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大きくなりたいの

ゴクゴク、ゴクゴク。ゴクゴク、ゴクゴク。

「……………ぷっはぁ!」

口元を拭いながら、机の上にダンッと空になった瓶を置く。キラキラと爽やかなオーラを放ちながら極上の笑みを浮かべているであろう私。そんな私を冷めた目で見ている男が一人。

「…………なーにやってんだァ華那?」
「何やってると言われましても、見てのとおりじゃないですか」
「……牛乳を飲んでる」
「そうですよ、元親先輩」

口元に白い膜がないことを願いつつ、私は牛乳を飲んでいた。それもお風呂上りスタイルで。お風呂上りスタイルっていうのは、腰元に手を添えて、斜め上を向きながら一気に飲むというアレだ。おっさん臭いとか思っても言わないように! だってこれは牛乳を飲む際の、神聖なスタイルだと思っているからです。牛乳だけじゃない。コーヒー牛乳やフルーツ牛乳、いちご牛乳や抹茶牛乳のときだってこのスタイルで飲むべきなんだ。

「だけどよォ……」

言いたくても言えないのか、元親先輩は言葉を濁らせる。その代わりなのか、何か訴えかえるような目で私の机の上を見ているだけ。ジーっと見られているだけっていうほうが効果あるよね、こういう場面って。私の体力値を百とするなら、七十くらいのダメージはある。ヤバイよ、表示の色がオレンジ色になっちゃうねコレ。赤の一歩手前じゃん。

「………それで何本目だ?」
「うーん……六本目、だと思う」

机の上にズラリと並べられた空の牛乳瓶。どれもお風呂上りスタイルで一気飲み。ちなみにこれは本日の昼食だったりする。牛乳でもこれだけ飲めば、お腹は膨れてしまうものだ。さすがにこれだけ飲めば気持ち悪くなるが、私の気力がそれを押さえ込んでいた。

「………それより、なんでここにいるんですか元親先輩?」

ここは二年A組の教室。他クラスの生徒がいるだけでも怪訝に思われるのに、学年が違う先輩がいるとなればそのレベルは半端ない。ましてやそれが学園では政宗同様、知らぬ者はいないと称される元親先輩となれば……周囲の注目を浴びまくりだ。

「そして元親先輩が座っている席、そこは政宗の席ですよ」
「いいじゃねぇか。政宗のやつは先公に呼び出し食らってんだろ?」

授業が終わると同時に政宗は担任に呼び出され、いまは職員室にいる。呼び出された理由はわからない。というか、呼び出される原因がありすぎてわからない。学校内では比較的問題は起こしていないけど(問題というのは暴力沙汰のことだ)、学校以外ではどんなことをやっていることやら。ヤクザなだけに喧嘩なんて日常茶飯事だろうしね。

「で、華那はなんでさっきから牛乳ばっか飲んでんだ?」
「私の質問はスルーですか。まぁいいですけどね……」

どうせヒマだからこうして遊びにきているだけだろう。いつものことなのであまり気にしないことにする。私は七本目の牛乳瓶の蓋に手をかけながら、元親先輩の質問に答えることにした。ただ……女としてかなり屈辱的な内容なんだけど。

「……実はですね、成実に……あ、成実っていうのは政宗の従兄弟なんですけど。その成実に背が低いと笑われまして……。すっごくムカついたんで、大きくなって見返してやろうと思って」
「だからこうして牛乳ばっか飲んでいやがんのか……」

元親先輩はなんというか、悲しい生き物でも見るような目で私を見る。え、悲しまれてるの、哀れまれてるの私!?

「その調子で飲み続けたとして、いつになったら見返してやれるんだ?」
「…………………………は、半年後?」

頭上でカラスが鳴いた……ような気がした。元親先輩は「はぁ〜……」と深い、ふっか〜っい溜息をつく。なんか馬鹿にされた気分を覚えたぞ、なんでだろ。

「私より背のお高い元親先輩に、背が低いやつの気持ちなんてわかりませんよ〜だ」

頬を膨らませながら、ベーっと舌を出してあかんべーをする。くっそぅ、どうやって何を食ったらそんなに大きくなれるんだろう。う、羨ましくないもんね。羨ましくないんだから、しつこいな!

