中編 | ナノ

愛の宅配便参上!

「すみませーん。お届け物でーす!」
「あのさぁ……もっと普通に来れないの、華那?」

玄関から出てきたのは呆れ顔をした成実だった。てっきり政宗かと思ったんだけど、どうやら奴はまだ学校から帰ってきていないらしい。しかし成実の言う「普通に来れないの?」とはどういう意味だろう。至極普通、玄関前の自然な挨拶じゃないか。私はムッと眉間にしわを作った。その顔を見た成実は、それだけで私の心の内を察したらしい。

「今の挨拶は誰が聞いても宅配便がきたって思うじゃん」
「だって今の私は、バレンタインチョコを一つも貰えない哀れななるみチャンに救いの手を差し伸べる、愛の宅配便屋さんという設定だもん」
「サラリと失礼なこと言わないでよ! 誰が一つもチョコを貰えなかったって言ったんだよ。つか設定って何!?」
「え、じゃあ貰ったの!? …………男から!?」

私は信じられないものでも見たような目で成実を凝視した。漫画とかアニメならベタフラッシュ効果を使ってそうな衝撃的シーンである。昔の漫画みたいに手を口元に添えて白目を剥くっていうのもアリかもしれない。

「ってんなことどうでもいいわ! どうしようここに未知の世界へと続く扉があるかもしれない。禁断の、秘密の花園へと続く暑苦しい扉が! どどどどどうしようとりあえずそのテの友達にメールで知らせないと……!」

先に言っておくが私にはそっち系の趣味はない。しかし愛の形なんて十人十色。どんな愛でも受け止めることができる自信はあった。裏を返せば、どうして異性しか好きになっちゃいけないんだとさえ思う。この気持ちがある限り、世界中のどこでも生きていけそうな気がした。

「え、なんか俺すっごい誤解されてない!? おい華那、俺にそんな趣味はないぞ。俺は普通に女の子が好きだからね! ボン、キュッ、ボンな子が好きだから!」

鞄の中から携帯を取り出した私の手を全力で止めようとしていた成実の発言に、私は軽蔑の眼差しを向けた。なんだろう、汚いものでも見るような目である。女の子を前にしてボンキュッボンなんて言うだろうか。女の子の前でスケベな発言をするだろうか。ボンキュッボンじゃない女の子に失礼だと思わないのか。要約―――ボンキュッボンじゃなくて悪かったな!

「なんだよ! 女の子が好きで悪いの!?」
「いや、健康的な十代の男の子らしいなと。健康。う〜ん、良い言葉だねぇ」
「もう誰かなんとかして……こんな子ヤだ……」

なんでそこでやつれたような表情をなさるのか、私にはイマイチ理解できずにいた。一つだけわかったことといえば、失礼な発言が私に向けられたってことくらいである。

「ごめんごめん。だって成実、女の子と縁ないでしょ? だからチョコを貰うとすればてっきり野郎からと思ってさー……。からかいすぎた?」

共学の高校に通う私や政宗に対し、成実だけは男子校に通っていた。当然、学校に女っ気はなし。バレンタインなんて、ある意味一番縁がない場所である。そして成実の場合、家に帰ってもいるのは野郎ばっかりで、これまた女っ気がない場所に住んでいる。これらの事実を踏まえると、どこに女っ気を感じろというのだ。

「で、実際のところチョコ貰ったの?」
「……一つでも貰ってたら、今すぐそれを華那に見せつけてるよ」

つまり、貰えなかったということだろう。政宗の奴は正直周りがドン引きするくらいの、私のチョコを受け取ってください……もとい、私の愛を受け取ってくださいコールを浴びていたというのに、まさか従兄弟でここまで差が出るとは。政宗と外見だけは似てるくせに、性格は百八十度違うこの従兄弟。口を開かず黙って歩いていれば、そこそこモテると思うんだけどなー……。政宗と並んで街を歩いた日には、女性達の視線は釘付けだろう。

「まぁまぁ。そんな可哀想な成実のために愛の宅配便屋さんが来たんだし!」

チョコが入った紙袋を軽く持ち上げて見せると、成実は「おおー!」と目を輝かせた。……そんなに嬉しいモンなのかな。義理チョコだってわかっているのに。

「―――おいオメェら、いつまでンな寒いとこで話しているつもりだ?」
「小十郎!」

中から小十郎が顔を出した。どうやらなかなか家の中に入ろうとしない私達を怪訝に思い、こうしてわざわざ様子を見にきてくれたらしい。……そういやいつまでここで話してたんだろう。

「華那、政宗様は一緒じゃねぇのか?」
「あ、うん。政宗は今頃先生におせっきょ……」

お説教を受けてるとこじゃない? ―――って言いかけて慌てて口を噤んだんだけど、残念ながら遅かった。反射的に成実の顔を見ると、なんか「あーあ、やっちゃった」って言いたげな顔をしている。うん、私もそんな顔をしていると思う。小十郎に目をやると、彼は鋭い眼差しを私に向けていた。あのぅ、めちゃくちゃ怖いんですけど……。政宗と違って貫禄みたいなのがあるせいか、私が怒られているわけじゃないのに、なんだか私が悪いことした気分になってくる。ええ、私が何かしました!? 

この前勢い余って政宗んちの障子に穴開けちゃったけど、ちゃんと謝ったし正座しながらお説教も聞いたよ。足が痺れて何度も限界だって思ったけど、己の真の限界はまだだーって意気込んで頑張ってたでしょ!?

「おい、華那!」
「は、はいィ!」

鋭い怒号で名前を呼ばれたものだから、思わず背筋をピーンと伸ばして返事をしてしまった。若干声も震えていたように思える。そしてギロリと一睨み。

「どういうことか詳しく説明しろ……」
「は、はいィ……」

やべ、なんか泣きたくなってきた。

***

とりあえずどうして政宗が職員室に呼び出され、お説教なんか食らう羽目になったのか。そのあたりの事情を事細かに説明し終えると、小十郎は眉間に深い深〜いしわを作って、重々しい溜息をついた。

前略。
ごめん政宗。私は己の保身のために、最愛の貴方を売りました。どうやらこういう状況に陥ったときその人が自分のなんであれ、敵に売ってしまう恐ろしい女のようです。そりゃ自分の命のほうが大事ですもの。こうして女という生き物は強く逞しく勇ましく、図太い神経で戦乱の世を生き抜いていくのです。私のチョコを受け取る前に小十郎のお説教が待っていると思いますが、どうか耐えてくださいまし……ヨヨヨ。
草々。

続