未来編 | ナノ

ようこそ我らが学び舎へ

女の子は走った。女の子が廊下を駆け抜けていると、彼女の姿を目にした生徒達が揃って驚きの声を発した。なんでこんなところに小さな女の子が? この子は誰なんだろう。みんなが口を揃えて不審がっていることを気にも留めず、女の子は走り続けた。

無我夢中で走り続けていたら、いつの間にか校舎を飛び出し中庭と思われる場所に出ていた。太陽の光が眩しくて、おもわず目を細める。時間は丁度お昼時、そして散々走っていたせいで女の子の腹の虫が小さな泣き声をあげた。

天気も良いことだし、ここらでお昼にしよう。女の子は辺りを見回し、物陰にサッと身を隠した。背負っていたリュックサックをおろし、中からアルミホイルに包まれた大きなおにぎりを一つ取り出すと、大きく口を開けてガブリとおにぎりに噛みついた。こういうこともあろうかと、予め用意しておいてよかった。

女の子の視線の先には、両手を大きく広げて、燦燦と降り注ぐ太陽の光を一身に浴びている男子生徒が見えた。一体あの男は何をしているのだろうか。女の子は食いつかんという勢いで様子を窺っている。男子生徒は特に何もしていない。ただ両手を広げて突っ立っているだけ。それのどこが楽しいのか女の子には理解できずにいた。

自分も彼と同じことをすれば面白さがわかるかもしれない。そう考えた女の子はゆっくり立ち上がると、忍び足で男子生徒の傍に近づいていく。人間一人分くらいの間を取ると、女の子は見よう見真似で両手を空に掲げだした。太陽の光が眩しい。

「………む? 貴様、何をしている?」

男子生徒は自分の傍らにいる女の子の存在にようやく気がついた。どうしてここに子供が? ただ立っているだけならすぐさま追い払うところだが、この女の子は自分と同じく日輪に祈りを捧げているではないか。この学校内で日輪に祈りを捧げる者は彼―――元就以外存在しない。だからなのか、少しだけ興味が湧いた。柄にもなく声をかけてみる。

「おにいちゃんは何をしているの?」
「……我の質問に答えぬか」
「私はおにいちゃんの真似をしているだけだもん。だからおにいちゃんは何をしているの?」
「………我はこうして日輪に祈りを捧げているのだ」
「じゃあ私もにちりんにお祈りしてるの」

真似をしているだけ。その言葉に少しだけ落胆にも似た感情が元就の中に生まれた。てっきり日輪に祈りを捧げる同志と出逢えたかもしれないと思ってしまったのだ。だが待て。いっそのことこのまま同志にしてしまうという手があるではないか。何も知らない子供に日輪の素晴らしさを叩きこめばよいのである。真似をするということは、少なからずこの行為に興味を示している証拠だ。

「貴様、名は何と言う?」
「………蒼華だよ」
「そうか、ならば蒼華。我が特別に貴様に日輪の素晴らしさを教えてやろうではないか」
「にちりんの素晴らしさ?」
「そうだ。いいか、よく聞くのだぞ……?」

太陽の光をその身に浴びながら、元就による日輪講座が幕を開けたのであった。

***

「あら、華那に伊達君じゃない。貴方達も食堂でお昼?」

ようやくお昼ご飯にありつけ、政宗と華那が談笑しながら食事をしていたときだ。すぐ傍で聞き慣れた声が聞こえ、顔を上げると元親と遥奈の姿があった。二人も食堂でお昼を食べることになったようである。

政宗と華那は自分達が座っている席を詰め、人が座れるだけのスペースを作った。元親と遥奈は一言お礼を言うと、元親は政宗の隣へ、遥奈は華那の隣へと腰をおろす。

「珍しいね、遥奈も食堂でお昼?」
「元親のおごりなの」
「長曾我部……オメー今度は何をやらかしたんだ?」
「俺は何もしてねえ! ハイエナに捕まった被害者だっつーの」

元親のおごりだからこそと、遥奈はここぞとばかりに食堂でも値段の高い定食を注文していた。対して元親は食堂でも一、二を争う値段の安い(その分量も少ない)定食だ。おかずの豪華さや量の違いがはっきりしすぎていて、見ている方が悲しくなってくる。元親はというと、今日は手持ちが少ないっつーのに……とぶつぶつ愚痴っていた。