「でもよ、牛乳を飲んだだけじゃ背は伸びねぇだろ?」
「マジでか!?」
「ああ。骨は丈夫になると思うけどよ」

大きく目を見開き、元親先輩の言ったことに愕然とした。大きくなりたければ牛乳を飲めって昔から言われてたぞ。小学校の先生とかテレビのCMとか! 嘘か、あれはみんな嘘だったっていうの。小さい頃から私は騙され続けていたの、偽りの世界で生かされてきたというの!?

「いや、ンな大袈裟なもんでもねぇだろ?」

こんなときに限って、元親先輩は冷静なツッコミを入れる。頭を仰ぎなら意味不明なことを口走っている私に、後方から更なる追撃をかける者が現れた。

「それ以前に、お前の身長はもう伸びねぇだろ」
「にゃにおう……って政宗!」

教室のドアに凭れながら腕を組み、私に向かって冷めた視線を送っている政宗。なにも二人揃って馬鹿にしなくてもいいじゃないですか。私だって傷つきますよ、いい加減。政宗は小さな溜息をつくと、自分の席に戻るためゆっくりと近づいてくる。

「さっきの言葉、あれどういう意味よ?」
「そのとおりの意味だろ。華那の成長期はもう止まってんだよ」

サラリと失礼なことを抜かしやがった政宗に、私は返す言葉をなくした。い、意外とグサリときたよ、その一言。ここまではっきり言われると、どんなに腹が立っても言葉が出てこない。

「まぁでも、別のとこなら成長の余地はありそうだけどな」
「別のとこ?」

政宗は私を見ながらニヤリと笑う。私は意味がわからず首を傾げた。どうやら元親先輩には政宗の言っている意味がわかったらしく、「ああ、そういうことかよ……」と明後日の方向を向いた。どういうことか訊ねたら、元親先輩は「それを言わせるのかよ……」と、何故か心底嫌そうに目を細める。そんな顔をされたら余計に気になるじゃないですか。

「ねぇ、だからどういう意味……ん?」

元親先輩は答えないだろうと踏んだ私は、言い出した本人に直接聞くことにする。でもここで、気がつきたくない事実に気がついた。そういえば政宗のやつ、さっきから私と目を合わそうとしていない。政宗の視線はいつもより下がっている。そりゃチビの私と話すんだから視線も下がるはずだ。でもいつも以上に下がってると思う。視線の先にあるものといえば……。

「でもこの場合はmilkなんか飲むより、オレが直接揉んでやったほうが早いと思うがな!」
「………政宗」

なに公の場で堂々と、女の子の胸に触っているのですかあなたは。セクハラですよね訴えたら確実に勝訴ですよね?

「………はぁ」

そこで溜息をついている元親先輩。あなたもわかっていたのならちゃんと教えてください。教えてくれてたら私にだって対策を考えることくらいできたんですよ。

「ってなに揉んでんだこの色欲魔ァァアアア!」

反射的にアッパーを食らわそうとしたら、それよりも政宗の回避行動のほうが早かった。私の攻撃をサッと避けた政宗は、より深く意地の悪い笑みを浮かべる。

「なんだよ。オレの好意を無碍にするってのか?」
「なーにが好意だ! ただのセクハラじゃないか!」

アッパーが駄目ならと今度は回し蹴りを一発。けど政宗は自分の右足を一歩引くことで、それを寸前のところで避ける。

「おいおい。胸触って怒ったやつの行動じゃねぇぞ、それ」
「ちゃんとスカートの下にズボン穿いてるもん!」
「色気ねぇな……。なんなら脱がしてやろうか?」
「いるか!」

避けながらもこうして軽口を叩いてくるところが腹立たしい。こっちは喋りながら渾身の力で攻撃しているものだから、段々と息が上がってきているというのに。

「……相変わらずあっちィな、おめーら……」

え、これって仲の良い証拠なんですか元親先輩!? 一歩間違えばただの喧嘩ですよ。というか、なんで我関せずな態度なんですか。

「なんなら毎日ヤるか。そうすりゃ華那もmilkばっか飲む必要がなくなるぜ?」
「だから私が大きくなりたいのは、胸じゃなくて身長なんだってば! そして誰がヤるか!」

誰か、このエロ宗をどうにかしてください……。じゃないと私の身が持ちません。

完