暗殺者パロ | ナノ

お前の両親は―――死んだ

家に戻った政宗達は、神妙な面持ちでリビングのソファに腰掛けていた。幸村や佐助、元就も合流し、遥奈の質問に答えるため皆が集まったのである。

「オレ達はDFPといって、Haven's Gateという犯罪組織に狙われている遥奈を守る任務を受けた政府側の人間だ。なんで狙われているのか、大体の予想はついているな?」

政宗の言葉に遥奈はコクンと頷いた。自分がどうして狙われているのかは、政宗や華那の言葉で大体はわかっている。遥奈が肌身離さず見に付けているこのペンダント。ヘヴンズゲートと呼ばれる組織はこれを欲しがっているのだ。だからペンダントの持ち主である遥奈を狙うのである。

「そのpendantには遥奈の両親が開発した、virusの dateが入ったmicrochipが埋め込まれてるんだ」
「ウイルス……!?」

政宗が告げた事実は、遥奈が想像していたものより衝撃だった。そもそも遥奈は両親がそんなものを開発しているとは全く知らなかったのだ。遥奈の両親は共に科学者で、製薬会社に勤めているという両親の言葉を何一つ疑うことなどなかったのである。自分達が開発した薬で一人でも多くの人間が助かるのなら、これ以上嬉しいことはないと語っていたあの両親が、どうしてそんなものを……。何か言おうにも言葉が上手く出てこない。混乱する遥奈に政宗はさらに言葉を続けた。

「そいつの名前は「CAD VIRUS」といって、感染すれば僅か一時間で発症して細胞核を破壊させるっていう、致死率百percentの代物だ」
「なんで両親がそんなものを……!?」
「きみの両親はヘヴンズゲートの一員だってことだよ。そしてヘヴンズゲートの命令で、CADウイルスなんてモノを作っちゃったってわけ」

遥奈は目の前が真っ暗になり、まるで底なし沼に落ちたような感覚を覚えた。自分の両親が犯罪組織の一員だった……? そんな言葉を信じろというの!? 遥奈はペンダントを手に取り、じっと見つめた。このペンダントに殺人ウイルスのデータが埋め込まれている。今までは大切だったものでも、急に気味が悪いものに見えてきた。

「しかし誤解しないでほしいでござる。遥奈殿、どうして遥奈殿の両親はそのペンダントを託したと思われるか?」

幸村の言葉に遥奈は考えた。両親が本当にヘヴンズゲートの一員だったとして、ならばどうして自分はヘヴンズゲートに狙われるのか。そもそもどうしてそんなものを娘に託し、あまつさえ何があっても持っていろとまで言ったのだろう。ヘヴンズゲートに所属している両親が開発したものを、ヘヴンズゲートが探すなんて何かがおかしい。

「遥奈の両親はヘヴンズゲートに所属していた。しかし奴らはヘヴンズゲートを裏切り、脱走したのだ」
「裏切った……!? どういうことですか元就さん!」
「たしかに奴らはCADウイルスを開発した。しかし作った本人だからこそこのウイルスが齎す脅威を理解したのだ。これは使うべきではない、生まれるべきではない、とな。故にデータだけは渡すまいとそのペンダントにデータを忍ばせ、遥奈に託したのだ。組織にあった開発データを全て抹消し、残った開発データはそのペンダントに埋め込まれたマイクロチップのみとなった」
「そのウイルスが使われたら世界がどうなるか、きみの両親はわかっていたんだと思うよ。だからこそそんな危険なものは封印しようとしたんだ。でも……ヘヴンズゲートの連中は、そうは思わなかった」

だからこそ唯一の開発データを手に入れようと躍起になっている。どんな手段を使ってでもペンダントを奪取しようとしているのだ。

「ならあたしの両親は今どこにいるんですか!? それにそのヘヴンズゲートと敵対している政宗さん達は、どうやってそのことを知ったんですか!?」

政宗達は詳しすぎた。いくら敵対している組織の情報を得ているといっても、そこまで知っているはずがない。ウイルスのことだけならまだしも、組織を裏切った両親のことを知っているのは不自然だ。ヘヴンズゲート側の人間から話を聞かない限り、そこまで込み入ったことはわからない。そしてこの状況でそれが可能な人間は限られる。

「どういう手段を使ったかわからねえが、明上夫妻がDFPの通信codeを使って連絡してきたんだ。だがオレ達が明上夫妻を保護するよりもHaven's Gateのほうが早かった」
「どういうことですか……!?」
「遥奈、落ち着いて聞けよ。お前の両親は―――死んだ」

