暗殺者パロ | ナノ

………訂正、このバカを除いた四人はな

目が覚めたら温かいベッドの中で、リビングではお父さんとお母さんが楽しそうに笑いあっていて、なんでもっと早くに起こしてくれなかったのかと文句を言いながら、あたしも二人と一緒に朝ごはんを食べるんだ……。

「………ん」

暖かい光に導かれるように、少女の意識はゆっくりと覚醒していく。白い光に目を晦ませながら少女はゆっくりと身体を起こした。知らない天井に、知らないベッド。何一つ知っているものがない部屋に、少女は表情を硬くさせる。ここには少女が眠っていたベッドの他に、テーブルとタンスしか置かれていない。生活感はまるでなかった。窓から差し込む光だけが少女に温かさを与えている。

起き抜けの意識は次第にはっきりとして、昨夜あった恐ろしい出来事まで思い出してしまった。不安で震える身体に落ち着けと言わんばかりにペンダントを握り締める。あのあと急に目の前が真っ暗になって、それから何が起きたのかわからずにいた。最後に見たロングコートに身を包んだ漆黒の男。あれは誰だったんだろう……。

もしかしてあたしはここに連れ去られてしまったの……!? だとしたら今すぐここから逃げなくてはいけない。少女はしのび足でドアに近づき、そっとドアに耳を当てる。外から物音は聞こえてこない。近くに人はいないようだ。

あたしがまだ眠っていると思っているのかもしれない。だから監視の目も甘いんだわ……! このチャンスを逃すわけにはいかない。少女はなるべく音を立てないようにと、ゆっくりドアノブを回していく。が、少女が中からドアノブを回すより、外からドアノブを回されるほうが早かった。勢いよく開け放たれるドアに、少女はサッと壁際に移動する。

「おお、もう目を覚ましたでござるな! どこか痛いところなどないでござるか?」
「あんた誰なの……!?」

警戒の眼差しを向けている少女を見て、目の前の青年は不思議そうに首をかしげた。まるで少女が敵意を露にする理由がわからないようだ。青年は困惑しながらも人懐っこい笑顔を浮かべ、怯える少女に少しでも近づこうと一歩前に出る。だがそれが仇となり少女はますます敵意を剥き出しにした。

「あーあー……駄目じゃないの旦那。この子すっかり怖がってるよ」
「むむ……佐助、某は一体どうすれば……?」

ドアの外からひょっこりと顔を覗かしている佐助と呼ばれた青年は、怯えている少女を見て溜息をついた。一方佐助に旦那と呼ばれた青年は、少女に嫌われたと思っているのかすっかり涙目になっている。あからさまに拒絶されたことがそれほどショックだったらしい。

「ああ、ごめんね怖がらせて。俺達は怪しいモンじゃないからさ。だからそんなに怯えないでくれると嬉しいなー」
「そ、そんなウソ誰が信じると思うのよ! 目が覚めたら知らない部屋で、知らない人に囲まれてちゃ誰だって警戒するわよ!」

昨夜が昨夜だけに、こんな状況で怪しいものじゃないと言われて、それを信じろというほうが難しい。佐助は困ったように頭をガシガシと掻いた。

「俺達の家の前で倒れていた君を見つけてさ、一応介抱してたんだけどねー……。なんかそこまで言われると少し腹が立ってきちゃったよ俺様」
「え………!?」

佐助が言った言葉に少女は言葉を詰まらせた。道端で倒れていたあたしを助けて、介抱したって……じゃあこの人達は昨夜の出来事に関係している人じゃないの!?

「あ、あの……倒れていたってどういうことですか!?」
「それはむしろこっちが聞きたいぜ。今朝俺達の家の前で倒れていた君を発見したんだ。病院に連れて行ったほうがいいかとも思ったんだけど、目立った外傷もなかったから一旦俺達の家に連れてきたんだ。しっかし君こそなんで倒れていたわけ? まさか酔っ払って道で寝ちゃったっていうオチ?」

佐助の話だと昨夜自分の身に起きた出来事は知らないようだった。少女が覚えているのは目の前に男が現れたところまで。その後のことは覚えていない。倒れていたという話から推測すると、自分は気絶して朝まで倒れたままだったかもしれない。少なくともこの人達はあたしを追っていた連中とは違う、ということよね。

