未来編 | ナノ

Chers Papa et Maman

子供は苦手だ。どう扱っていいのかわからないからだ。昔から子供と目が合うと、しばらくしたのち泣かれた。最初はどうってことなかったのに、次第に顔をぐしゃぐしゃにして、最終的に泣きだすのだ。

別に特に何もしていない。ただ見ていただけだ。どうやら自分の顔は子供受けがよくないらしい。それは国が違うからという理由では片づけられないものだと思う。現に日本に帰ってきても相変わらず子供は彼に近づいてこようとしない。

以前公園で会った子供は珍しく泣きはしなかったが、何故か子供の母親のほうが泣きだしそうだった。そんなに自分の顔は怖いのか。政宗は自分の顔をじっと鏡で見つめてみる。別に怖いところはないと思う。たしかに人より少し目つきが悪いかもしれないが、むしろこれはカッコイイと言える範疇ではなかろうか?

そんな密かな悩みを抱える政宗は、今とてつもなく困っていた。暇だったからという理由で街をぶらぶらしたその帰り、伊達の屋敷の前に一人の女の子が突っ立っていた。彼女は何をするでもなく、じっと屋敷の門を眺めている。年は……小学校高学年くらいか? 一体この子は誰だろう。親戚にこんな奴いたか? 

しかしどうしたものか。女の子は見事に門の前に立っていて、政宗が門をくぐるには彼女のすぐ横を通らねばならない。そうなると嫌でも子供の注意は政宗に向くだろう。なんとなく、居心地が悪い。別に子供を無視してさっさと門をくぐればいいだけなのだが、何故かそれは気が引ける。じゃあどうすればいいんだと自問するが、考える前にいらついてきて考えることをやめた。

何より誰だって自分の家の前に見知らぬ子供がずっと立っていたら気になって仕方がない。っつってもいつまでもここで突っ立っているわけにはいかねえしな……。政宗は覚悟を決めて子供の横を通り過ぎることにした。あえて視線を下げず、不自然なくらい真っすぐ前だけを見る。

女の子がこちらをじっと見てきても無視してやる。誰がなんと言おうが無視するんだ。
誰にも何も言われていないが心の中で意味なく叫んだ。そうでもしないと決心が鈍るからである。

「wait!」

が、政宗がいくら暗示をかけても無駄だった。女の子が政宗の服の裾をぎゅっと掴んだからだ。こうなってしまってはもう無視することはできない。政宗は渋々目線を下げて女の子を見下ろした。女の子はまっすぐ政宗を見上げている。くりっとした丸い目が誰かを彷彿とさせた。

「Ah……オメー、英語が喋れるのか?」

子供にしては発音が流暢だ。学校の授業で習っただけではこうはいかない。しかしパッと見る限りこの子は純粋な日本人だ。ハーフではない。政宗は頭をガシガシかきながら、女の子と目線を合わせるために腰を折った。

「あんた……伊達政宗?」
「Yes……つーかなんでオレの名前を知ってんだ? オメーは一体どこから来たんだ? うちに何か用か?」

子供を怖がらせないようできるだけ優しい声色で話しかける。ここで泣かれてしまっては色々な意味でまずい。傍から見ると人相が悪い男が小さな子供を泣かせたとしか見えないと思うのだ。きっと政宗がいくら弁解しても周囲は納得しないだろう。こういう場面では昔からそうだった。迷子の子供を見つけ声をかけたら誘拐犯と間違われた記憶はまだ新しい。

「もしかして迷子か? うちはどこだ?」
「……帰りかた、わかんない」

女の子はそう言うと政宗にしがみついてきた。こんな小さな子供のどこにこれほどの力があるのか、そう思わされるほど女の子の力は強かった。政宗がその気になれば女の子を引き剥がすことなど造作もない。しかし捨てられた子犬のような目をしているこの子を、政宗は無理やり引き剥がそうとは思えなかった。

「…………Shit! どうすりゃいいんだ?」

どうすればいいか散々迷った挙句、政宗は女の子を屋敷の中へと招き入れることにした。帰りかたがわからないと言った以上、このまま放置するわけにはいかないと思ったからである。女の子は政宗に手を引かれ、大人しく政宗の後をついていっていた。

「あ、政宗おかえりー。どこ行ってたんだよー?」

廊下を歩いている途中で成実に見つかってしまった。できれば誰とも会わず自室に辿り着きたかった。政宗はあからさまに舌打ちをする。成実は政宗の後ろをついて歩いている可愛らしい生き物に目を奪われていた。ぎょっと目を丸くさせたまま固まってしまったようだ。そりゃあそうだろう。政宗が見知らぬ女の子を屋敷に連れ込んでいるのだ。誰だって驚くに決まっている。

