中編 | ナノ

みんな仲良く78円

……一体あいつらに、なんて言えばいい? 擦った揉んだのvalentine's dayから数日経った放課後。オレの下に一件のmailが届いた。見ると送り主は猿飛の野郎で、内容は屋上に来い的なものである。どうして屋上に呼び出されなければいけないのか、その理由はなんとなく察しがついていた。

valentine's day後に野郎共がすることといえば一つだけ。女は結果報告、男は何個chocoを貰えたか自慢しあうのだ。しかし今年のオレには関係ないことだった。今年のオレは去年と違い、華那以外のchocoは全て断ったからだ。本命choco以外貰っても嬉しくねぇし、なにより顔も知らねぇ名前も知らねぇ女から貰うchocoなんて、気持ち悪いことこの上ねぇだろうが。

そのことは猿飛だけじゃなく他の野郎も承知の事実。だとすれば何故このオレを、わざわざ呼び出したのか。答えは簡単、昨日の放課後の一件のせいだろう。華那から板chocoを貰ったという猿飛や他の野郎どもは、オレが本当に華那のhandmade chocoを貰えたかどうか確かめたいのだ。何しろ帰り際に「華那のhandmade chocoが待ってる」なんて言っちまったからな。

だからこそ、ここで重要な問題が発生するのだ。結論から言うと、オレはhandmade chocoを貰えなかった。貰ったchocoといえば猿飛達と同じ、saleで買ったという七十八円の板chocoだ。オレの扱いはあいつらと同じ義理だったってことになるな。Ha! 笑えねぇだろいくらなんでも! 

更に笑えねぇ事実が、一番高ェchocoを貰ったのが小十郎だったということだ。何しろオレ達はsupermarketで売っていそうな板chocoだったのに対し、小十郎だけはvalentine's day用に売られているchocoだったのだ。valentine's day用といえば、caseやwrappingまで丁寧に装丁されているやつで、安くても千円はくだらない代物である。こういうモンは彼氏にやるもんだろうが。いや、彼氏にはhandmadeか。けど今回のようにhandmadeがない場合は、この千円相当のchocoを彼氏であるオレに贈るべきだと思う。

valentine's dayに恋人から貰ったchocoが、七十八円の板chocoだったなんてcoolじゃねぇ。が、ここで逃げ出すわけにもいかず、オレは猿に言われたとおり屋上にやってきていた。この寒空の下でよく集まるな。やっぱ頭まで筋肉だと寒さも感じねぇのか? 屋上には真田と猿飛の他に、長曾我部や前田までいやがった。はっきり言って最悪の組み合わせだろう。

あいつらの周りには色取り取りの箱や袋が置かれている。遠目からでもはっきりとわかるそれに、オレは無意識に溜息をついた。早速やってやがるな……。

「お! きたね竜の旦那!」
「うるせぇぞ猿。このオレを呼び出すなんざ、いい度胸してんじゃねぇか」

屋上に集まって何をしているかと思えば、猿飛と前田は貰ったchocoの数を競い、真田はどのchocoから食べようか迷い(まさかまだ迷ってたのか?)、長曾我部だけは頭上を仰ぎながらtobaccoを吹かしていた。その顔にはくだらねぇと書いてある。全く持ってそのとおりだ。

「で、伊達は華那の愛がこもった手作りチョコを貰えたのかい?」

色恋の好きな前田がさっそく訊いてきやがった。人の色恋に首を突っ込むなんて随分といい趣味してやがるぜ、全く。今日は状況が状況だけに、いつも以上に腹が立つ。

「オメェに言う筋合いはねぇよ」
「その口調からすると、まさか貰えなかったとか!?」

と、面白いものでも見るような目で言ったのは猿だ。その全てを見透かすような目が鬱陶しくてたまらない。Shit! 今すぐ一発殴ってやりてぇ……!