政宗の容赦ない言葉が遥奈の胸に突き刺さった。

「口封じのためか裏切り者への制裁か……。おそらく両方正解だと思うが、遥奈の両親はHaven's Gateに殺された。もう……生きちゃいねえ」
「そんな……」

身体中の力という力が抜け、遥奈の身体が横へ傾いた。それを隣に座っていた元親が慌てて支える。もはや真っ直ぐ座っていることすらできないようで、遥奈は元親の腕にしがみついた。遥奈の身体はガクガクと震えている。自身の腕から彼女の悲しみが伝わってくるようで、元親は少しでも安心させようと遥奈の頭を撫でてやる。

「そもそもヘヴンズゲートは何でそんなもんを欲しがるんだ? どっかと戦争でも起こすつもりか?」

と、これは元親である。殺人ウイルスを開発したところで、使わなければ意味がない。

「Haven's Gate自体はそれを使う気はねえだろうよ。だがな、世の中にはそんなもんを欲しがる連中が山ほどいるってもんだ。致死率百percentのvirusだぜ? 一体どれだけ莫大な金が動くと思ってんだ?」

ヘヴンズゲートは金儲けのためだけにそのウイルスを欲しているのだ。このウイルスのワクチンだって誰も持っているはずがない。このウイルスを買った人間、国だけがワクチンを持ち合わせることができる。戦争やテロで使えば間違いなく使った者に勝利を与える代物だ。どれほどの大金が動くのかもはや未知数といえる。そして世界中でこれが使われたら、想像を絶する数の人間が死んでしまうだろう。

「そんなもののためにあたしの両親は殺されたっていうの……!?」
「そうだ。だがそんなものだからこそ明上夫妻は命懸けで守ろうとしたんだ。Dateと、遥奈をな」
「どういうことですか?」
「娘を守ってくれと某達は明上夫妻に頼まれたのでござるよ」

自分達の死を覚悟したからこそ、娘だけは守ろうとしたんだろう。科学者である前に明上夫妻も人の親である。自分の身より娘の身のほうが心配だったのだ。

「そうだったんですか……でも一つだけ。どうしてもわからないことがあるんです。あたしの両親のことはわかりました。でもだからこそ余計にわからないんです。あたしの両親はどうやって政宗さん達にこのことを伝えたんですか? だって敵同士なんでしょ? あたしなら敵の言うことなんて信じません」

ヘヴンズゲートの敵であるDFPにどうやってこのことを伝えたのか。たしかに遥奈の言うとおり、敵の言うことなど誰も信じない。いくら組織を裏切ったとはいえ、その後どうやってDFPと接触を図ったのだろう。それに組織を裏切ったと言うが、そんなに簡単に脱走なんてできるのだろうか?

「それは俺様達も疑問に思っていたことなんだよね。そもそも明上夫妻が、なんでDFPの通信コードのことを知っているのかが気になる」

組織の末端の科学者がどうやってDFPの情報を知り、接触したのか。どうやって組織から逃げ出すことができたのか。世界中に根を張る犯罪組織から逃げるのは不可能に近い。しかし遥奈の両親はやってのけたのだ。自分達を追ってくる暗殺者達を振り切って、DFPに情報を流すことまでやってのけている。それもDFPの人間しか知らないはずの通信コードを使って、だ。

「これはあくまでも可能性だが、ヘヴンズゲートの内部に明上夫妻の裏切り行為を黙認、手引きした者がいると考えるのが妥当であろう」
「たしかにその可能性は高いな。だがそんな奇特な人間がHaven's Gateにいたか……?」
「きっと、明上夫妻の考えに賛同した者がいるに違いないでござるよ」

どこまでも楽天的な意見の幸村だが、今はそんな彼の前向きさが心に沁みる。両親のように自分の中の正義を信じる者がいてほしい。命懸けでそれを阻止しようとする心を持つ者がいれば、ほんの少しでも時間稼ぎになる。最悪の事態を内側から止められるかもしれないのだ。

「それで、だ。遥奈、お前はこの先どうしたい? このままここに残るか、安全なDFPの本部に行くか。好きにしろ」
「あたしは……本当のことが知りたいです。勿論政宗さん達の話を信じていないというわけじゃありません。ただ、何故両親がヘヴンズゲートに所属していて、あんなものを生み出したのか知りたいんです。それがわかるまで、あたしは本部には行きたくありません」
「なら遥奈殿はここに残るということでござるな!」
「はい……あの、迷惑じゃ、なければですが……」

五人はニッと笑ってみせると、「まかせとけ」と声を揃えて断言した。これ以上頼もしい人達はいない。遥奈はソファから立ち上がると、深く頭を下げたのであった。


続