中編 | ナノ

一番愛しているのは甘いアレです

二月十五日、決戦の日である―――。全てはこの日のために準備してきたんだ。この日のために何日も前から入念な下調べをし、大切なものを全て捨てたのだ。最後の最後まで迷ったさ。恋人への愛か、命の次に大切なソレへの愛か……。

目の前で何度も天秤が傾いた。どちらか一方に傾くのではなく、ユラリユラリと彷徨うかのように、あっちにいったりこっちにいったりしていたさ。でも今日という日は一年で一度しかやってこない。そう思ったら案外あっけなく天秤は完全に傾いた。

その間、僅か一分。あれ、ほんとに最後の最後まで迷ったのかな? 今日は二月十五日。世間ではバレンタインの結果が気になるところですが、私はそんなこと微塵も気にしちゃおりません。

学校では幸せそうな顔で寄り添って歩く男女の姿が、またはチョコを自棄食いする女子の姿が。はたまた一個もチョコをもらえなかった男子が悔しそうに、沢山チョコをもらった男子から憐れみのチョコを譲り受ける姿など、何も言わなくともバレンタインの結果が手に取るようにわかる。

私はバレンタインに便乗しようとする浅はかな女ではないので、バレンタイン自体にそこまで頓着していなかった。だってバレンタインなんてお菓子メーカーの策略だと思っているからね! でもまぁ何もあげないのはさすがにアレなので、七十八円ですが板チョコを配布しましたよ。でも喜んでくれたのは幸村だけだったんだよなー……。

なんでだろ、チョコはチョコじゃんか。チョコをあげる日にチョコをあげたのに、なんで怒られなくちゃいけないんだろう。特に政宗。あれは本当に怖かった……。そのことを遥奈に話したら、同情の眼差しを向けてくれた。やっぱこういうことは同性が理解を示してくれるんだね! 男なんていざというときアテにならない。頼れるのは友達、親友よ! 

……でもその同情の眼差しは私に向けられたものではなく、どうやらチョコをもらった男子、主に政宗に向けられたものだった。あなたまで政宗に同情しちゃうんですか。私、何も間違ったことしてないよ? そう言ったら「間違ったことはしていなくとも、常識の範疇でしょ」と一喝された。

相変わらず容赦ない遥奈だけど、これから私がしようとしていることはわかったらしい。彼女は「私の分もよろしくね。お金は後で払うし、糸目はつけないわ」と笑って言った。なんだ、やっぱりあなたも便乗しちゃうんですか。

というわけで、学校が終わった放課後。私はさっさと家に帰宅……するのではなく、寄り道をしていた。訪れた場所はこの前、バレンタインチョコの下見に訪れたあのお菓子屋さんである。あのときは何も買わずに店を後にしたけど、今日は買うつもりでいる。そのために沢山軍資金を集めたし、入念に下調べもしてきたんだ。

これから私がしようとしていること。それは売れ残ったバレンタインチョコを買い漁ることだった。売れ残ったバレンタインチョコは十五日以降、格安の値段で売られるようになる。チョコが大好物である私には嬉しいことこの上ない。特にバレンタインのチョコは見た目からして豪華だし、いつも食べているようなコンビニで売られているチョコとは別格のもの。

……これを食べずして何を食べるというのやら。ま、単純にチョコが食べたいだけなら、素材用の岩石みたいなチョコの塊がオススメなんだけど。今年の私はちょっと奮発してみようと思い立ったわけ。そのために政宗には七十八円のチョコで我慢してもらったほどだ。このことを本人に言えば恐ろしいことになりそうなので(主に私の身が危険だ)、黙っておくに限ります。人気のあるチョコは売れ残っていなかったけど、それでもチョコ好きには十分すぎるほど美味しそうなチョコが、なんともお求め安い値段で売られていた。あー……幸せ。

でも同じ考えを持つ人は私以外にも結構いるようで、セールと書かれたワゴンの周りには男女様々な年齢の人が集まっていた。男がこういうところでチョコを買う姿はお涙頂戴的な何かを感じるが、女の場合はなんというか複雑な気分だ。彼氏(いるかいないかわからないけど)よりも自分に愛のプレゼント! みたいな。私もそうなんだけどねー……。自分愛、ですから! 

