一番欲しいものはなんですか? 真っ暗な部屋に、蝋燭の柔らかくも小さな灯りが揺れる。その部屋には何人もの男達が、お互いを囲むように円になって座っていた。真っ暗でよく見えないが、誰もが真剣な表情を浮かべている。 「……そろそろ例の計画を実行に移さなくてはいけなくなった」 この部屋の外にいる人間には聞かれたくないのか、その声はとても小さく潜められていた。リーダー格と思われる男はそう言うと、ぐるりと部屋中にいる男達を見回していく。男達は彼の気迫に飲まれたのか、ごくりと生唾を飲み込んだ。 「なにがなんでもこの計画をターゲットに知られてはいけない。そのため常に隠密に、且つ迅速に実行する必要があるわけだ。もしターゲットに会ったら、我々はどうすればよいと思われるか? 答えてみろ、戦闘員Aよ」 リーダー格の男が、すぐ傍に座っていた一人の男を指した。指名された男は緊張した面持ちで、しかしなるべく声を潜めることを意識しつつ口を開く。 「はっ! ターゲットに接触した場合は、この計画を悟られないように常に平静を装うこと!」 男の答えに満足したのか、リーダー格の男は口端を歪ませた。 「そうだ。ターゲットは非常に人間の心理に敏感だ。少しの変化でも瞬時に察知し、警戒心を高めてしまう。故に我々は何があっても、何を訊かれても平静を保たねばならない」 僅かに動揺しただけでもターゲットは気づいてしまう。もし何かしら察しられてしまったら、この計画は一瞬で泡のように消えてしまう可能性を秘めていた。それでは一ヶ月前から水面下で進めていたこの計画の意味がない。この計画を成功さすには、自分達以外にこの計画の存在を知られてはいけないのである。 「ではこの計画を実行するにあたり、必要不可欠な物があるわけだが……。何がいいかそれぞれ考えてきたか?」 「はい、自分はくまちゃんが良いと思われます!」 一人の男はくまちゃんが必要不可欠なものだと挙げた。しかしもう一人の男は。 「自分はお人形が良いと思われます」 とも言った。リーダー格の男は小さな唸り声をあげ、二人の男が言った案に頭を悩ませる。両方共とても魅力的で申し分ない。どちらもターゲットには有効だと思われる、のだが。しかしリーダー格の男はどこか腑に落ちなかった。何かが、何かが足りないと思うのだ。魅力的なのだが、ピリッと効いたスパイス的な刺激が足りないのである。 「他には何かあるか?」 「私はお菓子が良いかと思われます。ターゲットに有効なことは確認済みですし、これならあとに残らないぶん後々の憂いをなくせるかと」 「なるほど。双方にとって利害が一致するということだな」 お菓子なら食べてしまえばあとに残らない。あとに残らないということは、どこに収納するか考える手間が省けるということである。くまちゃんや人形だと、後々これらをどこに収納するか考えなくてはいけないのだ。意外とこれが面倒臭いのである。 「って結婚式の引き出物やお中元のようなことを、我々が考えなくてはいけないのか?」 「しかしターゲットは普通の子供が喜ぶような物を、果たして喜ぶでしょうか?」 「うーん……」 そう言われれば確かに、とリーダー格の男は頭を悩ませる。今回のターゲットは普通の子供の感覚とは少しズレた部分を持ち合わせているのだ。突拍子もないことをやってのけるのはしばしば、あまりに大胆かつ奇天烈な行動には何度も驚かされている。そんな予測不可能なターゲットに、果たして普通の子供を基準とした物が通用するのであろうか? 「しかしあまり時間がないことも事実。迷っているヒマはな―――」 リーダー格の男の声がふいに途切れた。その代わり部屋中に白い閃光が広がっていく。男達も眩い光に目を眩ませ、おもわず目を閉じてしまった。ずっと暗闇にいたせいで目がそれに慣れてしまっていたためである。暗闇でしか生きられないものが、急に日の光を浴びて動揺するかのように、部屋中に「眩しい!」という悲鳴が木霊した。そんな彼らを一喝するように、鋭い怒号が響き渡る。 