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五月な二人

五月病。それは四月に新しく入った学生や社員などに、五月頃しばしば現れる神経症的な状態。なんとなくダルイような状態が続き、やる気が起きないというのが主な症状。

「………面倒臭い」
「うん、面倒臭いね」

身体に力が入らず、私はテーブルに顎をのせてダラけていた。それはこの部屋にいる成実も一緒で、二人してテーブルに顎をのせていた。まるで晒し首のような光景である。

「………なんにもやる気が起きない」
「うん、起きないね」
「………このまま貝にでもなってさ、殻に閉じこもりたい」
「うん、閉じこもりたいね」

貝になれたらどんなに楽だろう。海の底で閉じこもってさ、じーっとして……いいな、気持ち良さそう。でも貝って凄く敵が多いよね。食べられないように全力で逃げなきゃな。あれ、本当に気持ちいいのかわかんなくなった。

「Hey 華那、成実……」

背後から呆れたような、馬鹿にしたような、なんともいえない声が聞こえたが、私と成実はあからさまに無視した。だって面倒なのよ、反応することすら。

「つーか成実、さっきから生半可な返事ばっかじゃん」
「それは華那もじゃんか。なんかさぁ喋ることすら面倒臭いんだよね」
「じゃあもう喋らないでおこうっか」
「うん、そうだね」

喋ることすら面倒臭いと感じてしまうなら、喋らなければいいじゃない。二人して目を閉じ、そのまま眠りにつこうとしたときだった。

「……ダァァアアア! いい加減にしやがれ鬱陶しい!」

後ろから怒鳴り声が聞こえた。反応することは面倒臭いよ。でもこれは反応せざるえなかったんだよね。だってあまりに煩かったから。私と成実は気だるげに両腕を持ち上げ耳を塞ぐ。

「なによぉ、煩いなぁ」
「テメェらがその態度を改めたら、オレも怒鳴りはしねぇよ!」
「政宗、なにカリカリしてるのさ」
「だからテメェらのせいだっつってんだろうがなるみちゃんよォ……!」

政宗がギリッと奥歯を噛み締める。こめかみにも青筋が浮かんでいて、肩がわなわなと震えていた。政宗大人だね。込み上げる怒りを僅かな理性で抑え込んでいるようだ。えらい、随分と立派になったね。伊達組筆頭としての自覚がようやく表れたか。

「仕方がないでしょ。五月病になっちゃったんだもん。ねー、成実」
「ねー、華那」
「テメェらは年中五月病だろうが……! つーか高校二年に五月病はねぇ!」
「大体、こんな暗号をずっと見てたら誰だってダルイって」

テーブルの上には意味不明な言語や数字が書かれた本が散乱している。お馬鹿な私達に解読できるはずなく、本を開いたと同時に読む気が失せた。せめて読める言語で書いてくれればいいのに。なにこれ、古代文字!?

「古代文字じゃねぇ、元素記号とその式だ!」
「俺達からすりゃ古代文字だな」
「あ、私も古代文字だと思った。気が合うねぇ」

成実の呟きに、うんうんと大きく頷いたら政宗の拳骨が降ってきた。あまりの痛さに目から星が飛び出そうになった。目の中に星なんてないけど。あったら怖いじゃん。それか痛い子じゃん。魔女っ娘華那ちゃんって言いながら、やたらとキラキラしたステッキ振り回すんだよ。バレバレだろって思いつつも実は全然バレてない変装という名の仮装をするんだよ。

「政宗、魔女っ娘華那ちゃんってどう思う?」
「意味わかんねぇ……」

額に手を当てガックリ項垂れる政宗を、どこかぼーっとした表情で見上げる。政宗ったらどうしたんだろう。凄く疲れてる。肩こり解消グッズでもあげよっか?

「もうすぐtestでわかんねぇから勉強教えろっつって、泣きついてきたのはどこのどいつだ、アァ!?」

私と成実は互いに顔を見合わせ、お前だろいやあんたでしょ的なやりとりを交わす。すると政宗は「両方だろうが!」と更に怒鳴りつけた。

「人がちょっと部屋を開けるとこれだ……。人様に勉強を教わってるくせに、随分といいご身分だなァ?」
「いやぁ、それほど偉くないけどね。政宗よりは偉いけど」

はにかみながらそう答えると、政宗は大きな溜息とともにがっくりと肩を落とした。その後、怒った政宗がとんでもない爆弾を投げてきた。その爆弾というのが……。

* * *

「違う! そこは公式を使えと何度言やァわかるんだ!?」
「ひぃ! す、すみませんんんん!」

先生が政宗から小十郎に代わり、私達はさながら地獄で閻魔様にこき使われている気分です。横では畳に寝転びながら本を読んでいる政宗がいる。むかつく、絶対にわざとだよ。嫌がらせのようにここで本を読んでいるんだコイツ。

「どこ見てんだ、アァ!? 集中しやがれ華那!」
「ごめんなさいィィイイイ!」

小十郎のスパルタのおかげで、私達の五月病は少しマシになりました。

完