中編 | ナノ

日常感染

どこの学校にも七不思議というものは存在する。それもどこの学校も大抵同じような内容だ。トイレの花子さん、人体模型や骨格標本がひとりでに動き出す、夜中の音楽室からピアノの音色が聞こえてきたり、壁にある肖像画の目が動く……といったものがその代表例だろう。

華那が通っていた小学校にも同じような七不思議があった。面白半分で本当かどうか確かめようと、仲の良い友達とトイレで花子さんを呼んだこともある(結果としては何もなかったが)。

中学校にも同じような、というかほとんど同じ七不思議があって少し驚いたくらいだ。当時の華那は自分が知っている七不思議は、自分が通う小学校にしかないものだと思っていたからだ。まさか中学校にまでトイレの花子さんがいるとは思いもしなかった。それどころか一体全国に何人花子さんがいるんだろうとさえ思った。

こういった七不思議で盛り上がるのは小学生くらいのもので、中学生になると七不思議のことさえ話題にあがることはなかった。高校生となると七不思議のなの字さえ聞こえない。現在華の女子高校生の華那も、七不思議のことなど頭の片隅になかった。

「華那はこの学校の七不思議知ってる?」

いま思えば佐助の、この何気ない一言が全ての始まりだった。

「へぇー。この学校にもやっぱあったんだ、七不思議」

と、特に興味もないので適当な相槌を返した。華那の注意は佐助ではなく、今日発売の雑誌を読むことに向けられている。あ、この服可愛い。などと思いながら先ほどから雑誌を読みふけっている。

昔ならともかく十七歳となった今では、さすがに七不思議という単語に食いつく気すら起きない。七不思議なんて所詮都市伝説の一種だ。学校によっては特殊なものもあると聞いたことがあるが、だからどうしたという話である。こういった類の話は本当かどうか確かめようとするといつも拍子抜けの結果しか生み出さない。結果を知る前のドキドキ感を返せ。

「どうせトイレの花子さんとか人体模型が動くとかでしょ」
「そんなもんじゃないんだよねー。夜な夜な青白い肌をした髪の長い男が、笑いながら人体模型や骨格標本と踊っているとか、理事長室には世にも恐ろしい魔王がいるとか、夜の教室で少女が謎の黒い手と会話をしているとか……」
「それは七不思議じゃない! いるよね? 身近にそれとすっごく似たことする人いるよね!?」

夜な夜な青白い肌をした髪の長い男が、笑いながら人体模型や骨格標本と踊っている。これはどう考えても変態教師の明智光秀だ。人体模型(ちなみに名前はジェラールだ)と骨格標本(こっちはフランソワ)は、光秀が名前を付けてしまうくらいお気に入りと聞く。それはそれは大事にしており、それらを使って夜な夜な踊り狂っていても別におかしくない。というより変態のすることだ。もはや何をしても驚くまい。

理事長室にいる魔王というのはこの学校の理事長織田信長で、夜の教室にいる少女は信長の妹の市だ。黒い手は市のお友達らしい。黒い手が何かわからないが、市が友達と言う限り友達なのだろう。この兄妹のことに関してあまり深くつっこんではいけない。それがこの学校の暗黙の了解である。何しろこの二人は影で第六天魔王と第五天魔王と呼ばれているくらいなのだ。あまりお近づきにはなりたくない。深く知りたいとも思わない。

「この学校の七不思議って全く不思議じゃないじゃん。原因はもう明らかだし」

華那は読んでいた雑誌をしまい、改めてちゃんと佐助の話を聞くことにした。七不思議ということは当然このような話が七つあるはずだ。いま佐助が言った分を抜くとあと四つ。しかし三つがこんな調子だと残りの話も高が知れている。なにしろこの学校には変わり者が多い。変わり者が多いということは、それだけ変な話も多いということだ。

「そういや中庭で光合成すると頭がオクラの形になるっていう七不思議もあったな」
「それは毛利先輩限定でしょうが! 普通の人が光合成改め日光浴してもオクラにはならないし。っていうかそのオクラだって、毛利先輩が持ってる変な形の帽子のことじゃんか!」
「え、華那知らねーの? あの帽子の中はオクラがぎっしり詰まってんだぜ」

多少変わり者とはいえ、そこまで言われる元就に同情を覚えた華那だった。たしかに変わり者ではあるが、変わり者の中では比較的常識を持ち合わせているほうだと思うからである。勿論あの冷徹な性格は華那も苦手だし、日輪を崇めるという部分には理解に苦しむが。それでも、だ。

