暗殺者パロ | ナノ

時に大蛇の如く獲物を喰らい尽くすわよ

信じられなかった。政宗達は道で倒れていた自分を介抱してくれただけと思っていたのに、実際はそうではなかったのだ。政宗達は遥奈を襲った何者かの正体を知った上で助けただけに過ぎなかった。

五人の会話でよく飛び交っていた「ヘヴンズゲート」という何か。それが自分を襲った連中の名前。今までこんな非日常が自分に訪れるとは思っていなかった。テレビや本の中での出来事だと思っていたのに。

こんな非日常の世界はありえない。だからこそ受け手は非日常に憧れる。だが実際に起こった非日常はなんと恐ろしいものだったか。そしてそんな非日常から遥奈を守る政宗達。ということは政宗達もまた、その非日常に近い何か、ということである。

部屋に篭っていたらいつの間にか眠ってしまったらしい。遥奈が目を覚ましたら外は見事に真っ暗だった。まだ半分眠っている重たい頭を引き摺って、彼女は五人がいるであろうリビングに向かっていた。だがリビングでは丁度五人が何かを話し合っている最中だった。そんな状況で入るわけにもいかないと思い、遥奈はそのまま部屋に戻ろうとした。だが中から聞こえてきた言葉で、遥奈は部屋に戻ろうということを忘れてしまう。

「とにかくHaven's Gateから遥奈を守ることが最優先任務だ。それを忘れるなよ」

ヘヴンズゲートからあたしを守る……!? それが最優先任務ってどういうこと……!? いきなり遥奈の耳に届いた聞き覚えのない単語に、彼女は身体を硬直させた。頭は酷く真っ白で、耳に届く言葉全てが信じられない。今まで自分を助けてくれた者が、急に誰かわからなくなった。敵なのか味方なのか。自分を守ると言っていたので敵ではないのかもしれないが、遥奈は五人が恐ろしい者に見えてならなかった。

気がつくと家を飛び出し、無我夢中で街を走っていた。外に出れば危険かもしれないという考えは今の彼女にない。ただ偶然と思っていたこと全てが仕組まれていただけ。そのことが思っていた以上にショックだっただけだ。あの家での賑やかな出来事が、お店での楽しかった出来事が全てまやかしだっただけにすぎない。信じられない。みんながあたしを騙していたなんて―――!

「……ハァ……ハァ……」

どれくらいの時間を、どこへ向かって走っていたのかわからない。気がつくとお店の近くにある公園まで来ていた。この公園はとても広く、美しい花や緑に包まれていて近所でも評判の憩いの場である。遊具などを置いてあるエリアと、きちんと整備されたまるで庭のようなエリアの二つがあり、遥奈がいる場所は後者だった。しかし昼間が賑やかな場所ほど、夜になると不気味である。辺りは木々のざわめきと噴水の音しかしていない。

「……とにかく帰ろう。そしてみんなから話を聞かなくちゃ……」

このままじゃ駄目だ。政宗達が何が起きているのか知っているのなら、自分はそれを知る理由がある。それに政宗達なら両親の行方のことも知っているかもしれない。そう考えた遥奈が公園を後にしようとしたときだった。

「また会ったわね。遥奈ちゃん」
「華那……さん?」

ふと自分を呼ぶ声に、遥奈は耳を疑った。そこにいたのは、自分を助けてくれた華那という女性だったからだ。ただこんな時間に、それも一人で公園にいるなんておかしい。遥奈は無意識のうちに足を一歩後退させ、華那と距離を取ろうとする。華那は昼間会ったときと同じ笑みを浮かべていた。だが今の遥奈にはその笑みは酷く不気味に覚えて仕方がない。

「どうしたのこんな時間に。女の子が一人で出歩く時間じゃないわよ?」
「そ、それは華那さんだって同じじゃないですか……」
「私は仕事中だからいいのよ。まったく、こんな夜遅くまで扱き使うんじゃないっつーの……」

華那は腕時計を見てから「ね?」と遥奈に同意を求めてきた。遥奈はどう返事をしてよいのかわからず、困ったような曖昧な笑みを浮かべて答えを誤魔化す。

「で、遥奈ちゃんはどうしてこんな時間にウロウロしているわけ? 女の子一人じゃ物騒すぎて見過ごせないなァ」
「あ、あたしはその……何を信じていいのかわからなくなって。気がついたら家を飛び出して、ここに来ていたというか」
「何を信じていいのかわからない?」
「い、一緒に住んでいる人達が……あたしにとって敵か味方なのか、わからないっていうか」

