赤色の話


「この部屋を使って下さい」

イーグルにエスコートされ、案内されたのは実に快適そうな部屋だった。
メタリックな中にシンプルなベッドらしきものがあり、ボンゴレの自分の部屋の有り様を思い出して軽く遠い目になる。
帰ったら掃除しよう。
埃云々ではなく、コードや機器が騒然と置かれ過ぎているだけなのだから整理すれば多分少しは綺麗になる。はず。

「隣が僕の部屋です。あぁ、後で生体データを入力しますね。そうすれば侵入者とはされませんから」
「ありがとう」
「いいえ。…で、これの使い方ですが…」

奏多はイーグルが部屋の中を説明してくれるのを聞きながらふと指輪に目を落とす。
普段の役目が役目なだけに、自分の持ち物にボンゴレの紋章はない。
それはいつものことであるはずなのに妙に寂しいと感じたのは、さすがに一人で異世界に来たことでホームシックのようになっているのだろうか。

「カナタ?」

イーグルの不思議そうな声に奏多ははっと我に返った。
顔を上げれば心配そうなイーグルがじっとこちらを見つめている。

「何か気に障ることでもありましたか?」
「え?いや、ないよ。ちょっと考え事してただけ。話は聞いてるよ、説明面倒だろうにごめんね」
「いいえ」

イーグルは優しく笑んで首を振ると、さてと言って奏多に手を差し出した。
自然な流れでそれに自分のものを重ねると、ゆっくりと部屋の外へと連れ出される。

「外も簡単にだけご説明します。忘れたりわからなくなったりしたら、いつでも聞いてください」
「それは助かる」

そうしてしばらく廊下を歩いた。
どこもかしこもメタリックでハイテクな施設様式に、ボンゴレの若干ふざけたアナログトラップが組み込まれたシステムが急に不安になる。
と、その時だった。

「あっ!イーグルー!!」
「…ヒカル?それにランティスも?」

廊下の向こうからぱたぱたと小柄な影が走ってくる。
奏多は子供?と思ったがそれは身長によるものが大きそうだった。
なるほど近くで見れば、赤い髪のよく似合う可愛い女の子だ。
歳はフゥ太よりは下、といったところか。
そしてその後ろからゆったりした足取りで黒ずくめの男が歩いてくる。
精悍な、という言葉がよく合いそうだがとりあえず印象としてはとにかくでかいの一言に尽きる。

「イーグル、遊びに来たよ!…その人、誰?」
「彼女はカナタです、ヒカル。カナタ、こちらはヒカル。後ろはランティスです。どちらも僕の友人なんですよ」

すぐ近くまでやってきたヒカルは大きな瞳をきらきらさせて奏多を見つめてきた。
無邪気に奏多の手を取り、ぶんぶんと上下に振る。

「初めまして!私、獅堂光です!貴女は?」
「…秋城奏多だよ。よろしく、光」

光の勢いに気圧されながらも奏多はそう名乗った。
途端、光の顔が驚愕の色を示す。

「苗字があるのか!?ていうか和名…!?」
「……?」

奏多は光の反応に怪訝そうにイーグルを見上げた。
視線に気付いたイーグルがにっこり笑う。

「珍しい名前ではありますね」
「…そう」

奏多は偽名でも使うべきだったかと考えたが結局意味はないかと判断を下した。
日本人にしてはやや彫りの深い顔立ちの家系に生まれてはいるが、やはり違和感が出てきそうだ。

「奏多…さんはイーグルの恋人なのかっ?」
「は?」

と、またしても思考に意識を飛ばしていた奏多は不意に現実に引き戻された。
イーグルと奏多とを見比べていた光はワクワクとしたような顔で答えを待っている。
彼女の思考の決定打はおそらくいまだ繋がれている手だが、エスコートに疑問を抱かないイタリア被れにそんな発想はなく、思いがけない質問につい低い声が出る。

「違いますよ」
「違うの?…お似合いだと思ったんだけどなぁ」

それをカバーするようにイーグルがすぐに柔らかい声音で言った。
光はしきりに首をかしげてぼやくように漏らす。
それを見たイーグルはクスクスと笑い始め、奏多は困惑と苛立ちで横顔を睨んだ。
が、イーグルのクスクス笑いの発作は重度なもので、なかなか笑いやまない。

