中編 | ナノ

日常観察

ヤキモチというものは時に嬉しかったり鬱陶しかったりする。例えば彼女以外の女と話しただけで毎回ギャーギャー言われると鬱陶しい。どこへ行こうにも何をしようにもずっとついてこられると疲れる。

だが普段これっぽっちもヤキモチを焼かないというのも、それはそれで寂しいものだ。そんな彼女がたまにヤキモチを焼いてくれるとやっぱり嬉しいもので。

「ちょっとちょっと、竜の旦那。一体どうしちゃったわけ、それ?」
「Ah どうしたんだろうな、オレにもわかんねえ」

休み時間中、もう噂を聞きつけた佐助が二年A組を訪れていた。噂の張本人である政宗に事の真相を聞きだそうという魂胆だ。だが当の政宗も何がなんだかわかっていないようで、佐助の質問に気のない返事をするばかり。

その噂というのは、「政宗の彼女が変」というものである。なんでも政宗と話す女子生徒達の間に割り込み、「私の政宗と勝手に話さないで!」と言ったというではないか。普段の彼女からは想像できないセリフだ。政宗ですら驚きのあまり声を失っていたのだ。周囲の驚きはそれ以上といえる。

「なんか変なモンでも食べたんじゃないのー? 現に今も変だし」

佐助と話す政宗の隣には、噂の張本人が熱っぽい瞳で政宗を見つめていた。何があっても離れないと言わんばかりに腕を絡め合うというおまけ付きだ。今も政宗が佐助と話しているのにも関わらず、彼女は佐助の存在など視界に入っていないようだった。佐助からするとあまり面白くない。

政宗の表情はどこかうんざりとしていて、彼女の好きにさせているように見える。少なくとも佐助が知っている彼女は人前でイチャつくようなタイプではなかった(傍から見るとイチャついているとしか見えないやりとりも何度かあったが)。政宗が過剰なスキンシップをしようとすると、顔を真っ赤さにさせて逃げ回るのが常だ。照れ隠しから時には暴力的になることさえあった彼女が、今は人前を気にせず自分からイチャついている。一体どういう心境の変化なのだろう。

「ねえ政宗、佐助とばっかりお話しないで私とお話しようよ」
「こんなこと言ってるけど? てか何、その甘ったるい声は」

成程ね。普段旦那に甘えるときはこんな声なんだ。意外と可愛い声じゃん。佐助の情報網にまた新しい情報が書き加えられた。これをネタに今度何か奢らせよう。

「そっかー、旦那の下ではそんな声で甘えるんだー」
「Ha! 羨ましいだろ?」

政宗は佐助の意味深な言葉に動じることもなく、それどころか勝ち誇った笑みをうかべた。

「ちょっと佐助! 政宗は私と話しているんだから邪魔しないで!」

さっきまでの甘い声はどこへやら、彼女は敵意を剥き出しにした鋭い眼差しで佐助を睨みつけている。もしかしたら政宗や佐助以上に鋭いその目に、佐助だけでなく政宗も絶句した。こんな目をした彼女は二人とも見たことがなかったのである。

「なあ旦那、マジでどうしちゃったのさ。いくらなんでも変すぎるだろ?」

いつもなら佐助と話していても、つまらなそうな表情をすることはあってもここまで酷くはなかった。それは政宗も感じているようで、さすがの彼も戸惑いを隠せずにいる。

「だよな。今朝からずっとこの調子だ。おかげで今日はこいつ以外とまともに話せてねえ。オメーが初めてだよ、猿」

些細なことですら彼女は自分以外の人と話すことを良しとしないのだ。嬉しくないことに、彼女以外の人間とここまで長く話せたのは佐助が初めてだった。最初は不謹慎ながらも嬉しかった。滅多にヤキモチを態度に表さない彼女がヤキモチを妬き、人前では恥ずかしいといって過剰なスキンシップを避けていた彼女がこうやって腕を組んでいる。政宗を見つめる瞳はいつも熱っぽく、可能ならこのまま押し倒してしまいたい衝動に駆られるほど扇情的だった。そのせいか他の男子も彼女を見て顔を赤らめたり何やら囁き合ったりと、政宗からすれば若干面白くない現象が起きていた。

「はー……一体どうしちゃったんだ?」
「そりゃオレが聞きてえよ」

政宗と佐助の苦悩を余所に、彼女は微笑みながらも不思議そうに首を傾げていた。だがその瞳は、決して笑っておらず、怪しい光を宿していた。

完