「にしても今日は元気ですね元親先輩。四時限目は明智先生の授業じゃなかったんですか?」
「それなんだけどよ、なんか明智の野郎が奇声あげながら生物室を出てったきり行方不明とかで、自習になったんだよ」
「なんだよそりゃ……相変わらず妙な野郎だぜ」
「妙といえば……ここに来る前、妙な子と遭遇したわ」
「妙な子?」

政宗と華那の声が重なった。

「小学生くらいの女の子。職員室に連れて行こうとしたんだけど、逃げられちゃったのよね」
「そりゃ遥奈が不審者だの言ったせいだろ。完全に怯えてたぞあのガキ」
「あら、不審者を不審者って言って何が悪いのよ?」
「ガキには言い方っつーもんがあるだろうが!」

怒鳴りながらおかずにぐさっと箸を突き刺す元親に、遥奈は澄ました表情を崩さずに味噌汁をずずずっと啜った。光秀の言動が変態の域なのはいつものこととはいえ、遥奈のいう妙な子のことは少しだけ引っかかる。

「まあ! 遥奈さんもその子を見たのですか?」
「ってまつおねえさんも見たんですか?」

まつが四人が座る隣のテーブルをふきんで拭いていると、あの子のことらしき話が偶然耳に入ってしまった。盗み聞きはよくないとわかっているが、この話だけは聞き捨てならない。まつも利家も、あの子がその後どうなったか気にしていたからだ。特に明智光秀が絡んでいる以上、あの子の身が本気で心配だった。まつの反応に#nname5#は意外そうに目を丸くさせる。

「なんでも両親には内緒で、お二人がいる学校に遊びに来たと言っておりますれば。ですが途中、明智先生に追われる羽目になってしまったとかで……」
「だから学校中を逃げ回っている? ……それよりその子の両親がここにいるってことは、あの子は教師の娘?」
「でもよ遥奈。夫婦共に学校関係者は魔王とその嫁サンくらいだぜ? あの夫婦に女のガキがいるって話は聞いたことねえぞ」
「……それより、その子明智先生に追われているんだよね? 大丈夫かな、明智先生に捕まるとどうなるか、すっごく心配なんだけど!」

華那はかつて明智光秀に捕まり、この世のものとは思えぬそれはそれは恐ろしいお仕置きを受けたことがある生徒の一人だ。経験者は語るというか、恐ろしい目に遭ったことがあるからこそ、その子の身がとても心配になってきた。

「あの明智だからな……なんともいえねえ……と、悪ィ電話だ。……Hey 小十郎、どうした?」

小十郎が電話をかけてくるなんて珍しい。政宗が学校にいる間は極力電話をかけないよう普段から心がけているからだ。小十郎から電話があった場合、大抵何か厄介事が起きたときなので、華那は不安そうに電話をしている政宗を見ていた。が、電話をしている政宗の表情が見る見るうちに曇っていく。何かよくないことが起きたのかもしれない。自然と華那の表情も硬くなった。

「………華那、拙いことになった」
「な、なに!? またどっかの組が攻めてきたの?」

電話を終えた政宗が華那に向き直る。#name2は#ごくり、と生唾を飲み込んだ。政宗の異常な様子に元親と遥奈も表情を硬くし、政宗の次の言葉を待っている。

「………あのガキが逃げた」
「逃げたァ!?」

小十郎からの電話は蒼華が屋敷から逃げ出した、というものだった。素性の知れぬ子供故、政宗は蒼華に一人での外出を禁止した。それが屋敷に好きなだけいてもいい条件である。外に行くときは小十郎か綱元、成実が必ず付きそうということであの場は丸く収まった。

それなのに蒼華は何回かその約束を破っている。それも決まって政宗が屋敷にいないときにだ。逃げ出したといっても知らぬ間にひょっこりと屋敷に戻ってきているものだから、正直なところ政宗達も手を拱いている。戻ってくるということは、屋敷に帰る意思があるということだからだ。戻ってくる意思がないのなら、そのまま出ていってしまえばいいだけのこと。それなのにあの子は必ず晩御飯前には戻ってくる。そのたびに説教をする政宗の身にもなっていただきたい。