「まさか! いくら華那でも伊達にチョコをやらないわけないだろ〜? 俺達には義理とはいえチョコをくれたわけだし、義理をやって本命をやらないなんて話聞いたことないよ」

な、伊達? と話を振ってくる前田に、オレは「Yes」と言い切った。が、声がどもっちまったことに、我ながら情けなくなってくる。すると今まで話に参加する気配を見せなかった長曾我部が、オレ達の耳に届くような長い溜息をついた。

「……本当は貰えなかっただろ?」

吹かしていたtobaccoを地面に押しつけながら、気だるそうな声で長曾我部の野郎がこう言いやがった。それが猿や前田のようなものでなく、全てを知っているかのような口調だったから、柄にもなく俺は動揺した。

「遥奈から聞いたぜ?」
「え、マジ!? マジで貰えなかったの!?」
「………Shit!」

そうだ。こいつには遥奈という情報源があったのを忘れていた。華那の親友である遥奈なら、互いの事情を知っていてもなんらおかしくはない。華那は遥奈のchoco作りを手伝ったって言っていた。なら遥奈も華那のchocoについて知っているのが普通である。つーか前田、煩すぎだ。貰えなかったっつっただけでそこまで驚くこたァねぇだろうが。……オレも最初は驚いたけどよ!

「あっれ〜? 俺、チョコを買ってた華那を見たんだけどな〜……」
「どーせ七十八円の板chocoだろ?」
「はっはーん。旦那も俺らと同じchocoを貰っちゃったってわけだ」

俺の見間違いか? と、頭上を仰ぎ見る前田を無視して、猿は腹を抱えて笑っている。そりゃ義理と本命chocoが全く同じ、ましてや七十八円という愛情の欠片も感じない代物じゃ笑いたくもなってくる。本命のオレからすりゃ、笑いを通り越して泣きたくなってくるほどだ。いや待て、違う点がなくもない。

「オレのやつにはwrappingがしてあったぜ!」
「いや……そこは自慢するとこじゃねぇだろ」

長曾我部の野郎が同情を含んだ目で俺を見やがる。……無性に殴りてぇ。

「あー! やっぱ見た。見間違いじゃねぇよ! だってそんとき華那と喋ったし!」
「まだ考えていたのか、前田殿?」

お前だけには言われたくないと思う言葉を真田が言いやがる。前田が見たというchocoを買っていた華那の姿。どうせ板chocoを買ってconvenience storeから出てきた華那だと思っていたのだが、前田の話を詳しく聞くとそうじゃないらしい。前田が見たのはこの前の休み、オレと成実が華那を目撃したあの店から出てくる姿だと言うのだ。小洒落た紙袋に大量のchocoを詰め、嬉々とした笑みを浮かべていたと言うが、少なくとも俺達はあの店のchocoを貰っていない。

貰ったとすれば小十郎だけだが、一人だけに対し大量のchocoはねぇだろう。じゃあ―――誰にやったんだ? 義理でそんな高いchocoをやるようなやつじゃねぇし、ましてやオレを差し置いて誰にそんなchocoをあげるというのだ。義理がこの七十八円のchocoなら、その店で買ったchocoは本命の扱いと捉えても問題はない。おいおい、華那の本命であるこのオレにやらずして誰にやるんだ?

「……あーあ。竜の旦那、フラれちゃった?」
「まじ? なら俺にもチャンスが巡ってきたってことだよな!?」
「shout up! 勝手なことゴタゴタ抜かすんじゃねぇ。あと華那はオレのだ、誰が他の野郎なんかに渡すか」

しかしマジで誰にやったんだ? オレの貰ったchocoがこいつらと同じ七十八円のやつだったせいか、どうしても最悪の可能性を考えてしまう自分がいる。オレの扱いはこいつらと同じってことなのか? どうなんだよ華那。アンタにとってオレは何だ? もし俺以外で好きな男ができたなんて告白されてみろ。なにがなんでも別れてやらねぇし、その男を血祭りにあげてやる。華那が何を言おうが一切聞いてやらねぇ。

