彼女の話



「…まぁ、まずはこんなところかな」

奏多は何枚かの紙をぱらぱらと繰るとやがて手を離して伸びをした。
この世界に来たときとは格好が違い、フォーマルなシャツとスカートに身を固めている。

「お疲れさまでした」

それを横目にイーグルはカップに飲み物を注ぎ込んだ。
やたら複雑な話を延々した後のはずだったが、その瞳は涼やかな色を称えたままだ。

机の上には奏多の指輪や匣兵器が転がっており、またいくつかの図を書き込んだ紙が広がっていた。
それを眺めていると、やがてイーグルがカップを差し出してくる。

「ありがと」
「いいえ」

奏多は中身を軽くあおりながら書類を眺めた。
イーグルはその隣に座りながらぽつりと漏らす。

「カナタの世界も興味深いですね。でもヒカル達のいた『東京』とはおそらく違う…んですよね?」
「…うーん…話聞く限りだと平行世界かそれか時間軸が違うだけなのか…それはわかんないけど」
「うーん」

さっきまで二人で話していたのは奏多がいた場所のことだった。
つまりは並盛のことであり、奏多はマフィア云々も含めて説明する。
…機密事項は話していないはずだが、そもそもボスである綱吉がわりとうっかり情報を垂れ流すことがあるのであまり心配することもないだろう。

「…あのさ、光には私の事情適当に濁しといて欲しいんだけど」
「?ヒカル?何故ですか?」
「いや、一般の子にマフィアだってバレるのは心証がちょっとね」

イーグルは不思議そうな顔をした。
菓子に手を伸ばしながら軽い調子で尋ねてくる。

「何かまずいんですか?」
「まずいです。マフィアって言っちゃえば犯罪組織だからね」

イーグルの動きが止まった。
反応に予想のついていた奏多はヒラヒラと手を振って弁解する。

「いや、ウチは自警団上がりだから違うよ?でも一般常識としてね?」

その一般常識として色々問題が有り余る集団ということは伏せる。
そこは黙っておくに限るとはギリギリ残った常識の中での暗黙の了解事だ。

「…カナタは面白い人ですね」

バレないかな、と思っていると不意にイーグルがクスリと笑った。
咎めるように睨めば降参するように腕をあげて見せる。

「…それ誉めてる?」
「誉めてますよ。ヒカルは素直で可愛いですが、カナタは柔軟で面白いです」
「………」

奏多は複雑そうに眉をしかめていたがやがてふいと向きを変えた。
がさがさと紙をまとめ、匣や指輪を定位置に戻す。

「…明日はオートザムの話ね」

立ち上がった奏多はそう言って紙の束を抱えるとイーグルの部屋を出ようとした。
が、キョトンとした部屋の持ち主が残念そうに言う。

「あれ、もう部屋にお戻りですか?せっかくジェオの部屋からくすねてきたとっておきのお菓子開けようと思ったのに」
「くすねてやるなよ…」

奏多は呆れたようにつっこむと改めて部屋を出ようとした。
が、視界の隅にガッカリした様子のイーグルが見えてうっと詰まる。

「…どうしても帰りますか…」
「…いやほら…長時間妙齢の男女が一緒ってのもほら…」
「そんなの今さらじゃないですか…」

奏多は踏ん張っていたようだがやがて額に手を当てて溜め息をついた。
脇に抱えていた書類を置き、椅子に座って頬杖をつく。

「お茶新しく淹れますね」

あっさり機嫌をよくしたイーグルはにこにこと茶の準備を始めた。
おもむろに取り出してきたのはマカロンのような形の洒落た菓子で、すすめられるままにひとつ摘まめば上品な甘さがとても美味しい。

奏多は心の中でジェオに手を合わせながらにこにこと菓子を味わうイーグルを眺めた。
ボンゴレという組織で色んな人間を見てきたが、イーグルはなかなかに特殊なタイプだと彼女は思っていた。
綺麗な顔立ちと柔らかな物腰というところだけを考えれば骸に通ずるものもあるが、アレは境遇を差し引いても結構な変人だと奏多はその考えを頭から打ち払う。

意外とちゃっかり、そして天然の気もありながらやるときはやるらしい…のはまだお目にかかっていないが、これは山本あたりに通ずる。
が、やはり山本もなかなか偏っているのでどうにもストレートに結び付かない。

その他も色々考えてみるが、結局イーグルは新種だと結論付けて奏多は茶をすすった。
隣のイーグルは美味しそうに菓子を頬張り、ほえほえとした空気を撒き散らしている。

…そういえば、何故だかこの男は己を気に入っているらしい、のだがそれもいまいちわからなかった。
考えても考えてもそれの答えになりそうなものは浮かばない。

「…よくわからんわ、ほんと」
「?」

奏多は頬杖をついたまま、イーグルから顔を背けて呟いた。
揺れたカップの中の水面に映った灯りが一瞬ぶれて、また丸い輝きを見せていた。




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