「なんかこう……ないの? この学校の有名人が関わらない七不思議」
「この学校の有名人が関わらない七不思議ねえ……お?」
「あるの?」
「ああ、一個だけな。その名も四時四十四分四十四秒の怪」
「四時四十四分四十四秒……ベタね」

死を連想するという四の数字が並ぶ時間は、何かしら不吉なことが起こりやすい。七不思議だけでなく、怪談話にも四時四十四分四十四秒という話が沢山登場しているくらいだ。

「四時四十四分四十四秒に何かが起こるっつーのが、この学校の七不思議。嘘か本当か……昔この学校の一人の女子生徒が、何が起こるのかと試したことがあるらしい」
「でも何もなかった」
「正解ー。ま、何かが起こるって言ってる時点で嘘臭いしね。抽象的すぎて信憑性が低い」

何かが起こると言っているだけで、具体的に何が起こるかわからないのだ。例えばその時間、偶然何かが起こればそれは七不思議が関係していると勝手に思い込む。些細なことから大きな事柄まで、とにかく何かが起これば七不思議は成立する。あとは体験した生徒が誰かに言うだけだ。噂が広まるスピードはとにかく早い。一週間も経たないうちに学校中に知れ渡っているだろう。これで七不思議として成立する。あとは新入生に語り継いでいけばいいだけなのだから。

「けどその女子生徒も変だなー」
「変って何が?」
「七不思議を試してみて何もなかったんでしょ? 何もなかったらわざわざ誰かに言う必要もないと思うんだけどな」

何年前の生徒かはわからないが、この話が華那の代にまで伝わっているということは、その女子生徒か他の生徒が噂としてこの話を残したということになる。例え女子生徒が何もなかったと誰かに言っても、何もない以上その時点で話は終了するだろう。

「たしかに何も起こらなかったけど、その後の女子生徒の様子がちょっと変だったからこの話が残ったらしいぜ」
「変?」
「前より積極的な性格になったんだってさ」

その女子生徒はどちらかといえば内気な性格で、変わり者が多いこの学園内でも比較的大人しい性格だったらしい。だが七不思議を試して以降、積極的な性格へと変化したというのだ。そのことが印象的だったらしく、今もこうして語り続けられているのだという。

「積極的になったといっても悪いことじゃないし、むしろ本人的には良いことだと思うんだけど」
「少なくともこの学園じゃ積極的にならないとやってけないしね。自己主張の塊のような連中が集まっているんだし? 偶然にももうすぐその四時四十四分だし、華那も試してみたら?」
「冗談。私はもう帰るわよ」
「そういやなんでこんな時間まで残ってんだ? 華那は帰宅部だよな?」
「部活中の政宗を待ってるの。道場で待っててもいいって言われたんだけど、大会近いから邪魔しちゃ悪いと思って。だから教室で雑誌を読んでいたところに……」
「俺様が偶然教室の前を通りかかったってわけか」
「でもそろそろ様子を見に行ってみようかな。佐助と話すのも飽きてきたし」
「ひっでーな」
「冗談だよ。じゃあね、佐助」

鞄に荷物を詰め終えた華那は、政宗がいる道場に向かって歩きだした。政宗には悪いがこれ以上待たなければならないというなら一人で帰ろうと思っていた。雑誌も読み終わってしまったし、なにより暇だ。佐助が話し相手になってくれたのは正直助かった。あのままだと退屈すぎて教室で寝てしまうところだったのだ。

腕時計に目を落とすと、時計の針は四時四十二分を指していた。脳裏に佐助の言葉が蘇る。

四時四十四分四十四秒、何かが起こる――。

馬鹿らしい。そう自分に言い聞かせ華那は首を横に振った。放課後、人気のない廊下にただ一人。窓から差し込む夕日の光がどこか不気味に感じられる。早く道場に行こう。道場に行けば政宗達がいるんだから。華那の両足は自然と早くなる。

ん―――? 

階段の踊り場にある、一枚の大きな鏡。その鏡の前で華那はふと足を止めた。もう一度時計の針に目をやると、四時四十四分を指している。たしか四十四秒になると何かが起こるんだよね……。華那の目は秒針の動きを追っている。あと十秒……五秒……。心の中で自然とカウントを始めていた。三……二……一……! 時計の針が四時四十四分四十四秒を指した。一瞬足元が揺れたような気がしたが、気のせいだろう。

時計の針は何事もなかったように更に時間を刻んでいる。やっぱり何もなかった。がっかりしたような、でもどこか安心したような、そんな不思議な気持ちを抱きながら華那は道場へと向かって行った。

続