「ヒカルはランティスと恋人同士、ですけどね」

ようやくおさまってきたらしいイーグルは悪戯っぽく囁いてきた。
とはいえあからさまに光にも聞こえる音量なので、言われた本人は髪の色にも負けないくらいに真っ赤になる。

「いいいいいイーグルッ!」
「あはは、すみません」

対するイーグルは嫌みなまでに爽やかだ。
さりげなく奏多を盾にしているあたりは意外とちゃっかりしているらしい。

「もう…」
「ふふ。…さて、ヒカル?遊びに来てくれたなら夕食を一緒に如何ですか?ジェオが今日もケーキを作ってたんですが」
「食べてく!あ、それでね!」

膨れていたヒカルはぱっと表情を明るくさせるといそいそと何かを取り出した。
淡い桃色をした紙片の文字は読めないが、イーグルの表情からして良いことの部類らしい。

「今度、チゼータやファーレンのみんなも呼んでお茶会をすることになったんだ。イーグル達も来てよ!」
「素敵なお誘いですね。是非伺います」

イーグルはにこにこして言った。
光も笑顔を更に輝かせる。

「奏多さんも良かったら!イーグルと恋人じゃないって言ったけど、でもきっと仲良しなんだろ?だったらぜひ!」
「え」

そして光のきらきらした視線は奏多にも向けられた。
狼狽していれば、イーグルが両肩に触れ覗き込みながら言葉を重ねてくる。

「行きましょうよ、カナタ。毎回男ばかりで行くのはなかなかむさ苦しいものがあるんですよ?」
「知らんがな」

イーグルの言い分にツッコミはしたものの奏多は肩をすくめて表情を和らげた。
思案する目になって質問する。

「…でも、行ってはみたいかな。旅費とかかかんない?」
「司令官権限で戦艦を使って行きますから。さて、そうと決まれば服でも買いに行きますか?」
「オイ職権濫用」

悪びれもせずいけしゃあしゃあと放たれた発言に再度ツッコミを入れる。
が、よくよく考えればボンゴレ幹部だって相当そんなことはしていた。
ボス権限で業務が短くなったり(ただしこれに関してはリボーンという関所がいるので本当に少しだけだ)、入荷図書の半数以上をSF系や不思議系がしめていたり、寿司が頻繁に出てきたりボクシングの試合チケットが毎回届いたりその他諸々。
一番驚いたのは謎の項目に割り振られていた支出の中身が雲雀の鳥達の餌代だったことだ。
あの帳簿を見たときの驚愕は忘れられない。

「カナタ?どうしました?」
「や、なんでもない」

奏多は脳裏に浮かんでいた回想を振り払うと改めて光を見た。
にこにこして隣のランティスとやらと顔を見合わせる彼女はとても可愛らしかった。

「ではヒカル、後でまた」
「うん!またね!奏多さんも!」
「え」

そこから会話が弾むのだろうと奏多は傍観の姿勢になりかけた。
のだが、イーグルはあっさりと光に別れを告げ、光の方もそれを受け入れる。
奏多はキョトンとしてイーグルに尋ねた。

「…摂待してあげなくていいの?」
「彼女の知り合いは僕だけじゃありませんから。それに、独り者が恋人に混じって歩くなんて苦行でしょう?」
「…貴方ならヘラヘラとからかって遊びそうだけど?」
「おや、それは心外ですね」

腕を組み、斜め下から睨んでくる奏多にイーグルは大袈裟に目を丸くして見せた。
茶目っ気溢れる表情に思わず小さく噴き出す。

「…だったら遠慮なくお世話になるよ?」
「どうぞお任せください」

肩を揺らし、片眉を下げて笑った奏多にイーグルは真面目くさった一礼を見せた。
二人は互いに笑って一歩ずつ近寄る。





「…やっぱりお似合いだと思うんだけどなぁ」

少し離れた場所で、寄り添う姿を目にした光がランティスににっこりして同意を求めていた。



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