和解の話


「どうぞ」

差し出されたのはわずかに甘い香りのする、コーヒーのようなものだった。
そういえば10年前にはカプチーノにハマっていたっけとぼんやり思い出す。
奏多は飴菓子らしいものがぎっしりとつまった器を眺めながらカップの縁を指で撫でた。

「お菓子、どんどん食べてくださいね。たくさんありますから」
「…それはありがとう」

それを見てか、イーグルがにこにこして器を更に寄せてくる。
毒が入っているかもなんて心配は、今現在一人ででも全ての菓子を平らげてしまえそうな勢いのこの男によって払拭されていた。

「素敵な指輪ですね」

ようやく菓子をひとつつまんだ時、ふとこちらに目をやったイーグルが自分の指を軽く示しながら口を開いた。
奏多は一瞬瞠目したが、すぐに自分の指に嵌めてあるそれに視線を落としてああと頷く。

「恋人からのプレゼント…にしてはいささか大振りですね。女性の装飾品には」
「まぁ、装飾品ではないから」

そもそもプレゼントというか支給品に近い。
デザインこそ友人である獄寺隼人の姉、ビアンキに頼んだものだがその入手経緯は仕事オンリーである。
まぁそれでも自分としては気に入っているのだが。

「でも似合いますよ。僕はまだ貴女のことをよく知りませんが、きっと貴女を表すとしたらこの指輪そのものなのでしょう」
「…」

奏多がじっと指輪を見つめているとイーグルがそう言った。
ゆっくりと伸びてきたイーグルの手が奏多のそれを取り、その甲にもう片方も重ねて指先で指輪に触れる。

「…でも、そちらの耳飾りは…」
「?…あぁ、ピアス?」
「耳飾りは指輪に比べて華奢ですね」

奏多は自分の耳に馴染みきった金属の形状を思い起こして改めて指輪を見た。
どちらもふたつの十字架をモチーフにデザインされているが、確かにアクセサリー本体を系統で分けるならちぐはぐに見えるかもしれない。

「…これは、まぁ…私のトレードマークというか…」
「頂き物ですか?」
「一応はね」

奏多はそう答えてピアスの一部である細い鎖を指でいじった。
いつだったかディーノからもらったものだ。
誕生日だったかクリスマスだったかは覚えていないが、ヘアピンをクロスさせただけの簡易モチーフがきちんとしたものになったのが嬉しかったのは今でもありありと思い出せる。

「…ていうか」

と、そこまで考えたところで奏多はイーグルを見た。
手は握られたまま、会話は続行する。

「はい?」
「聞かないの?私が何者だとかなんとか」

イーグルはにっこりした。

「まぁ普通に考えるなら侵入者ですね」
「……」
「部下たちは警戒していますが。…僕としては、貴女が悪い人だとは思えないんですよね」
「…は?」

イーグルは呆気に取られる奏多を差し置いて瞳を和らげた。
琥珀色といえばいいのだろうか、色素の薄い瞳に奏多の顔が映り込む。

「貴女はまだまだ武器を持っていらっしゃいますね?銃やら刃物やら…あの壁やら」
「?そりゃまぁ…」

見える見えないに関わらず、それはあちこちに仕込んであった
『雷』の壁も最初の時点でそれは見せてしまっていたから、バレていても不思議はない。

「それを差し引いても、貴女は何か武器があるようだ」
「!」

が、流石にそこまで見抜かれていたことに奏多はギョッとした。
それに反応してか、腰のアニマル匣が武者震いのように揺れる。

「真正面からならばもしかしたら僕たちも何らかの手段が取れたかもしれません。ですが、不意討ちなら」

イーグルはそんな奏多に構わずすらすらと続けた。
伏せられた睫毛が艶やかに頬に影を作る。

「おそらく、この軍もろとも殲滅することはさして難しくなかったのではありませんか?」
「……流石に過大評価が過ぎるよ」

奏多はするりと手を抜き取ると冷静に告げた。
それは事実であったし、大量抹殺などしたことはない。

「そうですか?僕はこれでも人を見る目には自信があるつもりなんですが」
「………」

食えないとはこういう奴のことを言う、と奏多は思った。
そんな彼女をよそにイーグルは手にしたカップに触ってのほほんと言う。

「お茶が冷めてしまいましたね。淹れ直しましょう」

なんとも奇妙な青年に奏多はほとんど思考を投げ捨てつつあった。
こめかみを揉み、どうするべきかと必死で考え込む。

「…………ねぇ」
「はい」

やがて奏多が鋭い視線を向けた。
感情を抑えた声で短く聞く。

「……何が言いたい」
「…そちらから聞いていただけて良かった」

イーグルは軽く腕を掲げるとモニターを浮かびあがらせた。
奏多にはわからない文字がずらりと並んでいる。

「この基地に来てから貴女の武器は貴女もろとも生体データを取らせていただいていました。…素晴らしい数値だ。どれもこれも」

イーグルはモニターを消すと奏多の前に膝をついた。
改めて手を取り、祈るように捧げ持って言葉を重ねる。

「貴女は信用に値する人だ。僕は是非、貴女の話を聞いてみたいと思ったんです」
「……」
「…貴女の知る文明を是非、このオートザムに教授してはくださいませんか?」

イーグルの目は真剣だった。
不覚にも一瞬息の仕方を忘れてそれに見入る。

「…私の目的というか予定と違ってきちゃったな…」
「?」
「…いいよ、わかった」

奏多は手を柔らかく払うと一旦息をついた。
それから握手を求めるように差し出す。
キョトンとするイーグルに微笑みかける。

「どうぞよろしくね。イーグル」
「…はい。よろしくお願いします、カナタ」

イーグルもその手を取ってまた笑った。
会って半日だったが、奏多にはその笑みはとても好ましいものに見えた。



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