「あ。でも俺が華那を見た日って……」
「やっぱりここにいた!」

重々しい屋上のdoorが開く音がすると同時に、今の今まで話していた話の中心人物が現れた。当の本人はここで何が起きていたか知るはずもなく、だからこそなのか戦意を喪失しちまいそうな暢気な笑顔を浮かべている。こちらに歩み寄りながら、「だからなんでこんな寒いとこで集まるかね、君達は」と呟き、よっぽど寒いのか両手で身体を擦っていた。

「華那じゃん。どしたの?」
「どしたもこしたもないわよ。政宗が「すぐ戻ってくるから待ってろ」って言ってから何分経ったと思ってんの? 全然戻ってこないから捜しにきたんだよ」
「よくここにいるってわかったな」
「馬鹿は高いとこ好きでしょ? ところでチョコなんか広げて何してるの?」

無機質なconcreteには似つかないchocoを見ながら、華那は一番近くにあったchocoを手に取りしげしげと見つめる。「さっすが、凝ってるねぇ」という感心が入った独り言は聞かないことにした。

「凝ってるねって言うけどさ、華那は竜の旦那にあげなかったの? バレンタインチョコ」
「あげたよ。佐助達にあげたやつと同じ、七十八円のバレンタインチョコ」
「いくらなんでもそれじゃ愛がこもってないじゃん」
「いいの。ハナからこめてないし」

彼氏が横にいるってのにこの会話はなんだ? おまけに華那のやつときたら、堂々と愛なんかこめてないと言いやがる。猿の野郎も華那の言動に驚かされているようで、どうcommentすればいいか迷っているように見えた。……マジで他に好きな男ができたっていうのか!?

「そういえば華那、この前あの店で大量のチョコ買ってたよな。なんで伊達にやらなかったんだい?」
「……げ。なんでそれをここで言うかな」
「え、どゆこと?」

明らかに華那の顔色が悪くなった。まるで見られたら不味いかのように、華那は目を泳がせている。つまり前田が見たってのは間違いなく華那の姿であって、その店でchocoを買っていたという証拠だ。なのに俺はその店のchocoを貰っていない。

「大量のチョコを買ったって言ってたよな。そんとき夢吉にも一個くれたりしてさー。あのあと夢吉のやつ、喜んでチョコ食べてたよ」
「そ、そっか。それはよかった!」
「……Hey 華那。オレはそんなchoco、貰ってねぇよな?」

我慢の限界だ。このままじゃラチがあかねぇと思ったオレは、華那にはっきりと言った。華那は言いにくそうにオレから視線を逸らす。この際小十郎にやったchocoなんかどうでもいい。大事なのはオレ以外のやつで、他に好きな男ができたのかってことだ。何故か猿が「これってヤバくない? ちょっとした修羅場ってやつじゃない!?」と、楽しそうな顔をしている。昼ドラを見ている主婦と同じ顔してねーか、アンタ……。

「率直に訊く。他に好きな野郎ができたのか?」
「………は?」

この状況に似つかない華那の間抜けな声が突風に掻き消される。華那は「突然何を言い出すんだ?」と言いたげな顔を浮かべた。今更とぼけるんじゃねぇよ。

「chocoを買ったのにオレは貰ってねぇ。だとすると他に好きな男ができて、そいつに渡したんだろ? そいつはオレよりいい男なのか、アァ?」
「……あ、あのさ政宗」
「言っとくがオレはアンタを振り向かせるのに何年待ったと思ってる? ンな簡単に放してやつつもりもねぇし、ましてや他の野郎になんか渡してやるつもりもねぇ」
「…………政宗、みんな見てるってこと頭にある?」

真田の野郎が「破廉恥でござるぅぅうううう!」と叫びそうになると、猿の野郎が咄嗟に口を塞いだ。後ろから羽交い絞めにする勢いで、ジタバタと暴れる真田を苦笑しながら宥めている。前田は「やっぱ恋はいいねぇ」と意味不明なことを呟いていた。長曾我部なんか我関せずで、寝たふりを決め込んでいる。……お前ら、ちっとは気を利かせろよな。