なんでこんな話を今日会っただけの人に話しているんだろう。それは不安という感情が原因だと遥奈は気づいていなかった。自分を知っている相手より、よく知らない相手に聞いてもらったほうがいい相談もある。自分を狙ったヘヴンズゲートという連中から遥奈を守った政宗達。だがその政宗達も敵か味方かわからない。少なくともヘヴンズゲート達からすれば敵かもしれないが、政宗達もペンダントを狙っている組織の一員かもしれないのだ。遥奈からすればこのペンダントを欲しがる者全て敵でしかない。正義と悪。陳腐な言葉だが、今の遥奈にはそれすらわからないのだ。

「じゃあ私が答えを教えてあげましょうか?」
「え……!?」

華那は相変わらず艶やかな笑みを浮かべている。だがその目は笑っていない。人を惹きつけてならない美しい笑顔。しかしその笑顔はとても冷たく、見る者に畏怖を植えつけもした。

「遥奈ちゃんにとって政宗は善者で私は悪者。どう、これ以上ないくらいシンプルな答えでしょう?」
「……どういうこと、ですか? それになんで政宗さんのことを知って……!」

一緒に住んでいる人と言っただけで、自分は一度も政宗達のことを華那に喋っていないはずである。華那は政宗達のことを知っている。それが何を意味するのか理解できる程度には冷静らしい。しかし自分の声が、身体が、みっともないほど震えていることに遥奈は気がついていた。そんな遥奈を嘲笑うかのように、華那はこれ以上ないくらい楽しそうな笑顔を浮かべる。

「まだわからない? 私は遥奈ちゃんを襲った連中側にいる人間ってことよ。でも私はあいつらのように無駄な殺しはしない主義なの。だってなんでもかんでも殺してお終いにすればいいって者じゃないでしょう? だから遥奈ちゃん、貴方が持っているそのペンダントを私にくれない? そうすれば私は二度と貴方の目の前に現れないわ。約束する」

遥奈が一歩後退すると、華那は一歩前進する。そんなやりとりを数回繰り返した。 このペンダントに一体どんな秘密があるのか、それは遥奈の知ったことではない。だが両親からこのペンダントを渡されたとき、何があってもこれだけは持っていろと言われている。政宗達の話を盗み聞きしたとき、このペンダントには遥奈も知らない仕掛けがあると言っていた。どんな仕掛けなのか検討もつかない。だが少なくとも、自分を殺そうとした連中に渡すなんて真似はできるわけがなかった。

遥奈は華那を敵と認識し、絶対に渡すものかという決意を込めて華那を睨みつける。しかし華那は怯むことなく、それどころか何がおかしいのかクスクスと笑っていた。子供のイタズラを楽しそうに眺めている母親のような、物事を本気で捉えていないような笑顔だった。

「遥奈ちゃんみたいに何があっても立ち向かう、そんな勇気ある子は大好き。だから一撃で終わらせてあげるわ……」

華那は笑顔を消すと、顔面から表情という一切の感情を切り離した。彼女はゆっくりと、腰に見に付けているベルトポーチのような物へと手を伸ばす。そういえば、と遥奈は華那と出会ったときのことを思い出した。彼女の背に追いやられたとき、華那は腰に普通ではないベルトポーチのような物を身に付けていた。しかし今まで見たことがないものだった。まるでその中に入っている物のために作り出された。そう思えるほど特殊な大きさをしていたはずである。

華那が取り出しのものは、真っ赤に彩られたN字型をしている奇妙な物だった。大きさは両手で持てるほどの物で、お世辞にも小さいとは言い難い。すると小さな機械音とともに、N字型をしたものの両先端から、鋭い刃のようなものが飛び出したきたではないか。刃のようなものはヘリコブターのメインローターのような形をしている。

最終的にN字型をしたそれは両端合わせて華那の身長ほどある武器へと変化した。刃らしき部分も真っ赤に染められており、酷く不気味で、それでいて非常に美しい造りをしている。