「何やってんだテメェら! こんな真っ昼間から部屋を締め切りやがって!」 凄い剣幕で叱責するのは―――小十郎である。彼に睨まれ動けなくなってしまったのは、リーゼントやスキンヘッド頭をした伊達組の野郎達と成実だった。成実はつまらなそうに口を尖らせ、自分達を見下ろしている小十郎に文句を言った。 「ちぇー。折角「悪の組織の怪しい会議」みたいなことをやってたのにー」 「いい年した大人、しかも野郎共が集まって何やってんだ……」 成実の文句に小十郎は眉を顰める。さっきまでの怒りが嘘のように、今度は呆れに変わっていた。 「第一こんな暗幕どっから持ってきやがった、それに蝋燭も」 和室の部屋に似合わない暗幕が部屋中を覆っていた。どこからこれほど大量の暗幕を用意したのか、小十郎には見当がつかない。暗幕で覆われた部屋は、まだお昼だというのに完全に日光を遮断していた。外からなんともいえぬ不思議な光景で、たまたま部屋の前を通りかかった小十郎でさえ目を見張ったものだ。おもわず怒鳴り声をあげながら部屋に足を踏み入れてしまうほどに。 「何って政宗が用意した怪談話セットだよ。夏になるとこれ使って怪談大会していたよな。ずっと昔からあったぜ?」 あっけらかんと答える成実に、小十郎は耳を疑った。こんなものがあったという事実も知らなかったし、こんなものを使って怪談大会を開いていたという事実も知らないのだ。 「当たり前ですよ。小十郎様がいないときにやっていましたからねー。……ああ!?」 戦闘員Aと呼ばれていた男は笑いながらこう答えたが、すぐさま顔色を青くさせ慌てて自身の口を塞いだ。小十郎がいないときに、ということは彼に知られないようにこっそりとやっていたということになる。つまり小十郎には秘密、言ってはならないという決まりでもあったのであろう。現に成実もしまったと口を塞いでいるし、他の男達もやってしまったという顔をしている。小十郎はニヤリと恐ろしい笑みを浮かべた。 「その件に関しては後だ。今は何をしていた?」 今は冬。怪談話をやるなら夏だろうし、となることこのセットの出番はない。 「蒼華へのクリスマスプレゼントは何がいいかっていう話をしていただけだよ。俺らがサンタになってこっそりとプレゼントをあげる予定」 「でも何をあげようかなかなか決まらなくて……」 意外と普通、むしろほのぼのとした会議内容に、小十郎はなら普通にしろと突っ込みをいれた。もうすぐクリスマスなので、成実達は蒼華に内緒でプレゼントをあげようと計画していた。しかし何をあげたらよいかなかなか決まらず、こうしてずるずるいくうちにクリスマスまで残り一ヶ月少しになってしまったのだ。さすがにそろそろ決めないことにはまずい。だが相手は華那と政宗の子供だ。一筋縄ではいかないだろう。 「小十郎は何がいいと思う?」 「俺か? そうだな……もうすぐ小学校に入学ということも考えて、勉強セットを贈るっていうのは」 「却下!」 小十郎の言葉を遮って、全員が「却下」と声を揃えて叫んだ。 「華那と政宗の子供だぜ? 絶対に勉強は嫌いだとみた」 華那と政宗に共通する事柄は、共に勉強が嫌いという点だ。だがここでも差があって、政宗は勉強しなくても勉強ができるタイプなので成績は常に上位だった。華那にはそんな天才の才能はなく、勉強をサボればサボったぶんだけ成績が下がっている。蒼華がどちらのタイプかわからないが、自由奔放な彼女だけに勉強が好きとは思えない。 「やっぱりくまちゃんですってばー」 「お人形さんだろ! 蒼華ちゃんも女の子なんだし」 「お菓子だって! お菓子なら場所も取らないし華那さんも喜びますって」 堂々巡りを続ける会話に、小十郎はそっと部屋を後にした。大の男がくまちゃんだろお人形だろと言い合っている姿に、なんだか居た堪れなくなったのだ。 *** 「ところで蒼華はサンタさんに何をお願いしたの?」 フローリングの床にうつ伏せになって、さっきからクレヨンでお絵かきをしている蒼華に華那は声をかける。