「……とりあえず訊いていい?」
「………くだらねえことだと問答無用でぶっ叩くぜ」
「…………一、政宗の新しい彼女。二、政宗の隠し子。三、実はロリコンだった」

成実が言い終わる前に、政宗のストレートパンチが成実の右頬に直撃した。 成実にバレたことを皮切りに、小十郎と綱元にまでバレてしまった。どうすればよいかわからず、とりあえず政宗は成実と小十郎と綱元を客間に召集した。女の子は小十郎が用意したお菓子を美味しそうに貪っている。口の周りはお菓子でベタベタだ。その様子を少し離れた位置から政宗達はじっと眺めていた。

「……どうしたもんかね」
「どうしたもこうしたも政宗が連れ込んだんじゃん!」

成実は政宗に殴られ大きく膨れ上がった右頬をタオルで冷やしながら口を尖らせている。ぷくっと右頬だけ膨れ上がっているせいで顔の形が少し変形してしまっていた。

「政宗様、あの子供は何者なんですか?」
「さあ、オレが聞きたいね。オメーらも知らねえってことは、本当に伊達の人間とは無関係っつーことだな」

自分が覚えていないだけで小十郎達ならこの子を知っているのではないか。そんな淡い期待を政宗は抱いていた。しかし小十郎達の反応を見る限り、その可能性はないということになる。

伊達の人間ではないということは、敵対している組の関係者か? それだと話は厄介だ。この子が自分の意思でここを訪れただけならまだマシだが、もしこの子が何かの意図があって伊達に近づいてきたのならこの子は政宗達の敵となってしまう。政宗の命を狙う者なら子供とて容赦はしない。

肝心の子供はいくら名前やどこから来たのか訊ねても頑として答えようとしなかった。自分のことになると何一つ答えようとしないあたり、何か言いたくない事情があるように思える。

「小十郎も小十郎だ。正体のわからない子供にお菓子を与えるなど。普段のお前らしくないぞ」

綱元の指摘は尤もだ。小十郎の性格からして正体がわからない人間を歓迎するような態度はまず見せない。相手が小さな子供とはいえども、小十郎は全て平等に扱うはずだ。厳しいといえば厳しいが、全ては政宗の身を案じるが故の行動である。

「わかっている。だが……似ていやがるんだ」
「似ている? 誰にだ?」

小十郎は言いにくそうに少し口ごもる。政宗が話すよう目で促すと、ようやくその重い口を開いた。

「その……小さい頃の華那に」
「華那!?」

思わぬ名前に政宗と成実の声が綺麗にハモった。あの子が小さい頃の華那に似ている? 政宗はまじまじと女の子の顔を見つめた。たしかに小十郎の言うとおり、華那に少し似ているかもしれない。あのくりっとした大きな丸い目など、本当に華那とそっくりである。あとお菓子を美味しそうに頬張るところも似ていた。小さい頃の華那に似ているから、小十郎もつい構ってしまったというわけか。

「うーん、たしかに言われてみればどことなく華那に似ているかも。もしかして華那の親戚の子だったりして」
「俺は華那よりも、どことなく政宗様に似ているように思えるのだが……」

綱元の意外な発言に政宗はおもいっきり眉をしかめた。

「オレに似ているだァ? どこへんが似てるっつーんだよ」
「いえ、どこがと言われえば難しいのですが……。なんとなく、です」
「とりあえず、華那に連絡してみようよ。本当に華那の親戚の子なら今頃心配してるかもよ?」

成実の言うとおりだ。政宗はケータイを取り出し、華那に電話をかけた。幸い華那はツーコールで電話にでた。一通りの事情を説明し、少し話した後電話を切る。不安げにこちらを見てくる成実達に、政宗は力なさげに首を横に振った。答えは、ノーということだ。

「華那の親戚の子じゃねえだとよ。でもま、オレ達だけじゃ不安だから様子を見にくるってさ。もしかしたら華那に連絡なしで親戚の子が来ているかもしれねえからな」

結果としてはその可能性もなかった。屋敷の客間を訪れた華那の開口一番は「誰この子?」である。華那が見たことないと言うなら、この子は華那の親戚の子でもないということだ。じゃあ本当にこの子はただの迷子なのか? このままこの子を屋敷においておくのはまずいかも。そんな空気が客間を包み込み始めていた。