「な、何それ……!?」
「これ? これは火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)というの。私しか扱えないオリジナルウェポンよ」

伊邪那岐(イザナギ)と伊邪那美(イザナミ)の間に生まれた輝ける火の神の名の冠した武器。こんな形状をした武器を遥奈は知らない。オリジナルと言うのも納得がいく。

「さて、どうしてほしい? 首からスパーンっと斬っちゃうか、腰あたりで斬っちゃうか。選ばせてあげるよ」
「……ど、どっちもお断り……だ!」

そう叫ぶなり遥奈は華那に背中を向けて脱兎の如く走り出した。正直逃げ切れるとは思えない。しかし生きたければ逃げ切らなくてはいけないのだ。余計なことなど考えるなと自身を叱咤し、遥奈は全速で政宗達がいるであろう家へと向かう。政宗達なら華那をなんとかできる。何故か漠然とそう思えた。華那の言葉が本当なら政宗は遥奈の味方だ。力になってくれるかもしれない。だが甘かった。

「逃げ切れると思わないでほしいわ。それに敵に背中を向けるなんて得策と言えないわよ―――喰らい尽くせ、迦具土ッ!」

華那が迦具土を大きく薙ぎ払う。すると遥奈の目の前に鞭のようなものが飛んできた。それは遥奈を傷つけることはなかったが、彼女の少し先の地面を大きく削り取ってしまったのだ。コンクリートで固められたはずの地面を、後ろから飛んできた鞭のようなものが抉り取ってしまったのである。地面にはその跡がくっきりと残っており、その威力を思い知らされた。遥奈は足を止め後ろを振り返る。

「迦具土の刃は伸縮自在。時に大蛇の如く獲物を喰らい尽くすわよ」

先ほど見た鞭のようなものの正体は迦具土の刃だった。華那の言うとおり本当にあれが伸縮自在とすれば、元々間合いが広い武器だけにさらに間合いが広がってしまうことになる。逃げることは非常に難しい。

「さあ、遊びの時間は終わりよ。サヨナラ、明上遥奈ちゃん―――」

再び迦具土の刃が遥奈に振り下ろされた。迦具土の刃が口を開け、牙を見せる大蛇の如く襲い掛かる。逃げたいのに動くことができない。動けと念じても一向に足は動いてくれない。遥奈はペンダントを握り締めながら、硬く目を閉じた。

「―――だからなんでお前は肝心なときに諦めちまうんだよ」
「え……!?」

直後耳元で聞こえた、囁くような低い声に、遥奈はビクッと肩を震わせる。この声には聞き覚えがあった。あの夜、遥奈を助けてくれた仮面をつけた男性の声―――。直後遥奈を襲ったのは浮遊感だった。何が起きたのかわからない遥奈の耳に、迦具土が地面を喰らう轟音が届く。顔を上げると、政宗の端正な顔がすぐ近くにあった。気がつけば政宗が遥奈を抱きかかえる形で空を舞っているではないか。遥奈は咄嗟に政宗にしがみつく。

「ま、政宗さん……!?」
「Sorry 遅くなっちまったな。雑魚が多くてここに来るのに時間がかかったんだ」

政宗は抱きかかえていた遥奈を、先ほどいたところから少し離れた場所で下ろした。お礼を言おうと口を開くが、政宗の腰に六本の刀が帯刀されていることに気づき遥奈はおもわず息を呑む。

「ところで遥奈を襲っていた敵は……まさかとは思うが……」
「政宗……!?」

華那に名前を呼ばれ、政宗の顔が何故か少しだけ苦しそうに歪む。華那は最初こそ信じられないと目を見開いていたが、一度目を閉じるとフッと小さな笑みを浮かべた。しかしその笑みから感じられた感情は、とてつもなく黒い憎悪である。

「I do not want to admit……が、あんな武器を操れるのはお前以外いねえよな―――華那」

政宗が見据える先には、迦具土を構えた華那が佇んでいる。政宗は自嘲的な笑みを浮かべ、華那は好戦的な笑みを浮かべていた。この二人を見ていると哀しくなる。不思議と胸の辺りがぎゅっと締め付けられた。二人の間に漂うなんともいえない空気に、遥奈は不安げに表情を曇らせたのだった。


続