「ねえ、話の腰を折って悪いんだけど、あのガキって誰?」
「ああ、遥奈達は知らないか。えっと……訳あって政宗の屋敷で預かっている……政宗の親戚の子」

親戚の子と説明しておいた方が何かと楽だ。わざわざどこから来たのかわからない不思議な子と正直に説明する必要はない。本当のことをいえば話が余計にややこしくなる。

「Yes 慣れない土地で子供一人っていうのは危ねえだろ。だから小十郎達が常に見ているはずなんだが、あのガキはあいつらの監視の目を掻い潜るのが妙に巧くてな。今もちょっと目を離した隙にいなくなったらしい」

華那の考えが読めた政宗も話を合わせる。本当のこととはいえ、余計な情報は更なる混乱を招くだけだ。いま重要なのは政宗が預かっている子供が屋敷から逃げ出した、これだけで十分である。

「逃げ出したとは随分と物騒ね。伊達君、ちゃんと面倒みてる? 妙なことしてないわよね?」
「するか! このオレがあんなちんちくりんなガキに食指が動くわけねえだろ。まあ逃げたっていってもいつも晩飯前には戻ってくるんだよな……。今回もそうだと思うが、いまの世の中何があるかわからねえしよ。野郎共が必死に捜しているらしいが……」
「ちんちくりんのガキじゃなかったら食指が動くのかしら……?」
「でも蒼華が行きそうな場所ってどこ? 想像つかないよ、私……」
「―――お、丁度いいところに。おーい、元親!」
「あ? 慶次じゃねえか、どうしたんだよ」

慶次が手をヒラヒラさせながらこちらに近づいてくる。元親につられて遥奈もそちらに目を向けた。しかし今はそれどころではない。政宗と華那は蒼華が行きそうな場所に心当たりはないか、慶次の存在を綺麗に無視して話を続けていた。

「いやさ、さっき中庭を通ったら面白いモンを見たんだ」
「中庭ー? どうせ毛利の野郎が光合成してんだろ」

この時間だとよく元就が中庭で光合成をしている姿がよく目撃される。本人曰く「日輪を崇め奉っている」らしいが、傍から見ると光合成している以外の何物でもない。別に珍しくない光景なので、慶次が騒ぐほどのことでもない。

「話は最後まで聞けって。毛利が光合成しているその横で、小さい女の子も一緒に光合成してんだよ!」
「小さい女の子……ってさっき見たあの子じゃないの?」
「それって遥奈が不審者呼ばわりしたあのガキのことか?」
「なんだ、遥奈ちゃんも見たのか。可愛いよな、あの子。名前はたしかええと……蒼華ちゃんだっけ?」
「蒼華!?」

政宗と華那の声が綺麗に重なった。突然の乱入者に慶次達の肩がビクッと大きく揺れる。

「いま蒼華って言いましたよね、慶次先輩!? 間違いないですか!?」
「あ、ああ……毛利がその子を蒼華って呼んでたから」

ずいっと近づいてきた華那の形相にびっくりした慶次は、反射的に一歩後ろへ後退し距離を取った。

「中庭にいるっつったな? 華那、行くぞ!」
「うん!」

一瞬のうちに食堂を後にした政宗と華那の後ろ姿、その場に残された三人は呆然と見送った。何が怒ったのか全く理解できない。

「つまり私達が見た女の子が、伊達君が逃げたって言っていた親戚の子だったってわけか。とりあえず私達も中庭に行ってみましょうか?」
「でもあのガキ、両親がいる学校に遊びに来たって言ってたんだよな?」
「え、まさかあの子……伊達君の子供?」

それ以上は考えない方が身のためかもしれない。残された者達は瞬時にそう判断した。中庭に行けばきっとあの二人が慌てて出て行った理由がわかるはずだ。遥奈の意見に元親が逆らえるはずもなく、政宗達の後を追った遥奈の後を、元親は渋々追って行ったのだった。

***

中庭の中心で、両手を掲げ太陽に光を浴びている毛利と蒼華の姿を見た政宗と華那は悲鳴をあげた。一番真似をしてほしくない男の真似をしているのだから無理もない。

親御さんのところへ帰るときがきたとして、もし蒼華が日輪信仰者になっていたらどんな苦情を言われるかわかったものではないからだ。二人は慌てて蒼華を毛利の傍から引き離す。