蒼華はクレヨンを走らせていた手を休め、すぐ傍にしゃがみこんでいる母親を見た。 サンタさんと言ってもその正体は父親である政宗で。でもそんな夢のない話をまだしなくてもよいと華那は思っている。成長すれば否応なしにそういうことは自然と知ってしまうものなのだ。無垢な蒼華はまだ知らない。この質問こそが親が子供に探りを入れているものだということに。蒼華は純粋にサンタさんへと思い込んでいるのだ。 華那の質問にソファに座っていた政宗もそちらに目をやる。無茶苦茶高いものでも買えるだけの余裕ある生活をしているが、そんなことすると華那の大目玉を食らってしまう。子供の教育に悪いから、という理由で。でも子供が欲しがるものなんて高が知れている。華那も政宗も新しい玩具だと思っていたため、そこまで心配はしていなかったのだが。 「したぞ! ……きょうだいをくださいっておねがいした!」 「…………え?」 華那と政宗の目が一瞬で点になった。フリーズしている大人達を他所に、蒼華は無邪気に話を進めていく。その内容とは近所に住むお友達が、去年のクリスマスに蒼華と同じことをサンタに頼んだのだという。すると一年後になって、その願いが叶ったのか妹ができたと話していたのだ。すっかりその話を信じた蒼華はお姉ちゃんとなったそのお友達のやり取りを見ているうちに、自分も欲しくなったのだという。 「そのお宅も……やるわね」 偶然にしろなんにせよ、子供のお願いはちゃんと叶ったのだ。華那は少しだけ顔を赤らめながらも、おもわず感心してしまっていた。しかしそのお願いだけはどうやっても叶えてやれない。 「うーん。でもそのお願いは今のサンタさんには無理かもしれないわね」 「なんでだ!?」 「サンタさんも忙しいから」 ちなみに華那が言うサンタとは政宗ではなく、正真正銘本物のサンタのことだ。金銭的なもので買えるプレゼントならなんとかなったが、金銭的なもので買えないプレゼントはさすがに無理である。愕然とする蒼華に、華那は困ったように苦笑してみせた。 「だから念のために、もう一つかんがえて―――」 「その必要はねえだろう? 安心しろ蒼華、その願いはきっと叶うぜ」 「は!? ちょっと!?」 「やったー!」 無邪気に喜ぶ蒼華を横目に見ながら、華那は政宗に抗議の声をあげた。その顔には信じられないと書いてある。政宗はというとこれ以上ないほど活き活きとした笑みを浮かべていた。それが何年経っても華那には恐ろしい以外何者でもない。ソファに座っていたはずの政宗は、いつの間にかそっと華那の背後に忍び寄っていた。華那の耳元にそっと息を吹きかけると、それだけで華那は苦しそうに眉間にしわを寄せる。 「蒼華のためにも、頑張らないとなァ」 「が……がんばるってなにを?」 「子作り」 「しない! 絶対にするものかー!」 *** 「だから絶対にくまちゃんだって」 「いやいや、お人形さんだろ。着せ替え付きのやつ」 「お菓子だと思うけどなー」 蒼華が何をお願いしたか知るはずもない面々は、未だに何を贈るかで言い争っていた。 おもちゃを売っているお店は一通り見て回ったし、クリスマス用のカタログだって飽きるほど見た。しかし一向に決まらず、歯がゆい思いをして既に数日が経過している。何にしようか決めかねた成実は、子供のことならなんでもお見通しと思われる母親に救いの手を伸ばしたのだった。 「……こういうわけなんだけど、蒼華が何を欲しがっているか知らない?」 蒼華には内緒で、伊達組一同からクリスマスプレゼントを贈ろうと計画していることを、華那に説明し終えた成実は縋るような眼差しを華那に向ける。華那は皿を洗う手を休め、ダイニングテーブルに座る成実に向き直った。が、振り向いた華那は成実と似たような表情を浮かべていて、これには少なからず成実も驚かされる。 華那なら蒼華の欲しいものを知っているだろうと、何故か確信していたためである。子供に限らず人間というものは物欲が止まらない生き物だ。あれもこれも欲しいと思うが故、蒼華にも欲しいものが二つ三つあってもおかしくない。 