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イチゴ柄のかわい子ちゃん

それは私達がまだ、今よりもずっと子供だった頃のお話。

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息が荒い。心臓がいつもより早く鼓動し、血液が猛スピードで全身の血管を駆け巡っていくのが、手に取るように感じられた。身体は激しい熱を帯び、口から吐き出される息すら灼熱の太陽のようだ。周りの音は自身の心音で掻き消され、まるで一種の無音の世界にいるような錯覚を覚える。目まぐるしい速度で変わる光景も、政宗にそう思わせる遠因かもしれない。

政宗は走っていた。走っていたと、そんな生易しい表現ではないかもしれない。額からは汗が流れ落ち、その瞳は鋭く開かれ血走っていた。髪も激しく走っているせいかかなり乱れている。だが今の彼は「そんなことに構っている余裕がない」、そう言わんばかりの表情をしていた。

彼には形振り構っている暇などないのである。何故なら彼は追われているのだ。見えない何者かに、しかし肌で気配は感じることができる距離にいる何者かに。姿は見えないのに近くにいるとわかってしまうから性質が悪い。周囲に自分以外の者の姿はない。だが彼の直感めいたものが近くにいる警鐘を鳴らしているのだ。どこに潜んでいるかわからない。だから彼は必死に駆けていたのだ。その気配が消える場所に向かって―――。

どうしてこうなったのか。どうして本気で走り回る羽目になったのかと、政宗は酸素不足の頭を回転させ考えた。しかし答えは見つからない。代わりに全力で走る自分が馬鹿らしく思えただけだった。

――おにごっこでぜんりょくしっそうなんて「くーる」じゃねえ!

政宗は短く舌打ちすると、サッと辺りを見回し鬼の気配がないか確認する。ここまで走れば大丈夫だと思っていたのだ。しかし政宗の期待は裏切られた。微かだが鬼の気配が確かに感じられたのである。先ほどから付き纏うように離れない鬼の気配。足の速さには少し自信があるだけにどこか腹立たしい。

――どこだ。どこにひそんでいる……!

政宗は足を止めた。おぼろげな気配を確固たるものにするため、より正確に気配がする場所を探ろうとしたのだ。まだ幼いながらも将来はこの伊達組を率いる立場にある者故、日頃から欠かさず鍛錬をしている。だがその成果をこんなくだらないことで使うことになるとは。政宗はおろか、彼に教えている者達すら想像しないだろう。早鐘の心臓を押さえつつ耳に神経を集中させ、どんなに小さな音でも聞き逃さないように構える。しばらくの間のあと、政宗の耳は背後で揺れる草の音を確かに聞き取った。

「―――まさむねみつけたァァアアア!」
「あまいぜ華那!」

背後の茂みから姿を現した華那は、政宗の身体に触れようと右腕を伸ばしながら駆け出した。しかし振り向いた政宗は余裕の笑みを浮かべている。まるで華那が現れることを予知していたかのようだ。

突進してくる華那をひょいと避けると、そのまま反対方向へ駆け出した。政宗を確実に捕えられると確信していただけに、華那は伸ばした腕を見ながら呆然としてしまう。だがまた逃げようとした政宗の姿を捉えると、華那はこんどこそと思いながら再び彼を追いかけた。

政宗の脚力にはなんとかしがみ付いているが、何分彼は悪知恵がよく働く。ただ単に華那が猪突猛進だからなのかもしれないが、ちょこちょこ逃げ回る政宗に対し華那はひたすら真っ直ぐ追いかける一転集中型だった。捕まえたとおもえばスルッと逃げ出してしまう。いつももう少しのところで政宗は華那の攻撃をかわすのだ。そのたびに彼は余裕の笑みを浮かべている。華那からすれば腹が立つ以外の何物でもない。

鬼ごっこが始まってどれくらいの時間が過ぎただろう。最初から本気だった華那の疲労はかなりのものだった。一方政宗も最初こそ余裕だったものの、本人も気がつかない間に本気になっており、その疲労は華那ほどではないにしろかなりの域に達していた。

「……いいかげん「おに」こうたいしてよぅ!」

ずっと「鬼」をしていたせいか、華那は鬼役に飽きかけていた。確かに鬼ごっこでずっと鬼をやるのはつらいものがある。こういう遊びでは運が悪いとずっと鬼をやる羽目になることが多い。例えば自分の足が遅い、または相手の足が速くて追いつけないと、まぁ理由は様々である。だが自分の姿を見て逃げられるのは、子供に限らず結構泣きたくなるものだと思う。

だがここは少々特殊な華那だ。彼女の場合「泣きたい」「淋しい」という感情ではなく、「怒り」という感情が先に姿を現したのである。華那はキッと目を細めると、自身すら信じられないほど走る速度を上げた。一体どこにそんな体力が残っていたのかと疑うくらいだ。背後から迫り来る異常な気配と足音に、政宗は足を止めずに背後を振り返る。

「まさむねかくごォォオオオ!」

そう叫ぶなり華那は政宗の頭部目掛けて、いきなり蹴り技を繰り出した。大人すら感嘆してしまう見事なハイキックである。さすがに蹴り技がくるとは予測できなかった政宗だが、そこは自身の運動能力の高さ故か、咄嗟のところでなんとかかわすことができた。身体を横に倒すことで華那の攻撃をかわした政宗だが、ある一点が視界に飛び込んできたことで事態はややこしい方向へと転がった。見えてしまったのだ。ひらひらと揺れるスカートの中から現れた、イチゴ柄の可愛らしいパンツが。

政宗は大きく目を見開き、視界に飛び込んできた光景に絶句した。身体だけでなく思考も停止してしまったようだ。それが原因で政宗は受身を取ることができず、結果としてそのまま地面に倒れこんでしまったのである。

「どうしちゃったのまさむね?」
「………なんでもねーよ」

政宗としては自分が地面に伏せている姿は見られなくなかった。特に好きな女の子には、こんな情けない格好は絶対に見られたくない。だがその原因が好きな女の子のパンツを見ちゃったからという、それ以上に情けなくも恥ずかしい理由だった。どっちにしても正直に言えるはずがない。

それになんだイチゴ柄って。……いくらなんでも今のは反則だろう。可愛すぎだ。

完