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河童とハゲの境界線

この学園には変な人が多い。それは周知の事実である。変態生物教師にどうみても貴方違う世界の人ですよねと思う理事長。男だか女だかわからない性別不詳の国語教師。挙げればキリがないくらいだ。そんな変な人が集まるこの学園に、特別強烈な変人がやってきた。

「オウ〜、皆サーン。オハヨーゴザイマスネー」
「………………え?」

平和な二年A組の教室に突如現れた教師に、生徒達は度肝を抜かれた。それまで賑やかだった教室が一瞬にして重い沈黙に包まれる。教壇に立つ教師に、誰もが訝しげな眼差しを向けた。

「元気ナイデスネ〜。モウ一度イッテミマショ〜。オハヨーゴザイマスネー!」
「お、おはよーございます………」

教師の異常なテンションに圧され気味の生徒達は、尻すぼみになりながらも一応おはようございますと挨拶を交わす。生徒の誰もが共通して思うことは、目の前にいる教師らしき人物が誰なのかということだった。教壇に立っているから教師だろうということしかわからないのが現状だ。それ以外のことについては一切不明。

「ドウシタンデスカー? 皆サン元気ナイデスヨー?」

元気がない以前の問題だと、生徒達は内心でツッコミをいれる。おまけにこの男の喋り方は片言だ。やはりこの男は日本人ではないのかと、生徒達は妙な納得をする。そうだ、こんな変であからさまに怪しい男が日本に、この学園にいるはずがないと。

「ソンナニ見ツメナイデクダサーイ。恥ズカシイデース」

キャッと頬を赤らめ、両手で顔を覆う中年男性を見て、生徒達は一斉に体調不良を訴え始める。症状は全員で同じで、保健室に駆け込んだら「急に吐き気が……」と言うことだろう。別にこの男を見たくて見ていたのではない。ましてやアイドルに送るような熱視線でもない。生徒達はこの男のある一点に目を奪われ、呆然としているしかできないのだ。

「オヤ〜、席ガ二ツ空イテマスネー? 欠席デスカー?」

男は教室を見回し、ポツンと空いている席に目をつける。そこは政宗とその彼女の席だった。だが健康優良児である二人が病気で欠席などありえない。クラスメイト達は絶対に遅刻だなと確信しつつ、今ここにいなくてよかったと安堵した。あの二人がいたら、きっと言ってはならないことを言ってしまうと判断したのだ。

「すみませんお魚加えたネコを追いかけていたら海を越え山を越え、いつの間にか金髪美人と異文化コミュニケーションしちゃってました〜」

意味不明な言い訳を言いつつ教室に入ってきたのは、政宗の彼女華那その人だ。彼女は扉を開けるなり教壇に立っている謎の教師(多分)と目が合い、扉を開けた姿勢のまま呆然と立ち尽くした。クラスメイト達はゴクリと息を呑む。

そのまま、そのまま何事もなかったように教室に入り席に着け! クラス全員が団結をみせている中、彼女は無言のままピシャリと扉を閉める。どうしたと誰もが思っていると、廊下から甲高い声が響いてきた。

「政宗、大変! 教室に河童がいるぅぅううう!」

河童。間違いなくこの教師のことを言っているのだろう。確かに……河童に見えなくもない。廊下で叫ぶ華那に隣のクラスの担任が「煩いぞ!」と怒鳴り声を上げていた。だが本人は懲りていないようで、「だって教室に河童がいたら誰だって驚くでしょ!?」と怒った教師を逆に責め立てている。教師は対話不可能と判断したのか、近くにいると思われる政宗に「伊達、こいつをなんとかしろ!」と荒い口調で助けを求めていた。ということは、政宗も一緒だったのか。