「何やってるの蒼華!? 世の中にはね、信用していい人間と信用してはいけない人間がいるのよ!? そして彼は後者なのよ!?」
「………おい、それが年長者に対する物言いか?」

元就の呟きは鬼の形相で蒼華を叱りつける華那に見事に無視された。蒼華は華那に怒られたことが余程ショックだったのか、怯えた表情のまますっかり固まってしまっている。まるで母親に叱られた子供のようだと政宗は思う。蒼華の様子を見かねた政宗は膝を折り蒼華の頭をポンポンと撫でた。

「毛利の野郎のことは兎も角、なんでこんなところにいやがるんだ? 勝手に屋敷の外に出るなって約束したよな? 小十郎達も心配して、街中捜し回ってる。蒼華の身勝手な行動で多くの人間に迷惑をかけちまった。この意味がわかるよな?」
「………ごめんなさい」

政宗の諭すような口調に、蒼華も自分が仕出かしたことの重みを理解したのだろう。しゅんと頭を項垂れ、いつもの元気がなくなってしまっている。しおらしい態度の蒼華を見て反省していると判断したのか、政宗は彼女の頭を撫でながら陽気な笑みをうかべた。

「ま、やっちまったもんはしゃあねえよな。うちに帰って謝れば小十郎達も許してくれるぜ?」
「……うん!」

政宗の笑顔を見て安心したのか蒼華も明るい表情を取り戻した。そんな微笑ましいやりとりを、少し遅れてやってきた元親と遥奈はなんとも複雑な顔をしている。華那と元就は未だ言い合いをしているし、おまけにその内容は。

「だからあの子に変なことを教えないでくださいって言ってるんです!」
「変なことと申すか貴様!? 日輪の偉大さをその身を持って味わうがいい!」

……うちの子に手を出すなというような意味合いが含まれているような気がしてならない。まるで母親のような態度をとる華那と、父親の態度をとる政宗を目撃してしまえば、この二人のような反応をしてしまうのも無理はない。政宗の親戚の子と聞いていたが、この子は本当にただの親戚の子なのだろうか?

「ねえ、そこのお二人さん。捜していた子が無事見つかってよかったのかもしれないけど、こっちはわからないことだらけなの」

いい加減説明しろ。そうとれる遥奈の物言いに華那はやっと遥奈達の存在を認識した様子である。

「ごめんごめん。この子は蒼華、政宗が訳あって預かっている子」
「でもこの子、両親がいる学校に遊びに来たって言っていたわよね?」
「お、わかったぜ。それってよ、政宗と華那のことじゃねえの?」

パッと表情を閃かせた元親だったが、対する政宗らの反応は冷ややかなものだった。政宗からすれば蒼華の親になった覚えもないし、生むきっかけとなるような行為も覚えがない。それは華那も同じのようで、露骨にしかめっ面をしている。彼女からすれば生んだ覚えがないといったところか。

「ま、親代わりみたいに可愛がっているっていうことでしょ? それより問題はまだ残っているのよ。明智先生の件はどうなったの?」

遥奈が何も言わなければきっとこの場にいた全員が明智光秀の存在を忘れたままだったに違いない。しかし思い出したくないと身体が拒否していることをよくも思いださせてくれたなという恨みがないわけでもない。明智相手では政宗や華那ですら臆してしまう嫌な気味悪さがあるのだ。それこそ元就などとは比べ物にはならない不気味さである。現に蒼華は明智光秀という名前を聞いただけで怯えてしまっている。政宗と華那はなんとか落ち着かせようと蒼華の手をギュッと握った。

「蒼華ちゃん、今すぐ政宗の屋敷に帰るの! いい!?」
「なんだったら小十郎を迎えに寄こしてやっていい。だから今すぐ帰れ、いいな!?」
「……やっぱり蒼華はお前らの子じゃねえのか?」
「Ha?」
「は?」

冗談ながらしみじみと呟いた元親の言葉に、政宗と華那が眉を顰めながら顔を見合わせる。その横では何故か蒼華が安心しきった、どこか嬉しそうな笑顔をうかべていた。親子と間違われたことがそんなに嬉しいのだろうか。政宗と華那は不思議そうに首を傾げたのであった。

完