ! ちょ、今! 今お風呂入ったばっかりなんだけど!」
「知るか」
「知っとけ! いや何でもないですごめんなさいすぐ持ってくるからビールかけるのやめてまじで!」
「最初からそうすればいいねゴミクズ」

 最悪だ。お気に入りのシャンプーの香りはもう苦々しい匂いに変わってしまった。ベタつく頬に涙でも伝わせてやろうか。
 フェイタンの素直じゃなさは度が過ぎている。呑み相手になってほしいならそう言えばいいのに。……今回は言わずとも分かった上で断った私が悪いのか? いや、違うと思いたい。私にだって呑みたくない日くらいある。でもこの右手は冷蔵庫の中から2本の缶ビールを取り出してしまうのだ。命令されずともおかわりまで持って行ってあげる私の優しさに全米よ泣け。

「お邪魔しまーす」
「……何やてるか」
「痛い痛い! 太ももの肉ちぎれる!」
「ちぎれたらこの太くて醜い足、細くなて丁度いいね」
「絶対よくない。一部だけちぎれても絶対よくないから」
「全部がいいなら最初からそう言うね」
「その優しさは違うよフェイタン…!」

 実はお風呂上がりからずっとその後頭部が可愛くて仕方なかっただなんて言えない。フェイタンの背中とソファーの背もたれの隙間に入りたくて仕方なかっただなんて言えない。言えないからいっそのこと行動に移してしまえと入り込んでみました、てへ。だなんて全部言ってしまってみたら、蛆虫を見るような目以下の凄まじい眼光を飛ばされた。これゴートゥーヘヴンコースじゃね? 命の灯火が消え失せるくね? でもフェイタンの背中で死ねるなら、うん、結構悪くない。
 両手に缶ビール、鼻の先には視線だけでそこらへんの何人か殺せそうな顔をしたフェイタン、前はフェイタンの背中、後ろは自慢のふかふかのソファー。ほら、私にとっちゃ至福すぎるお墓だわ。

「……お前のバカさは理解の域を超越してるね」
「たまにはフェイタンとイチャコラしたいなーって女心は理解出来ない?」
「あの扱い受けててそう思えること理解出来ない言てるよ」
「だって何だかんだ私のこと好きでしょ?」
「……ああ、昨日玄関にいた奴ならそう言てたね」
「それG様だよね! 無残にもバラバラにされてたG様だよね! あれ片付けるのほんとに嫌だったんだけど!」
「それ以上耳元で騒ぐと殺すよ」
「すみませんでした」

 チカチカ目に悪い光を放つ画面に視線を移したフェイタンの肩口に顎を乗っけて、抱っこするようにお腹に手を回して。こんなことしちゃっても殺そうとも動こうとも罵詈雑言を浴びせたりもしないところがね、自惚れてもいいんじゃないのかなーって思ってしまうんです。

「お前ビール臭い、不潔よ」
「誰のせいだよ、誰の」

 ちょっと温くなったビールはますます気分じゃないけれど、晩酌には上等すぎて贅沢で。

「あー幸せ」
「……ファーストフード女」
「それお手軽ってこと? もっといい言い方なかった?」

 私って意外とエコしちゃってるのかもしれない。


130417
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