「ねえねえ、あなたお名前は? 私は音城至華那っていうの」

お菓子を食べている女の子にそそくさと近づいた華那は、二カッと白い歯を見せて笑ってみせた。女の子は少し考え込む仕草を見せるも、「………蒼華」と小さな声で呟いた。政宗達がいくら名前を訊いても答えなかったのに、華那が訊いたら一発で答えた。政宗達は軽い驚きを覚えつつも華那にもっと聞き出せと目で合図を送る。その合図に華那は困惑しつつも、小さく頷いてみせた。

「ええと、蒼華ちゃんはどこから来たの?」
「近くて遠いところ」
「ち、近くて遠い……?」

それは一種の比喩表現なのだろうか? 蒼華の言う「近くて遠い」の意味がわからず、華那は目を点にさせた。助けを求めて政宗達のほうを見るが、彼らもわからないというように首を横に振っている。

「近くて遠い……近くて遠い……?」

華那が考え込んでいると、蒼華がじっとこちらを見ていることに気がついた。華那は「どうしたの?」と首を傾げる。

「………あんた、本当に音城至華那?」
「え、そうだけど……本当にってどういう意味?」
「だって……若いんだもん」
「わ、若い……!? 若いってどういう意味だゴラァ!?」

華那の笑顔がピシッと音を立てて凍りついた。おもわず蒼華の胸倉を掴まんとする華那を、成実と綱元が後ろから必死に抑え込む。政宗は蒼華の言葉がよほどおかしかったのか、声をあげてゲラゲラ笑っていた。笑うだけ笑って助けようとしない政宗に華那は軽い殺意を覚えた。

「私はまだ十七歳よ。若いに決まってんでしょー!?」
「でも子供から見れば十七歳って案外おばさんかもよ?」
「じゃあ成実もおじさんってわけね!」
「ゴフッ!?」

華那のストレートパンチが成実の左頬に直撃した。倒れたままピクリとも動かない成実を尻目に、華那は蒼華に向き直る。蒼華は屍のように横たわっている成実を、フォークでつんつん突いていた。そのあまりにシュールな光景に華那は口をへの字にさせる。

「この子……意外とやるわね」
「ああ、成実の扱い方を心得ていやがる」
「俺の扱い方ってどういう意味だよ! いややっぱり言わなくていい。どうせろくな答えじゃねえだろ」

感心している華那と政宗をキッと睨みつけるも、成実は何かを諦めたような溜息をついた。この二人には何を言っても無駄だと長年の付き合いで理解していたためだ。

「で、結局この子どうするのよ。警察に連れて行く?」

華那と政宗の知り合いでないとすると、後は警察に任せた方が得策だろう。何しろ親はどこだと訊いても蒼華は一言も答えないのだ。無理やり吐かせようともしたが、それは蒼華が可哀想なので実行していない。とにかくこの子は自分達の手では負えない。さっさと警察に預けたほうが無難だと言う華那の意見は尤もだった。が、政宗は首を縦に振ることはなかった。

「いいんじゃねえか? しばらくうちで預かっても」
「政宗様!?」

小十郎と綱元が鋭い声をあげた。政宗の提案に異議を申し立てているということが手に取るようにわかる。だが政宗は小十郎と綱元に余裕の笑みを浮かべただけだった。

「Hey 蒼華。帰り方がわからねえなら好きなだけここにいな。ただし、帰り方がわかったんならすぐ帰ることだ。オメーの親が心配してねえわけねえからな」
「…………わかった」
「後で誘拐犯呼ばわりされてもしらないからね。……とりあえず私は帰るわ」
「―――帰っちゃダメ」

蒼華は華那の服の裾をぎゅっと掴んでおもいっきり引っ張った。蒼華の思わぬ行動に華那だけでなく、政宗達も少なからず驚きを隠せずにいる。蒼華は縋るような視線を華那に向けていた。どこか寂しさを押し込めたような買ないそうな瞳に華那は困惑の色をみせた。とりあえずどうしたものかと政宗に助けを求める。

「……なんなら華那も泊っていくか? オレは別に構わねえぞ。一人くらい増えたところで問題ねえしな」

蒼華は華那から離れる気配がない。華那は天井を仰ぎながら「……しかたないか」と呟いた。幸い明日は祝日で学校は休みだ。政宗の家に泊っても明日に支障はない。

「じゃあ今日だけね。今日だけは私も一緒にここにいるから、それでいい?」

小さく頷く蒼華の頭を華那はそっと撫でた。すると蒼華は嬉しそうに頬を赤く染めた。華那に頭を撫でられることがよっぽど嬉しかったのだろうか? 蒼華の意味深な表情を政宗はただじっと見つめていた。

完