中編 | ナノ

愛しているなら形で示して!

「…………何がwhite dayは三倍返しで、物で返すのが常識だァ!?」
「いだっ!?」

何がどうなってこうなったのか、いきなり政宗の拳骨をモロに食らった。本当にいきなりすぎてわけわかんない。私はあまりに理不尽な政宗の行動に激怒し、キッと彼を睨みつけた。

「七十八円のchocoで上等なモン貰おうなんて甘ェんだよ」
「……まだ一ヶ月前のこと根に持ってるの?」
「根に持ってる云々以前のことだと思うぞ、オイ……」

二月十四日から一ヶ月経つとホワイトデーですよ旦那。チョコのお返しと称して色々なモノを頂ける、なんとも素晴らしい日でございます。こっちはチョコだっていうのに、バッグやら財布やら物に化けるのだから面白い。金額にすれば何倍になるんだろう。あ、いまなんか詐欺師の気持ちがわかったような気がする。

バレンタインチョコをあげた人ならやっぱりお返しは欲しいわけで。ん? 恋人にあげるのに見返りを求めるなですと? そんな無茶苦茶なこと仰らないでくださいな。恋人だからこそ見返りが欲しいじゃないんですか。そんなこんなで、本日は伊達組の人達のお返しを回収するため、こうして遥々屋敷にやってきたというわけですが。なんでいきなり拳骨を食らわなくちゃいけないんだろう。

「貰ったらお返しをする、人としての常識です」
「彼氏にそこらのヤツと同じ七十八円のchocoをあげるのも常識か、アァ!?」
「やっぱり根に持ってンじゃん」

私は目を細めて溜息をついた。男がバレンタインチョコくらいで、いつまでもブツブツ言うもんじゃないだろう。ましてやそれがモテない奴ならともかくだ。一ヶ月経った今でもブツブツ言っているのが、「モテないだと? 凄いなそりゃあ」と、サラリと言ってしまいそうなほどモテまくる伊達政宗様なんだよ。

モテたいと願わなくてもモテる、世の男性からすれば羨ましい奴が、バレンタインチョコ如きで一ヶ月前もネチネチと……。バレンタインチョコを貰えなくて苦労するなんて経験が一度もないようなやつが、しつこいにもほどがあるでしょう!

「第一、これを見てみなよ!」

バンッと机を両手で叩く。思いのほか力が入ったせいで手がジンジンと痛むけど気にしちゃ負けだ。政宗も興味なさ気に「ソレ」を見た。

「お菓子セットにお花、アクセにCD! みんなちゃんとお返しをくれたんだよ!? なのになんで政宗だけくれないの!?」

机の上にはみんながホワイトデーのお返しでくれた物が並べられている。ちなみにお菓子セットは幸村、お花は慶次先輩。アクセは元親先輩でCDは佐助から。なんだかんだで七十八円以上の値がつく物をくれたわけですよ。あげたときはブツブツ言ってても、結局こうしてくれたわけだから嬉しさも倍増だ。あれかこれが世に言うツンデレか違うのか。

「この際三倍返しじゃなくてもいいから何か頂戴よ! 物を貰わないとバレンタインにあげた意味がないじゃない」
「……ハッキリ言いやがったな、華那」

こめかみをヒクヒクと動かし、込み上げる怒りを抑えるように政宗は目を閉じる。私といえばうっかり口を滑らせたことにも気づかず、更に話を続けた。

「そりゃあ女なんて下心アリに決まってるじゃない。そりゃそうじゃないって人も沢山いるけど、少なくとも私は下心アリです、イェイ!」
「………………そうか、そんなに欲しいのか」

意味もなく威張る私に、政宗は俯いたままニヤリと笑った。途端に、私の背筋には冷や汗が滝のように流れ出す。あれ、不味くないこれ? 地雷踏んじゃった? 

「そんなに欲しいならくれてやるよ、三倍以上のモノをな」
「…………う、嬉しいけど素直に喜べないのは何故かなぁ?」

既に逃げ腰になっている私の手首を政宗に掴まれ、そのまま力任せに引っ張られる。何が起きたか理解したとき、既に私は政宗の腕の中に閉じ込められていた。彼は左手で私の腰辺りを抱き(セクハラじゃんかコレ)、右手は私の顎に添えられている。クイッと顎を上へ持ち上げられ、否応なしに政宗と目が合った。ヤバイ、ドSの顔してる……サド宗のスイッチがオンになっている! なんで、私まだスイッチ押してないよ。はっ!? まさか遠隔操作!?

「どうやら華那は、正真正銘のmasochistらしいなァ」
「な、なんで!?」

何もしていないのにマゾだと言われたら、誰だって不思議に思う。政宗が言うには顎に手を添えられ上を向いたらマゾの証なのだとか。そういえばそんな心理テストがあったようななかったような……。え、じゃあ上を向いちゃったってことは、正真正銘のマゾなの私!? いやいやいや、所詮は心理テストよ華那。心理テスト如きで私の価値を決められてたまるもんですか。

「オレからのwhite dayだ。しっかり受け取れよ?」
「だから何をくれるのよ。何もそれらしいもの持ってないじゃんか」
「あるだろうが。オレだ」
「………………はぃ!?」

いまこのお人は何を言ったんだ? オレだって言ったよね、言っちゃったよね。てことはあれですか。バレンタインで痛い発言とされる「プレゼントはワ・タ・シ、ハート」ってノリですかァアアア!? この場合は「ホワイトデーにオレをくれてやる。好きにしろ」ってことですか。コイツのことだ、絶対に無理やりにしてでも下にくっつける気だ。あ、一応政宗風に訳してみました駄目ですかハイそうですか。いやいや、悪いけど政宗を食いたいなんて思っちゃいないから。うん、これっぽっちも。

「えー……いらない」

心底嫌そうな顔をして、嬉しくない彼からのお返しを断った。が、はいそうですかと引き下がる政宗ではなかった。

「What!? なんでそこで断るんだ!?」
「普通に考えて断るでしょうが!?」
「このオレをくれてやるって言ってんだぞ!? 有難く受け取りやがれ!」
「受け取れるわけないじゃん! アンタ軽いセクハラだよそれ」

言ってて気づいたけど、このプレゼントで得をするのは政宗だけだと思う。だってもしよ、もし仮に私がこのプレゼントを受け取ったら、必然的に私も食われるじゃんコイツに。そしたら美味しい思いをするのは政宗だけになる。そんなの理不尽だし、何よりこんなことで私の大切な何かを失いたくない。

「Shit! ラチがあかねぇ。……手っ取り早く華那を頂くとするか」
「ゲ!?」
「一ヶ月遅れのvalentine's dayと思って、大人しく食われやがれ!」
「の、ノオォオオオ!」

……来年のバレンタインはちゃんとしたチョコを贈ろうと心に誓いました。

完