「あ、あの……!」

佐助と旦那と呼ばれている青年がじっと少女を見た。少女は少したじろぎながらも、「ごめんなさい、そしてありがとうございました!」と言って頭を下げる。ごめんなさいは疑ってしまったことに、ありがとうは助けてくれたことに。少女から警戒心が解けていくのがわかったのか、二人の青年はフッと笑顔を浮かべる。

「あ、あたしは明上遥奈って言います。ええと、そっちの方は佐助……さん? で、ええと……」
「某は幸村と申す」

幸村は人々を和ますような優しい笑顔を浮かべた。少女―――遥奈も自然と笑みが零れる。

「ところでさっきの質問、なんで倒れてたのさ?」

と、佐助は再度遥奈に同じ質問をぶつけた。遥奈はどう答えていいかわからず上手く言葉が出てこない。佐助と幸村の口ぶりからして、昨夜彼女の身に起こった出来事は知らないと思う。知らない人をわざわざ危険に巻き込むような真似はしたくない。それに両親から送られてきた「逃げろ」というメールも気になる。その両親だって今頃どうしているのかわからない。そもそも何故自分は狙われたのか……。わからないことが多すぎるのに、何をやればいいのか、どの糸を手繰り寄せていけばいいのかわからない。

それにあくまで漠然とだが、家には帰れないような気がしていた。遥奈を追ってきていた連中は彼女の家を知っているのだ。今も追手が待ち構えているかもしれない場所に、のこのこ帰る気にはなれなかった。

「言いたくないなら言わなくてよいでござるよ。家に帰れない事情があるのなら、ずっとここにいればいい」

まるで遥奈の心を読んだかのような幸村の言葉にハッとさせられた。幸村の申し出は遥奈にとって有難いものだったが、狙われている自分がここにいていいのか非常に迷う。もしかしたら追手があたしの場所に気づいて、無関係のこの人達までを危険に晒すかもしれない。

「旦那の意見に俺様も賛成。とりあえず考えがまとまるまでの間だけでもここにいればいい。何があったか知らないけど、考えることが多すぎて混乱しているように見えるぜ?」
「あ、ありがとうございます……。でも本当にいいの?」
「俺様はむしろ大歓迎。だってこの家野郎ばっかでむさ苦しいだもん。俺様いい加減息が詰まりそうでさー」

佐助の口ぶりだと幸村以外にもまだ誰か一緒に住んでいるようである。それも全員男で、女はいない様子だ。佐助と幸村達は兄弟なのだろうか? しかし兄弟にしては似ていない。他にもいるという男達もこの二人の兄弟なのだろうか……。遥奈があらゆる可能性を視野にいれて二人の関係を考えていると、コンコンと控えめにドアをノックする音が聞こえた。

「―――Hey お前ら、女は目ェ覚ましたのか?」
「あ………」

新たに現れた男に、遥奈の心が一瞬ざわついた。どこかで会ったことがあるような、ないような……。右目を眼帯で隠している、日本人離れした体格の青年だった。嘘を見抜くような鋭い眼差しが突き刺さるようで痛い。

「政宗殿! ついさっき遥奈殿が目を覚ましたでござるよ」
「で、彼女しばらくここで居候することになったから」

政宗は遥奈がここに居座ることになると思っていなかったのか、器用に片眉だけピクッと上げて見せる。二人はここにいてもいいって言っていたけれど、政宗……さんは嫌がっているのかな?

「あ、あの……やっぱりあたし」
「ああ、別にいいじゃねえか? 今更一人増えたくらいどうってことねえよ」

しかし政宗は本当になんとも思っていないようで、逆にこっちの気が抜けるような返事を返してきた。まるで我関せず。投げやりな態度と間違われてもおかしくない。

「とりあえず動けるようなら下に下りてきてくれねえか? 全員揃ってる」
「全員……? あ、さっき佐助さんが言っていた、一緒に暮らしている人達のことですか?」
「そうそう。もうみんな集まっていたとはね。今日はやけに早起きじゃないの?」

政宗と佐助は話しながらリビングへと移動する。二人についていっていいか迷っていた遥奈に幸村が声をかけた。遥奈は幸村に促され、前を歩く三人の背中を慌てて追いかけたのだった。