「……そうね、金銭面でなんとかなるなら、もうどんなものでも買い与えてもいいって思えてくるわ」 「え、華那どうしちゃったの? 蒼華は何を欲しがっているの?」 華那の口ぶりからすると、蒼華が欲しがっているものはお金では買えないもののようだ。それもただお金で買えないものではなくて、何かとっても難しいもの。華那が困るくらいのものを蒼華は要求したのだろうか。とにかく華那の様子が尋常ではない。 「成実だったらどうする? クリスマスに何が欲しいって訊いて、弟か妹って答えられたら」 「……………兄か姉って言われなかったぶんマシと思う」 突拍子のない質問に、成実はどこか気の抜けた声でボケ返してみるが、華那の鋭い睨みと「真面目に答えて」と頬に書かれていたこともあって口を噤む。彼は子供ならよくあるかもしれない欲しいものに苦笑した。 「蒼華も欲しがるんだー。で、どう答えたのさ?」 その顔は興味で活き活きとしている。あきらかに好奇心からきている態度だと知ると、華那は若干眉を顰めつつも素直に事の顛末を説明した。 「いいじゃん二人目。つくっちゃいなよ」 「ヤだ。ただでさえ世話がかかる人間が二人もいるもん」 「二人って一人は蒼華として……もう一人は政宗?」 「そ、まるででっかい大型犬。おかげでペットも飼えやしない」 大型犬というのは実に華那らしい的確な表現だと成実は思う。政宗は頼りになるといえばそのとおりなのだが、時に子供や大型犬のようだと思うことがあると華那は言った。子供のようなイタズラは平気でするし、ペットのように甘えてくるときもあるのだという。あまり深く想像しないほうがいいと踏んだ成実は、慌てて話を蒼華のことに戻す。 「で、蒼華が欲しがっているものは当然ながら一人じゃ無理なわけで。政宗はなんて答えたの?」 「そっちのほうが問題なのよ。政宗がその気になりつつある」 「ありゃりゃ、お盛ん」 「勿論、本気で嫌って言えば大人しく引き下がるわよ」 こういうことに関して政宗は無茶をしない。それは華那の気持ちを尊重し、愛している証である。相手の気持ちを第一に考えるからこそ、どんなときだって政宗は強行しないのだ。が、華那はこっそりとたまにならあったけど、と付け加えた。 「ってことは、華那も本気で嫌がっていないってこと?」 成実の疑問に、華那は眉間を八の字にさせる。彼女自体も困惑しているようで、うーんと短く唸った。 「そこが私自身もわからないのよ。だから困っているわけで……」 本気で嫌がっていないからこそ、政宗も調子に乗って押せ押せってなっているわけね。成実は簡単にその光景が想像できたせいか、クツクツと声を殺しながら笑う。このあたりの光景はきっと昔から変わっていないのであろう。昔と違って華那はだいぶ変わってしまった。当たり前だが悪い意味ではない。言動から子供っぽさが若干消え、落ち着いた女性へと変わったという意味である。可愛いから綺麗へ、こんなことばが成実の脳裏に過ぎる。 蒼華が生まれてからは母親としての自覚も生まれたせいか、今では政宗ですら華那に逆らえないことが多々あるくらいだ。なんというか、貫禄である。 「あれから何度も、他に欲しいものはないかって訊いてもいらないって言うし。正直お手上げよ」 むしろ成実から訊きだしてほしいくらいだわ、と華那は溜息とともに言い捨てる。 「んじゃ例に訊いてみるかなー……。蒼華は?」 「政宗と一緒に買い物よ。もうじき帰ってくるんじゃないかしら」 いたらこんな会話できないわよ、と華那は苦笑しながら呟いた。サンタを信じている蒼華がこの場にいたら、サンタになろうとしている自分達の計画が筒抜けになってしまうからである。成実も華那と同じ考えで、サンタの正体は自分の親だということを教えるつもりはない。こういうことは自然と知るものであり、なにも自ら夢を壊さなくてもよいと思うからだ。 「さて、どうしたものかしら……」 結果的に成実も玉砕してしまうのだが、それはまた別のお話である。 完 ← |