きっと他の人も似たようなこと思いながら、チョコを買っているのかもしれないと思ったら急に情けなくなった。なんでだろう? 両手には大量のチョコが入った紙袋。これだけ買ってもあんなに安いなんて、こりゃ来年も狙うっきゃないか? とまぁ、そんなことを考えながら店を出たときである。

「あれ、華那? こんなとこで逢うなんて奇遇だねー。こりゃあ運命ってやつかい?」
「げ、慶次先輩……」

意気揚々とした気持ちで店を出ると、学校帰りの慶次先輩と出くわした。肩には夢吉くんが乗っていて、彼も私に気づいたのか「キキー!」と可愛らしく挨拶をしてくれた。でも慶次先輩には会いたくなかった。今、会いたくない人ランキングでは上位に入っている慶次先輩。上位はバレンタインチョコと称して、七十八円の板チョコをあげた人が占めているが。一番は語る必要もないでしょう、政宗だから。

「随分と幸せそうな顔しちゃってるねぇ。見てるこっちも幸せな気分になるよ」
「あ、ありがとうございますぅ」

慶次先輩にバレると政宗にバレるのも時間の問題となる。となるとここはさっさと会話を切り上げて逃げる……ではなくて帰るに限る。だってさ、バレたらまた面倒じゃない? ただでさえ七十八円のチョコに不満を抱いている政宗だよ。私だけがこんなに美味しいチョコを食べて、あまつさえ政宗達のチョコ代をケチって買ったなんてバレたら、今度こそ冗談抜きで貞操の危機に陥ってしまう。……ヘタすりゃ命の危機にまで発展しかねん。

「お、なんか甘い匂いがする」
「あ、ああ! 今しがたここでお菓子買ったからじゃないですか?」
「この匂いは……チョコか?」

内心では悲鳴を上げていたが、それを顔と声に出すわけにもいかなかった。私が持っていた紙袋に気がついたのか、慶次先輩は紙袋に顔を近づけるとクンクンと鼻を鳴らし匂いを嗅ぐ。それを見ていた夢吉くんも一緒になってクンクンと小さな鼻を鳴らしだした。うわ、可愛い……じゃなくてちょっとー、これって逃げられなくない? 退路塞がれてない? うーん。こういうときどうすればいいんだろう?

「そ、そうだ! よければお一つどうぞ!」

袋の中からチョコを一つ取り出し、夢吉くんに差し出した。慶次先輩は「マジで? よかったな、夢吉」、と言いながらチョコを受け取り、それを夢吉くんに渡す。夢吉くんも喜んでくれているようで、可愛らしい鳴き声をあげながら、器用にもひょいと私の肩に飛び乗った。か、可愛いィ! そんなとき慶次先輩がちゃっかりと「俺の分は?」と訊ねてきた。慶次先輩には既にチョコ上げましたよね。七十八円だけど。

「それじゃあ愛が感じられないんだって」
「込めてないから感じないのも当然だと思いますよ?」

にっこりと爽やかな笑顔でピシャリと言い放つ。慶次先輩は少しだけ頬を引き攣らせた。

「………なんかあったのか、華那?」
「別に何もないですよ。その代わりじゃないですけど、ここで会ったこと政宗達にはくれぐれもご内密にお願いしますね?」
「あ? 別にいいけどよー……なんで?」
「なんででもです!」

目に力をこめてピシャリと言うと、納得がいかないという顔をしながらも慶次先輩は「わかった」と言ってくれた。こういうときは買収、ワイロに限るよね。ワイロを贈る側の気持ちがなんとなくわかったような気がした。でもいつの時代もワイロは失敗するもので。数日後、私のワイロは意味を成さず、あっけなく政宗にバレちゃったのでした。

でもま、ちょっと嬉しい言葉も聞けちゃったし、なんだか得した気分! ……ところでわかってますねみなさん。ホワイトデーは三倍返しで、物で返すのが常識ですよ?

続