「……なんか話が見えないんだけど、どういうことか誰か説明してくれないかな?」
「華那が大量のチョコ、しかも俺達に配った七十八円の板チョコじゃないやつを買ってたって、前田が言ったのが始まりでね。竜の旦那もそんなチョコ貰ってないって言うから、じゃあ誰にあげたのかって話してたわけ。で、もしかしたら他に好きな男でもできたんじゃないかっていう結論に至ったわけー」

ようやく話が見えたらしい華那は、しばらくの間ポカンとしていた。そしてハッとした表情を浮かべた途端、何がおかしいのか必死になって笑いを堪えだす。こっちは真剣だというのに、華那にとっては笑い事で済むようなことだったのか? 華那の態度に腹が立ったオレは眉間にしわを寄せた。

「ご、ごめんごめん。なんか話が大きく間違ってるっていうか誤解してるっていうか、なんでそんな方向にいっちゃうかな。大体、慶次先輩。大事な部分が欠けてるじゃないですか」
「大事なとこ?」
「そうですよ。私がいつチョコを買ったのか、一番重要な部分が抜け落ちてます」
「そうだっけ?」
「忘れたんですかー?」

間延びした華那の声が無性にイライラする。すると何かを察したのか、華那が笑顔で「なんか誤解してるみたいだから、この際白状するね」と言いやがる。おい待て、何が誤解なんだ?

「私がチョコを買った日、つまり慶次先輩と会った日なんだけど。その日は十五日。バレンタインの翌日なの」

翌日だと? なんでvalentine's dayが終わってからchocoを買う必要があるんだ?

「政宗。私の好物が何か、まさか忘れたわけじゃないよねー?」
「華那の好物だと……?」

華那の言いたいことがサッパリわからないオレを見て、華那は「はい佐助!」といきなり猿を指差した。猿が「えーと……甘いもの?」と曖昧に答えると、「うーん、もっと具体的な回答がよかったんだけどな」と言う。すると真田の野郎が元気な声で「チョコでござるな!」と叫びやがる。……ん? chocoだと!?

「あ、なるほど。そゆことね」
「おい猿。なに一人で納得してやがる」

華那の言いたいことが何かわかったのか、猿はしきりに頷き笑っている。

「つまり華那は売れ残ったバレンタインチョコを買いに行ったってわけね」

猿が言った言葉にオレは耳を疑った。う、売れ残りだと……?

「バレンタインの翌日ってね、売れ残ったチョコが格安の値段で売られてるの。バレンタイン前に下見に行って、どんなチョコがいいか目をつけてたんだけど、やっぱ人気のあるチョコは競争率が激しいったらありゃしない。売れ残りを買うためにみんなには悪いと思ったけど、七十八円のチョコで我慢してもらいました。なんつーか軍資金は多いほうがいいでしょ?」

……これが事の真相なのか? valentine's day前に見た華那はchoco作りの参考にするためではなく、ただ自分が食いたいchocoを見ていただけで。七十八円の板chocoになったのは売れ残りのchocoをより多く買うためで。最初っから自分が食いたいchocoのために行動してたってわけか!?

「じゃあなんで小十郎だけにはあんな上等なchocoをやったんだ!?」
「だって小十郎には日頃から色々お世話になってるもん。バレンタインつっても最近のやつは、日頃お世話になった人にあげるっていう意味もあるじゃない。第一バレンタインなんて、バレンティヌスが絞首刑にあった日。あんま気にしちゃ駄目だよ」

そうだ。昔っからこいつはこういうやつだ。昔っからオレはこいつの天然に振り回されてるんだ。今に始まったことじゃねぇはずなのに。なんかすっげー疲れたな……。じゃあオレが散々悩んだことは、全て無駄だったってことか? 駄目だ、今日は帰ったらもう寝よう。

「華那、帰るぞ……」
「うん? てかどーしたの政宗。すっごく疲れてる」
「ほっとけ……」

この調子じゃ来年のvalentine's dayも……期待しねぇほうがいいのかもしれないな……。

続