三人が住んでいる家は少なくとも二階建てで、割と大きい一軒屋だった。三人に促されるままリビングへ向かうと、そこには大きなソファとテーブルが置いてあり、部屋の真ん中には普段なかなかお目にかかれない大型テレビがあった。あんなテレビがあるということは、どちらかというと裕福な家庭なのだろうか。

遥奈がいた部屋とは違い、ここは随分と生活感に溢れていた。男だらけで暮らしているというのに部屋は綺麗で、小洒落たインテリア家具や雑貨なども置かれている。そして部屋の中心に置かれているソファには二人の男が腰掛けていた。一人は左目に眼帯をしたやけに体格の良い銀髪の男。もう一人は知的な印象を与える顔つきをしている線の細い男だった。お互いが向かい合うように座っているのに、何故か二人の視線は交わっていない。それどころかわざと視線を逸らしているのかとさえ思えてくる。

「遥奈ちゃんはここに座って」

佐助に促され遥奈はソファに腰掛けた。政宗と幸村と佐助もそれぞれの定位置かと思われる場所に腰掛ける。

「じゃあ改めて自己紹介。俺様は佐助。右から政宗、元親、幸村に元就。みんなこの家で一緒に暮らしている仕事仲間だ。ちなみにうちの前で倒れていた遥奈ちゃんを見つけたのは政宗だから」
「そうだったんですか? あ、ありがとうございます……!」

遥奈はソファから立ち上がると政宗に頭を下げた。政宗は少し肩を竦めてみせる。何も言おうとしないので、気にするな、と言っているのだと遥奈は勝手に受け取った。そうか、仕事仲間だったんだ。……道理で似ていないはずだ。

「明上遥奈と言います。助けてくださってありがとうございました。ええと、今ちょっと家に帰れない事情がありまして……。佐助さんや幸村さんにそのことを話したら、ここにいてもいいとおっしゃってくださって。勝手ながら居候させていただければなあ、なんて……。その、皆さんがお嫌じゃなければ……ですけど」

佐助と幸村、それに政宗の了承は得ていたが、残りの二人の了承は得ていない。佐助は気にするなと言いたげだが、やはり一人でも反対する者がいたら居候はし辛い。二人のうち一人でも反対する者がいたら、遥奈は佐助や幸村の申し出を断るつもりでいた。しかし遥奈の心配は杞憂で終わった。元親と元就は二つ返事で佐助達の提案を受け入れたのである。

「ただし条件がある!」

と言ったのは元親と呼ばれた男だった。一体どんな条件を出されるのか不安になりながら、遥奈は元親の次の言葉をじっと待つ。遥奈の不安を感じたのか、元親はニッと人の良い笑みを浮かべた。

「そう身構えるなって。なァに簡単よ、オレ達の仕事を手伝う。それがここに住む条件だ」
「皆さんのお仕事を……ですか? えっと……」

そういえば一体どんな仕事をしているんだろう。こうやって全員が一緒に家に住んでいる(しかも明らかに寮ではなく、普通の一軒家だ)のも珍しい。普通の仕事ではないことだけは確かであった。

「我らはカフェを経営している。貴様には接客業をやってもらうぞ、いいな?」
「カフェ……ですか? みっ、皆さんがですか!?」

あまりに普通、そしてあまりに意外だった。カフェなんて最近じゃよく見かけるので驚くことはない。しかしそれを五人の男が、それも一緒に住んで経営しているとなると話は別だ。遥奈が驚く理由を察したのか、それとも最初から驚くと予想していたのか、政宗は溜息を吐いた。

「ま、似合わねえと自覚はしてるぜ。全員な」
「な、某は似合わないと思ったことは一度もないでござるよ!?」
「………訂正、このバカを除いた四人はな」

するとバカと言われたことに腹を立てた幸村が澄まし顔の政宗に突っかかった。しかしそれでも政宗は涼しい表情を崩さない。二人のケンカ(というより幸村が一方的に騒ぎ立てているだけだが)を止めようとオロオロしている遥奈に、佐助と元親が首を横に振った。止めようとしても無駄だと言いたいらしい。元就は我関せずの精神なのか、雑誌に目を落としている。そんな五人を見ながら、遥奈はクスッと笑みを漏らしたのだった。


続