「―――河童なんかいるわけねえだろうが。ありゃ架空の生き物だぜ?」

と疑わしげな声で話しながら扉を開けて教室に姿を現したのは政宗で、彼も同じように教壇に立つ教師と目が合うと、まるで喧嘩を売るような鋭い目つきで睨みつける。教師はそんな政宗を「ドウシタンデスカー?」と不思議そうに眺めていた。ただならぬ政宗の雰囲気に、クラスメイト達はビクビクと怯えだす。こういう場合先に目を逸らしたほうが負けとよく言われるが、意外なことに先に目を逸らしたのは政宗のほうだった。彼が後ろにいる彼女に話しかけたためである。

「Hey ありゃ河童じゃなくてただのハゲだろ?」

瞬間、クラスメイト全員が凍りついた。言ってはならぬことを政宗がサラリと言ってしまったからだ。この男が教壇に立ったとき、生徒全員は男の頭部が河童のようになっていることに気づき呆然としていた。見たくなくても目が自然と頭部を追ってしまう。だが決して頭部のことに触れてはならない。

生徒達は直感的にそう思った。あそこまで大胆なものならば隠す真似もできないだろうに。きっと本人も気にしているはずだ。生徒達のせめてのも優しさだった。しかしそんな生徒達の思いやり精神を知るはずがない二人は、言ってはいけないと思っていたことをサラリと言ってしまった。自分達の努力が水の泡と化す。これで腹立たないわけがなかった。誰もが机に座りながら、ゴゴゴゴゴと怒りのオーラを発していた。

「……ところでこの人誰? 一限目は英語の授業だよね、先生の姿が見えないんだけど」

いつもと違う先生がいることで、、華那は訝しげに首を傾げる。いつもと違う教師が教室にいると、どこかソワソワとして落ち着かない。

「今日ノ授業ハ自習デース! 私ハ皆サンヲ監視スルヨウニ言ワレテ来タザビート言ウ者ネ。最近ココニ赴任シテキタバカリデ、ワカラナイコトダラケデース」
「……政宗と微妙にキャラが被ってるね」

ザビーという教師を見ながら、とんでもない一言を言った。政宗もショックを隠し切れない様子で、青ざめた表情で愕然としている。そりゃこんないかにも変人チックな外人教師と天下の伊達男が一緒にされたら、政宗だって傷つくしショックだろう。

「よく見ろ! オレとあんなハゲのどこが被ってんだ!?」

あ、また言ってはいけないことを。クラスメイト達はまたもや凍りつく。ハゲハゲと連呼されれば誰だって不快に思う。ましてや本当にハゲている人は、どんなに小さな声でも「ハゲ」と言われれば気づいてしまうのだ。必死になって否定しようとしている政宗には悪いが、喧嘩で勝てるとも思っていないが、ちょっと一発殴らせていただきたい。そして黙っていて欲しいと思います。

「似てるでしょう、英語と片言ってあたりが。案外話が合うかもしれないよ?」
「あんなやつと話が合うやつなんて、この星の人間じゃねえ!」
「―――貴方達はザビー様の愛がわからないのですか!?」
「…………え?」

教室にいたクラスメイトの一人が急に立ち上がり、扉付近で言い争う二人に向かって怒鳴り始めた。どちらかというと大人しい、地味な丸眼鏡をかけている男子生徒である。普段から大声など滅多に上げず、名前を聞かれれば咄嗟に出てこない地味さだ。その彼が大声を上げたとなると、クラス全員が目を丸くするのも無理はない。ザビー……様?

「なに崇め奉ってんの!?」
「ザビー様の愛を、身をもって知るのです。この世は全て愛なのです!」
「ソウデース。コノ世ハ全テラヴアンドピースナノデース!」

教室の空気が異質なものへと変化した。ザビーとその男子生徒を中心に世界が回り始めた証拠なのかもしれない。置いてけぼりのクラスメイト達は、各々したいことをすることにした。本を読む者お喋りをする者寝る者など様々だが、ザビーの存在は無視するという概念だけは一致している。

「案外お前と話が合うんじゃないのか。宇宙人と交信するの得意だろ、華那」
「それどういう意味よッ!」

一方政宗達は、隣のクラスで授業をしている先生が煩いと注意するくるまで、延々と言い争いをしていたという。

完